いつかの話




どうして彼女はそこを選んだのか。
どうして彼女は嘘をついたのか。

根幹を無視して枝葉ばかり見ていたオレは、その度に彼女が傷ついていることに気付きもしなかったのだ。




いつかの話





ホームルームが終わり、職員室で指導案を作っていたグリーンは、隣に座るシジマが部活の時間になっても移動しないことに首を傾げた。


「今日は部活無いんですか?」
「いや、あるにはあるんだが…、正直、それどころじゃなくてな。――そうだ、今日はいないぞ」
もそう言ってました。何かあるんですか?」
「あぁ…そうか……。それはまぁ、あとで説明する」


煮えきれないシジマの態度に、ますますグリーンは怪訝に思う。 しかしシジマはグリーンの視線を振り切り、テストの束を取り出して採点を始めた。
それをしばらく見ていたグリーンだったが、諦めて実習記録帳を広げる。


「それより、結局最後まで部活には顔を出さないのか?大学では何やってるんだ」
「今は全く違うことをやってます。だからOBぶれませんよ」
「だったら他の部活はどうだ。わしは剣道部をオススメするぞ。昔とったなんとやらじゃないか。お前を入部させなんだことは今でも悔やんでいるんだぞ」
「もう4年経ちましたよ…」
「まったく。お前が経験者だとすぐ知っていればなぁ、2年の秋じゃあインハイにも間に合わんじゃないか」


発覚があと数ヶ月早ければ、シジマの鬼指導を受けていたのだろうか。自分が思わぬところで幸運を手にしていたことを4年越しに知り、グリーンは思わず苦笑した。
その時、シジマの胸ポケットから振動音が鳴った。シジマはすぐにポケットに指を突っ込み、携帯電話を取り出す。


「はい、シジマです。……あぁ、うん、……!そうか、じゃあ、そのように伝えるからな、……」


それから二、三話すと、電源ボタンを押して携帯を下ろし、深くふかく溜め息をついた。
携帯をしまい、また息を吐くと、あいつ、やってくれたな、と感無量の面持ちで呟く。手を止めて横目で窺っていたグリーンの視線に気づくと、シジマはややあって口を開いた。


「さて、どこから話したものかな。…そうだ、お前はの絵を見たことがあったか?」



シジマの問いかけに、グリーンは無言で首を振った。
唯一あるとすれば、絵描き歌で描かれた黄色いねずみ(?)だが、あれはノーカウントだ。


「……そもそも、本当に美術部なんですか?」
「そこから信じられんか。これを見てまだそう言えるんなら、たいしたもんだぞ」


シジマは引き出しから紙袋を取り出し、その中から分厚い冊子を4冊取り出した。 グリーンに差し出す。表紙は厚紙、中は画用紙で、穴を開け紐でまとめたものらしい。何があったのか表紙は黒こげ、ぽつぽつと小さな穴が開いている。グリーンは受け取り、注意深く一冊目の表紙をめくった。中には火がうつらずにすんだのだろう、そこには二つばかりの英単語が書かれていた。

POKET MONSTER



「これはが描いた絵を、あの子自身でまとめたものだ。上の二冊は入院中に描いたもの、残りはこの学校にいるうちに描いたんだろうな。二冊あることは知っとったが、それらを焼却炉に捨てるを見て初めて、わしはあの子が退院してからも書き続けていたのを知った」


ざらついた画用紙をめくり、グリーンは目を見張った。

そこには、この世界にいる動物を彷彿とさせ、しかしこの世にいると思えない不思議な生き物が綴られていた。
一枚ごとにナンバリングされ、一枚に一つのモンスターが描かれている。その内いくつかは前後、前中後でよく似た姿をしている。この生き物が【変態】するなら、こうなるだろうか、と思わせるようなものだった。

一冊目は、鉛筆で描かれている。bPから始まり、151で終わっている。 二冊目は、色鉛筆を手に入れたのか、カラーがつけられている。152から、251まで。一冊目に描かれたモンスターとの繋がりを思わせるものもいる。 三冊目は、252から386まで。形が変化するモンスターが現れる。四冊目は387から493まで。その内二枚には色の異なる同種の生き物が並んで描かれている。

新たなモンスターに出会うたび、胸が高鳴る。心が躍る。…しかし、なんだ、これは。


「生きているだろう」


そう、生きているのだ。背景はない、モンスターが画用紙の真ん中に一体描かれているだけだ。しかし、息づいている。紙の上で、生きている。
もっと語彙力があれば、この感動を鮮明に表現できただろう。知識を持っていれば、この感動をつぶさに説明できただろう。しかしグリーンはただ圧倒される他無かった。そして自分の中に芽生えた激しい高揚感を、唇を噛みしめて受け止めていた。


「…これは、本当に、あのが描いたものなんですか?これは の『何』なんですか」
「それはあの子にしか分からん。だが、一枚一枚に、たしかに愛情を感じられないか」
「……、はどんな気持ちでこれを描いたんでしょうか」
「そしてそれを、どんな気持ちで捨てたのか。偶然見つけたから、これはここにある。が、は燃えつきたものだと思っている。学校中、至る所にゴミ箱があるのに、焼却炉を選んだあの子の気持ち。それを考えたら、お前は蒸し返せるか?」


首を振る。オレには出来ない。
それが出来る人が積極性だとか、度胸のある人間だとして、臆病者と笑われるとしても、無理なものは無理だ。


「それが良識ってやつだ。だけどな、そういうものを、簡単に越えていく人間ってのはいるもんだ」

2011.09.27. up.

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