「――え、サトシがこの街に?」
「ええ。宿泊予約を取りに、さっきまでセンターにいたわ。ええと…広場に行くって言ってたかしら。今日はミニバトル大会があるから」
シゲルの存在を知っているらしいジョーイは、ポケモンの回復のために訪れた彼に耳打ちした。
彼のライバルだった少年―サトシ―がこの街にいることを。
はやる心を抑え、わざとゆっくり広場へ向かう。
彼の元気な姿を見れればそれでいい、と心中で何度も唱えることで、サトシを求める自分を納得させるのにそれだけの時間が必要だったから。
たとえ彼がいても、見るのは遠くからがいい。
会わないほうが良い。
「お前、がんばってるよな?」なんていわれたら、ちゃんと頷けるか分からない。
「僕も、弱くなったな…」
以前…自分も旅をしていた時は、彼を前にしても余裕でいられた。
それなのに、自覚した途端こうだ。
『好き』なんて、絶対言わないけれど。
彼の前だけでも格好良い自分でいたい、なんて我侭だろうか。
視界の端に広場が見えた頃、迸る電撃が空を貫いた。
続いて、大きな歓声が沸きあがる。
思わず走って、広場に集まっていた人ごみを掻き分ける。
しかし、耳を過ぎった声に、立ち止まってしまった。
「ピカチュウ、ボルテッカー!!」
踏み出した足が見知らぬ誰かにぶつかり、悪態をつかれたが、謝ることを忘れていた。
今シゲルの心を占めているのは、愛しい彼の、変わらない声だったから。
「勝者、サトシ選手!!」
とどめの一撃が見事に決まった。
審判の言葉に、サトシは共に戦ったピカチュウへと走り寄って、抱き上げた。
「ピカチュウ、よくやったな!」
「ピッカァ!!」
一緒にガッツポーズ。
一層大きくなった歓声と応援の声に、「ありがとう!」と叫んで手を振った。
知らない人ばかりだろうけれど、応援は嬉しいし、応援されるとより燃える。
ピカチュウにもそれは伝わるようで、いつも以上に張り切っていた。
このまま順調に行けば、決勝戦まであと二試合。
順当に行けば、決勝戦で戦うのはきっとあいつ。
今度こそ絶対勝つ。
手を握り締めて、それから止まない歓声に最後にもう一度手を振った。
「……ん?」
そのとき、暖かな視線を感じた。
熱い視線はずっと注がれていたけれど、それとは違った、何故か懐かしささえ感じる視線。
視線を感じたほうに首を巡らすが、すぐにその視線は消えてしまった。
気のせいだったかな、と納得して、バトルフィールドから降りた。
タケシとヒカリが駆け寄ってくる。
手渡されたタオルで顔を拭って、すぐにフィールドに目を向けた。
次の試合は、あいつだ。
「……危なかった。本当に、危なかった」
顔を俯かせ、小さく震えながらシゲルは呟いた。
まさか、あの鈍感サトシが自分の視線に気づくとは思わなかった。
それなのに、変わらぬ、しかし以前タテトプス事件で会った時より格段に強くなっていた彼の姿に安心して微笑んだら、サトシはまっすぐに顔を向けたのだ。
シゲルがいた方向に。
咄嗟に顔を俯かせるのが限界だった。
「サトシのくせに…」
顔が熱い。
今、自分の顔は真っ赤に染まっているだろう。
このまま帰ってしまおうか。
顔を俯かせながら考える。
けれど彼のバトルをもっと見たい。肌で感じたい。
それが本音。
サトシのバトルは、対戦者だけでなく観客さえも熱くさせる。バトルの楽しさ、熱さ、そしてポケモンとの絶対の信頼を、彼が全身で表しているからだ。
そして、今は研究者として生きている自分に、思い出させる。
熱く楽しい、彼とのバトルを。
あの時の、希望と夢に溢れていた自分を。
そして、ただ純粋に彼を求めていた自分を。
「駄目だ。僕は、もうトレーナーには戻れない。サトシの隣に立てない」
彼の隣に立てるのは、『ライバル』だけだから。
何度も己に言い聞かせて、頷いて、顔を上げる。
フィールドに目を向けると、違うトレーナーが向かい合っていた。
彼は、と視線を周囲に向けると、フィールドの下でバトルを見上げていた。
その後ろに立つのは、タケシと、たしか…ヒカリ。
コーディネーターだったか、と思考を巡らしたところで、彼の視線が普通でないことに気づいた。
まるで、痛みを耐えているような。
視線の先には、フィールドに立つ紫色の髪をした少年。
更に見ると、『かえんぐるま』を繰り出したウインディに向かって、ニョロボンが突進していた。
「あれじゃ、まともに攻撃を食らうぞ…!?」
観客の間から、いくつもの悲鳴が上がる。
シゲルが目を見開いているその前で、ニョロボンはウインディの足を掴み、バランスを崩した所を頭上で回し始めた。
「『じごくぐるま』か!!」
「……ニョロボン、『ちきゅうなげ』だ」
少年の指示を聞いて、回転していたウインディを勢い良くフィールドに叩き落とした。
「……しょ、勝者、シンジ選手!!」
しん、と静まりかえったフィールド。
先ほどのバトルの時とは空気があまりに違う。
泣きながらウインディへと走りよったトレーナーを鼻で笑って、シンジと呼ばれていた少年はモンスターボールを手にした。
少年の前には、全身をやけどで覆ったニョロボンが、ふらふらとしながら立っている。
高温の炎を身に纏ったウインディと組んだのだ。
いくら水タイプのニョロボンといえども、とても耐えられる温度で無かっただろう。
「ふん…使えないやつだ。格闘技が十分に使えるというから交換したが、期待はずれだな。もはやお前に用はない。消えろ」
そう言って、モンスターボールを二つに割った。
誰もが声を発せない中、ニョロボンは傷ついた顔をして、フィールドから降りていった。
慌てて駆け寄ったジョーイに連れられ、すぐに見えなくなる。
愕然とするシゲルと観客の前で、立ち上がったのは彼だけだった。
「…ッ、シンジ!!お前、自分のやったこと、分かってるのか!?トレーナーとして最低なことをしたんだ!!お前は何回言えば…」
「…フン、ヌルイな。使えないやつを手放して、何が悪い?」
「ポケモンは能力で選ぶもんじゃないし、戦いの道具じゃない!!」
フィールドの上と下。
見上げるサトシに、見下すシンジ。
殴りかかろうとするサトシを必死に抑えるタケシとヒカリ。
「…ヌルイな。ポケモンは戦いの道具だ。俺にとってはな。だから能力で選ぶ。さっきのもそうだ。バトル中にポケモンに技を試させて何が悪い?コンディションや技の威力は、バトルでしか分からない。それはお前も分かっているだろう?」
「それは…そうだけど…でも……」
もっと良いやりかたがあったはず。
フィールドから飛び降りたシンジは、呟くサトシの隣で立ち止まり、薄く笑った。
「だからお前は甘いんだ。夢がポケモンマスターなど、聞いて呆れるな」
びくっ、と肩を震わせるが、何も言い返さないサトシを鼻で笑い、通り過ぎた。
「…どこに行くんだ」
「お前には関係無い。…ハッ、決勝戦までに逃げるなよ」