男子800メートル走




「――あら、レッドじゃない。帰ってたのね」


中等部に行ってたんでしょ?の声に振り向くと、馴染みの少女が小首をかしげていた。
それに頷くと、彼女は隣座るわよ、と空いていた椅子に腰を下ろす。ぎし、と小さく椅子が音をたてた。


「ブルー、どうしたんだ?…その…すっごく分厚い紙の束」
「午前の部の個人競技の結果よ。さすがマンモス校、毎年ながら半端な量じゃないわね。…ホホ、これがあれば明日のリレー種目の勝利は確実よ。どのクラスも出場選手の見当はついてるけれど…予想以上にあの子のクラスの追い上げがすごいわ。アタシとしたことが、誰か見落としていたかしら?それとも……」


一心不乱に紙をめくりながら何やら呟きはじめたブルーから少し距離を取る。椅子の足が土を削ってざりざりと音をたてた。
思わず横目で見やるが、彼女に気にした風はない。素晴らしい集中力だ。

それにしても、そんな資料どこでどう手に入れたのだろうか。

ふと浮かんだ疑問が恐ろしい結論に至りそうな気がして、慌てて思考を打ち消しグラウンドに目を向けた。
種目が始まったばかりのようで、出場選手がスタート地点に固まっている。

最前列に並んでいた6人がスタートラインに立つ。
係の指示に従って、片足を引いた。


((…あ))


パーン!!


「男子800メートル走ね」


終わったのか?と声を掛けると、休戦よ、と返事が戻ってきた。
休憩ではなく休戦。先ほどまでの彼女の姿を考えると、なるほど、そっちの方がしっくりする。


「今日最後の個人競技ね。800メートルにもなるとやっぱり一組一組が長いわね。誰でも走れるショートと違って、ロングは人を選ぶだけ出場者は少なくなるけど、それでも一組2分以上はかかるもの」
「ブルー、あのスタート方法ってなんて名前だった?」
「スタート方法?…あぁ、スタンディングスタートのこと。800メートル以上はクラウチングスタートじゃなくてスタンディングスタートを使うっていうルールなのよ。11秒で決まる100メートル走なんかと違って加速の必要がないし、身体的にも楽だから。それにしても、変なところに興味もつのね」
「バトルする時の構えと似てるな、って思ったんだ」
「……あなたって本当にバトル馬鹿なのね」


いっそ清々しいくらいだわ。
ため息と共に吐かれた皮肉に、けど悪くないだろ?と笑って返す。更に深いため息をつかれた。


「ため息つくと幸せが逃げるんだぜ?」
「つかせてるのはあなたでしょ。ほんっと、そういうところは全然変わらないんだから。――あら、次の組の3レーンと4レーン、シルバーとグリーンね。ホホ、悪くない組み合わせだわ」


彼女の言葉にグラウンドを注視すると、スタートラインに隣合って立つ二人の姿が見えた。
前走者が走り終わるまであと少し。ここからでははっきりとは確認できないが、何か話しているようにもみえる。
あいつらの共通の話題ってなんだろうか、と思っていると、合図係が右手を挙げた。


しばらくして、乾いた発砲音が響いた。
先の見えないゴールまで、彼らは走り続けることになる。


「さて…、と。どっちを応援するんだ?」


彼女の最優先はいつも赤毛の彼。けれど一位に与えられる得点を考えてみると、茶髪の彼の働きも非常に重要である。
ある意味究極の選択だよな、と思いたずねてみると、ブルーは僅かに瞳を揺らせた後、レッドを見てにこりと微笑んだ。


「そんなの決まってるじゃない、『    』よ」









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『これより30分後、男子団体【騎馬戦 】を行います。出場する方は開始10分前に各自エリアテントの前に集まってください』

 

2009.12.13. up.

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