いつかの話




これが最後。この『図鑑』が完成したら、おしまいにしよう。 この5つの図鑑が日の目を見ることは、きっと無い。
――博士、どうか怒らないでください。この図鑑は、始めから燃やすつもりで描いています。『私』は図鑑製作者でしたが、図鑑所有者ではないのです。

一方的に別れを告げた『私』は、史上最低の親だ。卑怯者と罵られても当然のことをした。 今更、あなたをたしかに愛していた、なんて言える権利が無いのは分かってる。 それでも、あなたの幸せを心から祈ってる。立派なトレーナーと出会っていることを願ってる。…最後まで無責任な親で、本当にごめんね。




いつかの話





しかし、本当に何から話したものか。 なんせ、わしがあの子に会ったのは3年も前になるんだ。
一から話したら長くなるだろうな、…あぁ、それを続けながらでいい、耳だけ傾けといてくれ。

授業を受け持ったことはなかったが、のことは名前だけ知っていた。学期末試験の後には名前が挙がるような、頭の良い真面目な子だった。もともと美術部でな、2年前、自分の生徒が部長になった年に何度か見に行って、その時の絵を見たことがあった。下手じゃないんだが、ぱっとしない感じでな。だからあまり覚えてないんだが、森や海、そういうものを描いていたと思う。

は 夏の段階で一般病棟から精神病棟に移り、また一般病棟に移った。 その時わしは1年生を受け持っていたから、休学した生徒がいる、くらいの認識だった。 秋には来期からの復学が決まり、一時職員室はあの子の話で持ちきりだった。 誰に押し付けられるかってな。軽蔑したか?教師はスーパーマンじゃあないんだ。 抱える生徒は一人じゃない、一人に懸かりきりになって、他全員の将来を潰しでもしたら、どう償う。 そういう夢は、ベテランとよばれる歳になったいまでも度々見るんだ。退職しても見るだろうな。

それが3月にあの子の担任になると決まってなぁ、当分眠れんかったさ。 変えてくれ、出来ないならもう一人就けてくれ、受験生抱えるだけでもしんどいんだ、と校長に直訴しにいったこともあった。そうしたら、お前の言い分は分かった、しかし生徒の顔を見てからでも遅くないだろう、とな。
そりゃそうだ、わしは2年前の、2年生のしか知らない、一理ある、そう思って顔見せも兼ねて見舞いにいったんだ。そしたら、いつ行っても絵を描いてるんだ。それも、見たこともない生き物を延々とだ。 後から聞いた話だと、絵を描いているときは、周りが見えなくなるらしい。 そんなことを知らんわしは、いくら声掛けても反応は無い、描いてる絵はわしの知ってたもんと似ても似つかん、 こりゃあ大変だ、ってぞっとしたもんだ。

それがまぁ、話してみたらえらくしっかりした子じゃないか。ウチの2年、3年、あるいは教師より気骨があるんじゃないか?しかし頑固でなぁ、一度道具を取り上げられたらしいが、布団の中に隠れてまで描き続けたそうだ。何故かわしが看護師に叱られる羽目にもなった。

ある時は、描き終わったばかりの絵を見せてくれてな。『この子は格闘が得意だから、シジマ先生にお似合いです』、なんて笑ってなぁ、――あぁ、こいつだ、手が4本もあったんだ。
よく何十匹も考えつくもんだな、なんて感心したら、驚いたんだろうな、目をかっぴらいて、それから目を細めて、自分の描いた絵を撫でながらなぁ、『オリジナルじゃないんですよ』。 その様子が、とても妄想を語ってるようには見えなくてなぁ。どこかでこの生き物は生きているんだな、と納得したんだ。

春休みは、そんなふうに時間を見つけてはのところに行ったもんだ。復学後の打ち合わせを、母親を交えて3人ですることもあった。

は、復学に乗り気じゃなかったな。ウチの学校は2年までに教科書を終わらせて、3年は受験対策だろう。3年の初めに入院したは大検を受けても良かったし、進学希望で無いなら受験対策を受ける必要もない。 復学を決めたのは、お母さんが『せめて高校だけは卒業して欲しい』と言ったからだろうな。 母親が帰ってすぐに、『集団生活を送れそうにないんですけど、一単位何時間出れば卒業できるんですか』、なんて真顔で言うもんだから、思わず笑っちまったよ。


いつだったか、『どうしてそんなに描くんだ』って聞いたんだ。そしたらな、『でも、これを描き終わったら、止めるつもりです』だと。 『なに言ってるんだ、こんなに好きなんだろう』『…はい、大好きでした。でも、もういいんです』今から思えば、ありゃあモンスターのことを言ってたんだな。わしは『描くこと』を聞いたつもりだったんだがなぁ。


復学後は、打ち合わせ通り、保健室で過ごすようになった。そこで美術の先生と縁があったみたいでな、先生が空いた時は美術準備室で指導を受けるようになった。わしは描くのを止めるとばかり思ってたが、そうじゃなかった。 もとの風景画には磨きをかけて、原風景を想わせるような絵も描くようになった。は休学前と性格が変わってとっつきやすくなったが、あの絵だろ、それまでいた美術部員は才能の差を見せ付けられて、次々といなくなった。名簿に名前が残ってるのも幽霊部員だ。
…あぁ、今の美術の先生はそれとは別の、臨採の先生だ。授業のある時間だけ学校にいるから、お前は会ったことないだろうけどな。

あぁ、これでやっと今の話ができるな。
今日がいないのは、その、元美術教師に会うためだ。

そいつは今、美術館の学芸員をしている。お前も知っているだろ?駅の近くにある都立美術館。あそこのスタッフだ。 学芸員ってのは自分の専門にあった展覧会を企画する。そいつは絵画にえらく強くてな…、

あぁ、そうだ。の作品を、自分の企画展に出展したいという打診があったんだ。

2011.09.27. up.

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