順当に勝ち上がったサトシは、決勝戦で負けた。
相手は、あの、シンジと呼ばれていた少年だった。
勝敗は始まる前から決まっていたと言っても良い。
感情に左右され空回りするサトシと、冷静な判断でバトルを支配するシンジ。
誰が見ても、勝負の行方は明白だった。
彼の言動から考えると、もしかして…もしかしなくとも、彼がサトシのライバルなのだろう。
あんなやつが。
「……くそっ!!」
想い人の姿を探して、街を駆ける。
傷ついた彼を慰められるのは、ブリーダーでもコーディネーターでもない。
彼と同じ温度でポケモンと接する、トレーナーだけ。
瞼を閉じれば、俯き肩を震わすサトシの姿が浮かんだ。
決勝戦、審判の判決を聞いた彼。
彼は優しすぎる。
ポケモンにも他人にも。
彼は甘すぎる。
ポケモンにも、他人にも。
だから、護らなければならないのに。
「こんなことになるなら、手放さなきゃ良かった…ッ!!」
一緒に行こうと手をさし出せば、きっと彼は僕を選んでくれた。
無自覚であれ彼は僕に憧れを抱いていたし、懐に入ろうとするモノには、どこまでも甘かった。
けれど逃げたのは僕。
現われるだろう自分の後釜に、勝手に期待して、安心していた。
その結果がこれだ。
研究者になって落ちた体力。荒い呼吸。
自分の決断を、今ほど憎く思ったことはない。
「待てよ、シンジ!!」
「しつこい。邪魔だ」
「待てって言ってるだろ!」
羽交い絞めをするタケシの腕を強引に抜けて、彼の腕を握り締める。
体中が熱い。
ドクドクと音を立てて流れる血流が、頭が、シンジを殴れと指示する。
こいつは…『痛み』を知らないんだ。
だからあんなことが出来るんだ。
…それなら、俺が教えてやる!!
タケシが何かを叫んだ。
ヒカリは手に顔をうずめている。
だけど、もう止められない。
「――サトシ、やめろ!!」
振り上げた拳が、空を切った。
咄嗟に止めた腕。バランスを崩して尻餅をつく。
顔を上げると、尻餅をついたサトシの隣に立って、鋭くシンジを睨む男。
息は荒く、頬を幾筋の汗が流れ落ちていく。
こんな姿、見たこと無かった。
けれど、絶対見間違えなどしない、幼馴染の姿。
「…シゲル……」
無意識に零れた声に、す、とシンジから視線をはずして、サトシを見下ろした。
それをぽかん、と見上げるサトシに目を細めて、手を差し伸べた。
「…立てるかい?サートシくん」
「う、ん…」
その手は、昔握った彼の手よりもずっと繊細で、でも大きく暖かった。
トレーナーよりも研究者の方が大きい、なんておかしいけれど、彼なら…シゲルなら、納得できる。
いつだって、俺は彼の手に支えられてきたのだから。
「どうしてここに?研究所で働いてるんじゃなかったのか?」
「そうだよ。ま、この街に寄ったのは偶然だけど、今キミの前にいるのは偶然じゃない。探したからさ。…それに、そこのキミにも用がある」
にこり、と笑いかける。
無表情で二人を見ていたシンジは、俺には無い、と背を向けた。
シゲルは笑みを張り付かせながら続ける。
サトシには一度も見せたことの無い、営業用の笑み。
「シンジ、だったよね。僕はシゲルだ。サトシの幼馴染でね。さっきのバトル、見させてもらったよ。キミとサトシの間に今まで何があったかは知らないけれど、僕も、キミの態度には賛同しかねるよ。それで強くなろうなんて、それこそ聞いて呆れる話だ」
「何っ!?」
「信頼関係や絆が無いポケモンは成長に一定の限界がある、ってのが僕の持論でね。いくら技を磨いても、限界は超えられない。ポケモン本来の能力は、認め合ったトレーナーじゃないと分からないからね。引き出すことも同じだ。…でも、キミはどうかな。データだけじゃ分からない領域の『ポケモン』を、理解しているようには思えないんだけど」
「ハッ!!ヌルイな。研究者サマの言いそうなことだ」
「違う、シゲルは!!」
侮蔑の笑みを浮かべるシンジに食ってかかるサトシを掌で制して、シゲルは更に口を開いた。
「そうだね、僕は研究者だ。だけど…研究者の僕にキミのお得意のバトルで負けたら、キミは自分の過ちを認めるかい?」
「シゲル!?」
「サトシ、僕を一番理解してるのはキミだろう?心配はいらないよ」
「…いいだろう。その勝負、乗ってやる」