「あれ?」
「ん?どうした、ヒカリ」
いつものように森の道を進んでいると、前方に紫色の何かが見えた。
一瞬「新種のポケモンかしら!?」と構えたヒカリだったが、よくよく眼を凝らしてみれば見慣れた姿。
「ねぇサトシ。あれ、シンジじゃない?」
「え…あ、本当だ!おーいシンジ、久しぶりだな!!…ってあれ?そのビーダル、シンジのか?」
駆け寄ったサトシの後を追って、タケシが二人に近付いた。
首を傾げて、じいっとビーダルを見る。
「いや、毛並みを見る限り野生のビーダルのようだな。ということは、シンジはバトルの最中だったのか。邪魔しちゃったようだな」
「うわっ!ごめんシンジ!!まさかゲットの途中だって思わなくてさ」
「でもシンジとビーダルってどうも結びつかないわよね」
隣で騒ぐ3人に、とうとう集中力が切れたシンジが口を開いた。
眉には何本もの皺が走っている。
「分かったなら黙れ!」
その隙を見て、ビーダル。
「「「あ、逃げた」」」
「――……チッ!本当に使えない連中だな!!」
「本当にごめんって!!ほら、謝るから許してくれって!!」
「俺もごめんな、シンジ。お詫びにお昼ごはんを御馳走するから待っていてくれよ。もうすぐ出来るんだ」
「いらん!!」
「あ、そーやってツンツンしてるといつか後悔するわよ。タケシのご飯、ほんっとーに美味しいんだから!!まずここで後悔するわね」
「お前、反省する気ないだろう!?……知らん、俺は行く!!」
「だから、ちょっと待てって!ヒカリじゃないけど、タケシのメシ食いっぱぐれたら本当に後悔するぜ?折角タケシがシンジの分も用意してくれたんだ。食べていけよ!……って、なんだこれ…影?」
ふ、と急に暗くなった周囲に、慌てて見上げると。
「ごめんなさーい!!そこから退いてー!!」
「女の子ォ!?」
「あいつまさか…!?おい、すぐに逃げろ!潰されるぞ!!」
「このまま逃げたらあの子が危ないだろ!?」
「死にたくなかったら動け!」
「うわっ!!」
「ありがとー!!次は……おねがいねっ、カビゴン!!」
シンジに思いっきり突き飛ばされ地面を豪快に滑った挙句尻もちをついたサトシの視界を、轟音と共に黒い何かが埋め尽くした。
「たた……なんだこれ?」
触ってみると、ぽよんと動く黒。
この感触は研究所に置いてきたあいつと同じ。ということは、
「カ…カビゴン!?」
でも何で上から降ってきたんだ!?
混乱するサトシの目前で、カビゴンの体が一際大きく揺れる。
びっくりして視線を上げる。と、さっき空から降ってきた女の子が腹の上に座り込んでいた。
もしかして、この子のポケモンか!?
更に視線を上げると、ばちっ、と目が合った。
思わず固まってしまったサトシの前で、正体不明の女の子が口を開く。
「大丈夫ですか!?突然降りてきてごめんなさいっ!……あ!あの、怪我してませんか!?さっき、転んでたように見えたんですけど…」
「あ…ああ、オレは大丈夫だぜ!」
サトシの言葉に、ふわ、と安堵の笑みを浮かべる少女。良かった、と目を細めてサトシを見つめた。
思わず頬が赤くなる。慌てて彼が視線をそらしたことに気付かないまま、少女は再び口を開いた。
「怪我させることにならなくて、本当に良かったです。……ありがとうね、カビゴン。ボールに戻って」
頷くカビゴンを撫で、少女はそっとボールを触れさせた。
赤い光に包まれて、大きな影がボールへと消えていく。
数瞬後、とんっ、と軽い音を立てて、女の子は地に足をつけた。
そのまま流れるような動作でベルトホルダーの一つにカビゴンの入ったモンスターボールをとりつける。
「これで良し、っと…。――あの、突然驚かせてすみませんでした!でもこの道幅だとあの子が着地出来なくて、降りるにはこうするしかなかったんです。それと本当はもっと離れたところに降りるつもりだったんですけど、目測を誤ってしまって…。本当にごめんなさいっ!」
深々と頭を下げる少女に、3人は慌てて手を振った。
「みんな無事だから、気にしなくていいぜ!それより、『あの子』って?」
「えっとそれは…上を見てもらえれば、分かります」
少女の言葉に顔を上げると、はるか上空に黒い点が見えた。
よくよく眼を凝らせば、翼が、手が、足が。だんだん近づいてきているようだ。
「あれは……カイリューだ!!」
「ねぇタケシ。あれって……?」
「カイリューといって、もの凄く珍しくて貴重なポケモンだな。だけどシンオウにも存在するから、図鑑を見れば詳しく分かるさ」
「カイリュー!!」
「〜〜、〜…〜……!」
少女の声に反応して、森の上空を山吹色のドラゴンが旋回した。
「ありがと、そのまま待機しててね!あのカイリューは私の最初のパートナーなんです。――…さて、と」
少女は穏やかに笑って、そしてサトシ、ヒカリ、タケシから目を離した。
それから彷徨うことなく、ただ一人に焦点を合わせる。
「シンジ、久しぶりね。元気だった?まさか、誰、なんて薄情なこと言わないよね?」
「……。何故ここにいる」
「うん、当たり。貴方がシンオウに戻ったってレイジさんに聞いてね、旅をしながら探していたの。――…それで『げきりん』、『ドラゴンダイブ』、『りゅうせいぐん』、『はかいこうせん』、どれがいい?」
「…オレが悪かった」
「ん?『はかいこうせん』が良い?分かった。カイリュー、『はかいk」
「あのー!!」
「はい?」
嬉々とした笑みを浮かべ右手を上げる少女に、今まで遠巻きに眺めていたヒカリが思わずといった風に声をかけた。
振り返った彼女は、首を傾げる。振り上げた右手はまだ下ろされない。
「貴方、シンジの知り合いなの?」
「――え、ええと、まずは自己紹介ね!アタシはヒカリ。フタバタウン出身よ」
「オレはマサラタウンのサトシ!よろしくな!!」
「俺はタケシだ。サトシと同じ、カントーのニビシティ出身だ。よろしく」
「私は。出身はトバリシティね。――ええと…聞きたいのは、私とシンジの関係かな?ヒカリちゃん」
首を傾けてにっこり笑うに、ヒカリはわずかに頬を赤らめた。
同年代くらいなのに、には色気さえ漂っている。さっきの笑顔も綺麗で…ちょっと怖かったけれど、この笑顔は華が咲くようだ。
「ええ!…もしかして、昔シンジに嫌なことでもされたの!?こんなに優しそうながあんなに豹変するなんて……許せない!、私も手伝うわ!!サトシ、ヒコザルを貸して頂戴!!」
「ヒカリ、オレのヒコザルに何させる気だよ!?」
「そんなの決まってるじゃない!……ああっ!ポケモンだけじゃなくて、こんな可愛いにまで酷いなんて…信じられない!!」
一人百面相するヒカリ。最終的には闘志の炎さえ燃やしてシンジを睨んでいる。
それをきょとんと見ていただったが、合点いったとばかりに手を叩くと声をあげて笑い始めた。
「あはは!ヒカリちゃんってば何か面白い方向に勘違いしてるみたいだけど、私たちはそんな関係じゃないよ?…シンジ、隠しても意味無いことだもの。別に言っても良いよね?」
「…好きにしろ」
「ありがと。…私たちね、実は、」
「えぇー!?」
森のどこかで一斉にムックルが飛び立った。
「うっそおぉぉ!!ねぇ、やっぱり嘘でしょ!?」
「もう!だーかーらっ、本当に本当だってば!!私とシンジは幼馴染なの。家が近所でね。ちっちゃい時よく二人で遊んだなー。だから、シンジが私に何にも言わないままカントーに行っちゃったって聞いて……ね。さっきのは、そういうこと」
「の怒ってた理由は分かったわ。けどとシンジってタイプ全然違うでしょ?一緒に遊んでたって、想像つかないわ!」
組み立て式のテーブルを挟んで、向かい合う二人。
一人は身を乗り出して、もう一人は曖昧に笑っている。
「はい、熱いから気をつけて食べてくれ」
「ありがとう、タケシさ…ううん、タケシ。でもごめんね、怪我させちゃいそうになったってのにお昼ごはんまで御馳走になっちゃって」
「安売りセールで食材をを買い込みすぎて困ってたから、ちょうど良かったんだ。遠慮しないで食べてくれ。それと……、シンジ、どうだ?」
「……悪くない」
直後に気色ばんだサトシとヒカリを制して、タケシは微笑んだ。
「そうか。おかわりが欲しかったら言ってくれ。まだ沢山残っているんだ」
「……分かった」
面白くなさそうに二人を見ていたサトシだったが、タケシお手製のシチューのおかわりを貰った途端に顔を綻ばせた。元々不機嫌が長続きしないお手軽な性格だ。
お皿の中身が半分になるころにはその原因もすっかり忘れていた。
「やっぱりタケシのメシはうまいよなー!!……あ、」
「サトシ、どうかした?」
スプーンを動かしながら、ふと思ったことを口に出してみる。
「そういえば、さっきのカビゴンもカイリューもすごく鍛えられてたよな!ってトレーナーなのか?だったらメシ食べ終わったらオレとバトルしようぜ!!」
「私も見てみたい!!、バトルするの?」
「うん、するよ。けど……うーん。ごめんねサトシ、ヒカリ。今あんまり調子良くなくて。次に会えた時まで待ってて欲しいな。それより、サトシとシンジのバトルが見たいかなーなんて。……ダメかな?」
「え?オレ?オレはいいけど、シンジがなぁ…」
その言葉に、4人の視線が一か所に集まる。
無言の圧力を受けた1人は、やがてため息をついて立ち上がった。
「3対3。それで十分だろう」
「じゃあ、審判は俺がやろう。選んだポケモンが3体とも瀕死になったら負けだ。それでいいな?」
「いいぜ!シンジ、今日こそオレの育て方が間違ってないってお前に証明してやるからな!!」
「良いのか?このままいけばあいつの前で恥を晒すことになるぞ」
「そ…それは関係ないだろ!?オレはいつでも正々堂々真剣勝負!それに負けることを怖がってたらバトルなんて出来ないだろ!!そういうシンジはどうなんだよ!?」
「誰に物を言っている?――どっちにしろ諦めた方がいい。あいつはお前n」
「ストップ。サトシ、シンジ、始めていいか?」
「ああ」「うん」
「(……アレっていわゆる牽制ってやつよね。てか暗に俺の女とか言ってない?とシンジってほんっとーにただの幼馴染かしら?)って、……?」
3人から離れて大木の下。
ふと隣を見れば、深刻そうな顔をしたが空を見上げている。
「…え、あ、うん?ヒカリちゃんどうかした?」
「もしかして、今の聞いてなかった?」
どう考えても恋の駆け引きじみたセリフだったのだけれど。
当の本人に届いてなかったら……さすがのヒカリでもシンジが哀れに思えてくる。
「ヒカリちゃん、何か言ったの?」
(や、やっぱり……!)
「ううん、私じゃなくてサトシたちの話……聞いてなかったみたいね。空がどうしたの?」
「ん?ちょっと風が出てきたなって。もうすぐ渡りの時期なのに……」
「そういえば、空が暗くなってきたわよね。さっきまではあんなに真っ青だったのに」
「雨、降らないといいね。……ねぇ、ヒカリちゃん」
「何?」
「私、シンジが好きなの」
誰かの、息を飲む声が。
「シンジが好き。物心ついた時からずっとよ。――…一番になれないのは分かってる。だから伝えるつもりはないの。幼馴染として傍にいられるだけで、私は幸せだから」
だから、たとえあなたの努力がたとえどんな結果に終わったって。
私が走り寄るのは不器用なあなたのもと。それはいつだって、どれだけ離れたって変わらない、私の、私に誓った約束なの。
ギンガ爆弾の爆発→砂塵→雨雲の発生→雨、という裏設定があったりします。
主人公が深刻な顔で空を見上げるのはそういう理由で。どの程度の爆発で雲が発生するのかは私も知りません…が、化学反応を使った爆発を利用して雨を降らす実験は、歴史的に実際成功しています。