「Tシャツ作りませんか?」
何事もひょんな言葉から始まるものだ。
今回の始まりは、ゴールドの一言。
風がカーテンを揺らすが、涼しさまでは届けてくれない。
桜が新緑にかわる頃にもかかわらず高気圧の停滞によって夏日が続いているが、それはこのトレーナー部部室にも多大な影響を与えていた。
いち早く反応したのはレッド。
ゴールドの隣に座ってノートを広げ課題を黙々とこなすシルバーは、聞こえているはずなのにまるで反応しない。ゴールドの考えなしの思いつきと振り回しに誰よりも慣れきっているのだ。
だが今回のゴールドは本気だった。
「あー?Tシャツー?」
「うわ、レッド先輩溶けてますね。はい、Tシャツです」
全身を伸ばして机にべたりと張り付いたまま顔だけをゴールドに向けたレッドに、ゴールドは若干引きぎみな声で呟いた。だらしないにも程がある。
今度はルビーが読んでいた雑誌から目を離して口を開いた。室内は摂氏30度を軽く越えているのに、それを感じさせない涼しげな顔をしている。もちろん汗は一粒すらかいていない。
「Tシャツって、部活のTシャツですか?」
「あぁ。ほら、5月の初めにシンオウ学園との親善試合あるだろ。それに10月のホウエン学園との親善試合。そこで揃いのTシャツ着たら良いんじゃねぇか、ってよ」
定例行事である、親善試合。
カントー学園と同じくマンモス校であるシンオウ学園、そしてホウエン学園は、こうして毎年決まった交流行事がある。また交換留学生も多い。
その中でも特に人気のあるトレーナー部の親善試合は、学生同士のバトルでありながら全国区で放送される。
「あー、去年は体操服だったよな」
「しかも寒いからってジャージ羽織って。最後には雪降ってましたし。あ、でも今年はこっちでやるんですよね。だったら体操服ですね…うわぁ」
「だろ。あれは正直『無かった』だろ。ルビーは最後まで抵抗してたじゃねぇか、せめて制服でって」
「だって体操服でなんてまるで美しくないじゃないですか。ボクの全国デビュー戦だってのに。黒歴史です…無かったことにしたいです」
「そんなだったか?」
話すにつれ思い出してきたのか、ルビーが顔を手で覆う。
あのあと「もしボクが一つだけ魔法が使えるなら、この試合に関してすべての人の記憶を消したいです」と亡霊のように呟き続けることとなった傷は、今でも癒えていないのだろう。
そんな後輩を不思議そうに眺めながら、レッドが顔を傾ける。
あの試合中何一つ文句も言わず(というより3年以上着ていて自校の体操服のダサさに一切気づいていない)、誰よりも芋ジャージを着こなして輝いていたのはレッドである。
(((このヒーロー補正が!!!)))
と当日部員一同を敵に回したことは、本人だけが知らない。
ヒーロー、というのはレッドの人となりを表して生まれた別称である。時に『ヒーロー』の部分は主人公とも表される。
「で、だ。あの惨劇を繰り返さないために、部Tを作ろうと思うんスよ」
「それ、良いんじゃない?」
話を遮るように、高い声が響いた。4人が顔をあげると、扉の隙間からブルーが顔を出している。基本的に声の大きいゴールド、廊下からでも聞こえたのだろう。
「でも、校章を入れることが条件だったはずよ。あとは常識内のデザインであること。大会に着ていくなら、一応大会前に学園長に見せたほうがいいでしょうね」
珍しくブルーは髪を高い位置で一つにまとめている。いくら彼女とといえども、暑いものは暑いのだろう。
入ってくるなりあらムサいメンバーね、と呟いた声が4人まで届いたが、4人ともスルーする。自分自身もそう思っていて、あえて口に出さなかったことだからだ。
トレーナー部にはブルーの他にも女子メンバーはいるが、いかんせん女子の絶対数が少ない。
そしてその内一人は現在実習で学園を離れ、一人は腰を痛めた父の手伝いにと帰郷している。当分の間はブルーが来ない限りこの狭い室内に男しかいないことになる。ムサい。
「ねえさん」
「シルバー、あんただるいとか頭痛いとか無い?ちゃんと水分補給しなさいよ。あと、ゴム貸そうか?結ぶと涼しいわよ」
「大丈夫だよ。そんなに暑くない」
ブルーが姿を現した瞬間に反応したシルバー。
先ほどの無関心っぷりとは別人物かと思うほどの変わりようだ。だがそれもまた見慣れた光景すぎて今更誰も反応しない。
「それで、Tシャツの話だったわね。私は賛成よ。レッドは?」
「いいんじゃないか?賛成」
「僕も賛成です。シルバー先輩は?」
「ねえさんが賛成なら、オレも賛成する」
「あとはグリーンとイエロー、それからサファイアね。賛成だと思うけど、聞いておくわ」
ブルーがメールを打つ。
「じゃあ、次はデザインと色ッスね」
「オレは赤がいいな。燃える情熱!って感じで。あとオレレッドだし」
「とっくに知ってるわよ。じゃあ私はブルー?…まぁ、いいんじゃないかしら」
「僕はルビー…赤紫ですかね。レッド先輩と若干被るけどデザインに変化入れられれば…」
「ちょっと待ってくださいよ!じゃあオレは金糸ッスか!?悪趣味にも程がある!この流れは却下!!ッス!!部活としてはお揃いにしましょうよ。私服として使いたいなら別の色を個人的に発注するとして」
ハァハァとゴールドが息も荒く却下する。
それを見て「ゴールドは今日も元気だなー」と空気を読まず発言するレッド。「ですね」と相槌するルビー。シルバーは無言で頷いている。
マイペース比率が高いメンバーに、ツッコミがゴールド一人。疲れる。ブルーはもちろんそれを分かっていて援護しない。むしろより悪い方向にノせていく。
グリーンさん早く来てくださいと少し涙目で祈りながら、ゴールドは軌道を修正した。
「無難に黒で良いんじゃないですか?柄の色を変えるくらいで」
「あーそうだな。あと、ついでにジャージも作ったらいいんじゃないか?そしたらこれからも着れるし」
「そうね。じゃあ一週間後にイメージを持ち合いましょ。そこでまた選べばいいわ。一週間後だったら全員揃うはずだし」
「分かりました。そうですね、じゃあ各自一週間で何点か考えてくるってことで。グリーン先輩たちにも送っておきます」
一週間後。
「うわ…」
「これは ひどい」
「ちょっとこれは…」
「えー、それ一番気に入ってるやつなんだけどな。イエローはどう思う?」
「ざ、斬新ですね。その、選ばれし人が着るというか、凡人には着こなせないというか、あの、で、でもレッド先輩らしさが出てていいと思います」
「それフォローになってないッスよ、イエロー先輩」
「でも、ルビーとゴールドはそこのところさすがねー。その点誰かさんは渋いにも程があるし」
「……」
「デザイン一つにも個性が出るったいね」
厳選なる投票の結果、圧倒的支持を得て、Tシャツのデザインはゴールド、ジャージのデザインはルビーのものが採用された。
放送後にあのTシャツは販売していないのか、ジャージのデザイナーは誰かとの問い合わせがあったりと更に一騒動あったが、それらは部の正式ユニフォームとなって代々受け継がれるようになったのだとか。
*オマケ*
朝礼後の教室の一角で、ブルーとグリーンは二人で一枚のTシャツを眺めていた。
今朝業者から受け取ったばかりの試作品だ。レッドは先生の呼び出しを受け、席を外している。
「初めから二人に考えてもらえば良かったんじゃないか?」
「それじゃ面白くないじゃない。時にはああしてみんなで騒ぐのも悪くないわ。グリーンもなんだかんだ楽しんでたじゃない。そ、れ、に」
ブルーがカバンの中から赤色の折りたたんだ布を取り出し、バッと広げた。
真っ赤なシャツにデザインした人間の人格を疑う奇抜な絵!こ、これは!!
「レッドデザインのTシャツは全国のコアなファンから注文殺到中なのよ。ホホ、世の中分からないものね」
「またそんなことを…。――…待て、レッドの許可は取っているのか?いやそれ以前にあいつに言ったか!?」
グリーンの手を掻い潜って、ブルーが右に左にTシャツを動かす。
「意匠権はゴミ箱の中までは及ばなくてよ。それに流星のごとく現れた謎の新人デザイナーなんて言われてるもの。誰もあのレッドがデザインしただなんて考えもしないわ。――あら、予鈴だわ」
ハッタリを、と動きを止めないグリーンだが、すぐにブルーの予告どおり予鈴が鳴った。
教室中に散らばっていた生徒が席に着き始め、各々ノートや教科書を机上に広げる。
こうなると優等生のグリーンは真面目に机に向かうほか無い。
舌打ち一つ、ブルーを軽く睨んでからグリーンは背を向けた。『続きは後だ』とのオーラが醸し出される背中に舌を出してから、ブルーはノートを広げた。そこには今回の予約リストと販売計画が事細かに記されている。
教室はまだ騒がしい。本礼が鳴るまで、普通は静かになったりしないのだ。真面目な堅物以外は。
レッドが教室に走りこんできた。
教師の呼び出しだったら遅れたって誰も咎めないだろうに。あいつも変なところで律儀ね、とブルーは心の中で呟き、小さく笑みを浮かべた。
それからノートに挟んだA4のプリントを引っ張り出して、眺める。――描いた人間の人格を疑うような奇抜なデザイン。これをアートというなら、幼稚園児の落書きは国宝級の芸術作品だ。
「やっぱ私には理解出来ないわね」
皺を丁寧に伸ばして、挟み直す。
遠征費だって馬鹿にならないのだ、この子にも頑張って稼いでもらわなくては。デザイナーさんへの返しはチロルチョコくらいでいいだろう。…まぁ、ちょっとはマージンいただきますけど?
今日もブルーの一人勝ち?