旅立つときに言えなかった言葉と想いを、彼にぶつけたい。
たとえその後に彼がどんな顔をしようとも、後悔はしない覚悟がにはあった。
言ったところで想いが同じなんてこと、ありえないと首をふる冷静な自分も心の中にいた。
彼のまっすぐな性格は誰からも好かれるものであるし、一つのことに対して一途に打ち込む姿は、でなくても惹きつけられるものがある。
時々かかってくる電話から察するに、彼は旅の途中で何人もの女の子と出会い、好意を寄せられているらしかった。
けれど恋愛に関しては驚くほど鈍感で空気読めないから、当の本人がまるで気づいていないのがにとってはせめてもの救いだった。
けれど彼は単純だ。
飾り立てた言葉には全く反応しないのに、まっすぐな言葉には真正面から受け止めて返す。
彼と接したならば、すぐに分かることだ。
「カスミさん…だっけ」
乱暴女だけどサバサバしたやつだよ、と以前サトシはに旅の仲間を紹介した。
カスミにタケシ。
サトシ以外のポケモントレーナーに興味の無いには、二人が有名なジムリーダーであることは知らない。
しかしサトシから何度も聞いたその名前は、の心に染み付き、暗い影を落としている。
それが今、一瞬にして広がった。
「あら、」
掛けられた声に顔を上げると、母が洗濯物に手を伸ばしたまま笑っている。
母の穏やかな笑顔を見ていると、影が霧散した。
どうやら考え込んでいるうちに家にたどり着いてしまったらしい。どこをどう歩いてきたのかさっぱり分からないが、足は5年間通った道を覚えていたらしかった。
「おかえり。今日は一人なのね」
「うん、ちょっとね。手伝うよ」
母を手伝って、洗濯物を取り込む。太陽の匂いのするそれらを両手で抱えながら、一緒に家に入った。
「ありがとう。――あぁ、。サトシくんから手紙が来てたわよ。机の上に置いてあるから」
含み笑いを浮かべた母にそう、ありがととすました顔で返して、階段を昇る。
階段を昇りきってからは足早に進み、自分の部屋の扉を開けた。鞄をベッドの上に投げて、机の前に進む。
『へ』
確かに机の上には白い便箋の手紙が置いてあった。サトシの筆跡で、の名前が書いてある。
珍しい…、というか旅に出てからサトシから手紙なんてもらうの、初めてよね。
電話は何度もかかってきたが、彼から手紙を貰ったのは半年前、彼が旅に出る日に貰ったっきりだ。
おそるおそる手紙を開いた。
『へ』――…お世辞にも上手とはいえない文字、けれど最後に貰った手紙とは違って一文字一文字が丁寧に書かれているのがには分かった。
半年前に受け取った手紙ではポケモンマスターになるという夢を語り、最後にを置いていくことになってゴメン、と謝っていた。
今のサトシは何を思って手紙を書いたのだろう……。
今いる場所はどこで、前に行ったどこそこではこんな素敵なことがあった、と一枚目は彼の近状が綴られている。前の電話で聞いた話が、更に詳しく書かれてあった。
感動をそっくりそのまま伝えるには語彙が足りなかったのだろう。うまく言えないけど、旅に出て良かった、とつけたしたように書かれている。
二枚目はその続きで、旅の仲間に助けられながらも元気にやっていることが伝わってくる。
でも、どうして電話でなくわざわざ手紙で…。
不思議に思いつつ、は三枚目を読み始めた。
「……え?」
そこには、一度マサラタウンに帰るということと、
「――きゃあ、!サトシくんがマサラに帰ってきたわよ!今ね、に会いたいって、」
階段の下から母の声がする。
信じられなさにうそ、と呟いた。
「、早く降りてきなさい!!」
私だって、会いたい。迎えにいって抱きしめて、全部ぶつけてやりたいって思ってた。
でも、
「…どういう顔で会えばいいのっ」
頬が熱い。目が熱い。こんな状態のまま会いにいくのは恥ずかしすぎる。
どうしようと手紙を持ったまま部屋の中を歩き回っていると、階段を昇る音がした。
痺れをきらした母がとうとう昇ってきたのだろう。母が近づいてくると思うと、余計頬が熱くなった。
「お母さん、待っ、!」
「!!」