放課後。
「あー、プール入りてぇ…」
呟きは、誰にも届かないまま宙に消えた。
額から流れる汗をそのままに、ゴールドは机に突っ伏していた。
開け放した窓からぬるい風が吹き込み、黒い髪を時折小さく揺らす。
「あー……あっちー…」
「そうやって突っ伏してるから暑いんだって。こっち来いよ、ここ、涼しい風来るぜ?」
顔を上げると、コの字に並べられた長机の、向かい側に座るレッド先輩が手をヒラヒラとさせていた。
隣にはグリーン先輩。今日も今日とていつも通りの無表情で、何を考えてるのかさっぱりだ。
やけに静かだと思ったら、二人並んで雑誌を読んでいたらしい。仲の良いことで。
「…いや、良いッス。オレは馬に蹴られるの勘弁ッスから」
「馬?馬なんていないぜ?あ、管理棟にはいるけど、脱走したってここまでは来ないって。それともオレって馬を呼び寄せそうな匂いしてる?グリーン、どうだ?」
「いや」
「……あぁ、暑いッスねぇ」
これだから天然は、と声に出さずに呟く。グリーン先輩も普通に付き合ってやらなくても、なぁ。
お世辞にもオレは頭が良い方じゃないし勉強する気もないが、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら位は知ってる。
心の底から尊敬する人で、憧れであるのは出会ってからずっと変わらないが、彼の実直さは長所を通りこして欠点なんじゃないかと思ってしまう。こう、目の辺りにすると。
あぁ、平和が憎い。
再び机に突っ伏して思う。
こんなに平和で良い天気だから、レッド先輩が変な方向に進んでいくのだ。バトルの時のレッド先輩の言葉で表せない凄まじさは、影も形も見られない。いや、こういうレッド先輩もほんわかしてて好きだけど。……複雑だ。どうするオレ。
せーくしーなの きゅーとなの どっちが好きなの? 昔流行った歌のメロディが脳内で流れる。……どっちも好きですごめんなさい。
ゴールドの体温を奪って、机は生ぬるくうっすら湿っている。
あつい。
あついのがいけない。何も考えられない。
頭を冷やせば、まともな思考が出来るはず。
そう、グリーン先輩とレッド先輩の仲が度が過ぎて親密に見えるのも、あついせい。
きっと冷静に見れば、ただ親友が二人並んで座っているだけだ。レッド先輩の上気した頬が妙に色っぽく見えるのも、全部あついせいだ。
「あっちー…」
頭を冷やすといっても、さてどうしたもんか。
シャワー室?使用には許可がいる。
そもそもあそこは体育系のたまり場だ。むさい。あつい。元も子もない。
他には、
「……あ!」
ゴールドは勢いよく立ちあがった。
反動で椅子がひっくり返り大きな音をたてたが、構わず口を開く。
「プール行きましょう!!」
「「……は?」」
「プールッスよ、プール。いやーどうしてもっと早く気付かなかったのか」
「いきなり何を言ってるんだ」
グリーン先輩が半眼で眺めてくる。
その目は面倒事は止めろ、と言っている。が、それに気づかない振りをしてゴールドは続けた。
「いやいやグリーン先輩、先輩も暑いって思ってるッスよね、汗かいてますもんね。暑い時は水浴びでしょ、だったらプールに行けば良いんスよ。屋内プールは水泳部が使ってますけど、野外プールは誰も使ってませんし。入らなくても、水場にいるだけで涼しいッスよ」
「野外プール…良いなぁ。けどプール開きって来週じゃなかったっけ?まだ掃除してないんじゃないか?」
プール、の言葉に目を輝かせたレッド先輩が、はてと首をひねる。
「それは大丈夫ッス。オレとオレのクラスメイトで、おとといプール掃除しましたから。宿題出し忘れた罰だったんスけどね。もちろん入り口に掛かってる南京錠の番号も暗記済みッス」
「うーん…あんまり手放しで褒められないな。けど後輩からのお願いだし……グリーン、どうする?」
困ったようにグリーン先輩の顔を伺うレッド先輩。
そんな振りをしてみせたって、もの凄く行きたそうな顔してるからバレバレなのに。
だからグリーン先輩も、
「……好きにしろ」
溜息をついて立ち上がり、雑誌をラックに片付ける。溜息つきながらも、行く気のようだ。
グリーン先輩はレッド先輩に弱い。最初は弱みでも握られてるのかと思ったが、そうではないらしい。
クリスの弁によると「おじいちゃんと孫みたいなもんじゃない?」とのこと。
けどレッド先輩の無意識の上目使いに一番弱い、ってのはちょっと違うような気もする。こういうのはブルー先輩の専売特許だ。次会った時にでも聞いてみるか。
……おっと。グリーン先輩の気持ちが変わる前に動かなければ、折角の思いつきもパーだ。
転がった椅子を元に戻してから、ゴールドはレッドの傍へと歩み寄る。
荷物は…まぁ、タオル以外はここに置きっぱなしでいいだろう。きっとびしょびしょに濡れて帰ってくるだろうから。
寮まで濡れたまま帰れば?…そんなことしたらワタル先生が怖いだろ。
ついでにワタル先生ってのは学園の教師と男子寮の寮長を兼任している人なんだが、規則違反者にはもれなく『はかいこうせん』撃ってくる人格破綻者だ。まぁ手加減はしてるんだろうけどな……多分。
「グリーン先輩のOKも出ましたし、はやく行きましょうよ」
「しょうがないなー、付き合ってやるか!…そうだ、」
急に何かを思いついたような顔をしたかと思うと、悪戯っ子のように笑いながらレッドが立ちあがる。
一見無表情、だが分かる人には分かる呆れ顔で扉に寄りかかって二人を待つグリーンを尻目に、後ろの黒板へと近づき、チョークを滑らし始めた。
カッ、カッと小気味の良い音がしばらく響く。
「……よし、っと!」
出来あがりに満足したように頷くと、レッドはタオルを手にゴールドを振り向いた。
ニヤリと笑うレッドにつられて、ゴールドもまたニヤ、と笑い返す。
「さ、行こうぜ!オレ達が一番乗りだ!!」
『トレーナー部メンバーは全員 野外プールに集合!
一番最後に来たやつは罰ゲームだからな!! By レッド』