どうもノボリです。今日も今日とて小生意気盛りのギャングエイジ共に囲まれてよろしくやってます。嘘です全然よろしくないです。毎日が面倒です。飼育当番なんてものも始まりました。二月に一度、一週間のペースで回ってくるそれは、毎回確実に俺の心をへし折っていきます。
『ギャング』といっても、犯罪行為とは全く関係ない。ギャングエイジってのは、児童心理用語で、ざっくりいえば親や大人からの自立心が芽生え、仲間意識がより強くなる年頃のことだ。帰属意識やルールといった社会性を学ぶ心の成長期でもある。
俺にも、前世においてあいたたたな言動をしていた覚えが、うっすらと、ではあるがある。チャイムが鳴ってもわざと席に座らず教師を挑発してみたり、仲間だけが分かるグループ言葉を作って会話してみたり。誘惑に負けて別グループの女子にその言葉を教えてしまった少年Aを村八分にしてみたり。黒までいかなくても、灰色な歴史である。Aくんその節はごめん。
小2にして早くも中二病蔓延の徴候がみられたライモンスクール生にも、ギャングエイジ期はもれなく訪れた。
習い事などで学外に親しい友人がいたり、博愛思想を掲げていたりするごく一部の子どもは例外として、誰も彼もがグループに入りたがり、排他的な友情関係を築いている。そして、親や教師に反発してみせた武勇伝を声高に話し、盛り上がっている。
たまたま近くを歩いていた俺にそういった話が振られることも無きにしも非ずだが、そんな時期は20年も前に通り過ぎた俺は苦笑いでやり過ごしている(傍目には無表情である)。
しかして、ここライモンは、というかイッシュのスクールは、前世で俺が通った小学校に比べていろいろと厳しい。授業態度や教育的指導はすべて親に報告され、不真面目や挑発的な態度が原因で一発退学、なんてこともあるので、教師にわざと刃向うことはまずできない。
なんせ、社会的な意味で視野が狭い子どもにとって、退学=身の破滅も同義である。しかし、それでも反発したい年頃である。ギャングエイジ共は考えに考え――そして、迷惑極まりないことに、大人顔負けに弁の立つ俺を『俺達の代弁者』に祭り上げようと考えたらしい。
かといって、俺はどのグループに属することもなく、薄く広い関係を築いていたので、クラスメイトが次の心理的成長期を迎えるまで、度重なる俺争奪戦に巻き込まれることを余儀なくされたのであった。
飼育部屋を出たところで、今日も今日とて俺はクラスメイトに囲まれた。
待ち構えていた3人、そして俺と飼育当番のグループを同じくする2人で前後左右を陣取った。ポジショニングは完璧である。全員男で全く嬉しくない。
飼育当番は他に女子2人がいたが、待ち構えていた男たちの姿を見るやいなや、面倒くさそうな空気を察知して早々に立ち去った。
「だからさー、あそこはもともと俺達のグループの遊び場だったんだよ」
「今週俺らのグループが何人か飼育当番でいないからって、あいつら我が物顔で使いやがってさ」
「まぁそれもむかつくけど、だいたい、飼育当番なんて決まりがなきゃ、こんなことにならなかったんだよな。それに、なんで俺達が休み時間削ってやらなきゃいけないんだよって、なったわけ」
「そんで、飼育当番自体を無くすよう、先生に提案することになったんだよ」
「はぁなるほど」
うわくだらな、と咽喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、俺は同情と理解を示す雰囲気作りに努めた。眉を下げでもすれば簡単だけれど、俺の顔面は俺の意に従ってくれない。
「なぁ、ノボリから先生に言ってくれないか。お前だって、餌やりなんかやりたくないだろ」
「餌やりについては、同意致しますが」
このスクールで育てられているなかで、ノボリ達が今年飼育管理を任されているポケモンは、コアルヒー、ハトーボー、ミネズミと、比較的小型で危険度の低いポケモンではある。けれど、小さいだけにかえってモチーフとなった動物が容易に想像でき、そうして生まれる『これじゃない感』が、更なる拒否反応をノボリに引き起こすのであった。
回避できるものならぜひそうしたい。けれど、ここでそうすることは、ノボリの意に沿わなかった。
NOと言えない日本人(成人済)であった前世を多分に引きずっているノボリは、イッシュの荒波に揉まれても、子ども相手にもNOを突きつけられない性格をしていた。けれど内心は頑固な質である。どうせ成人したら嫌でも自分を曲げないといけないのだから、子どもでいられるうちは自分の意に沿わないことはしない、と主義を掲げてもいた。
「ただ、遊びたいから当番をやりたくない、というのは道理にかないません。学年始めに飼育当番をやると言ったのは誰ですか。あなたたちですし、わたくしもです」
「それは…、でもそれはやらなきゃいけない、って、決まりみたく言われたからじゃないか。俺たちもお前も騙されたようなもんじゃん。あいつらの勝手な都合にさ」
俺の言葉に周りが「まぁ俺もやるって言っちゃったしな…」「そういうもんだししょうがないか」と諦めモードに入った中、ただ一人は粘ってみせた。たしか、このグループの中心人物だったか。なにかにつけ俺に張り合ってきたような気もする。精神年齢30歳+αで成人済みの知識を持つ俺をライバル視できる程度には、頭がいいのだろう。
思い返してみれば、こいつは俺の心情を慮っているようで自分の都合のいいように誘導をしていたし、陰謀説も、俺でなかったら教師への反骨精神に繋げていたかもしれない。飼育当番を終えてすぐに、というタイミングはなかなかよかった。今日も疲れたなー、と思ったばかりだった。
この歳にしてこの才。『ノボリ』が『ノボリ』でなかったら、引き受けていたかもしれない。
俺だって、俺の内心が『四の五の屁理屈並べやがって結局は優等生ノボリが刃向ったときの教師の顔と生意気言って叱られる俺が見たいだけだろこの悪知恵働きのこすい野郎め』罵詈雑言で埋め尽くされなかったら、素直に感心を表した。
それはそうとして、この少年――名前を思い出せないからAにしようか、外国人の顔と名前はどれも似たり寄ったりで覚えにくい――Aの説得の波及を受けて、諦めモードに入っていた周りが復活しかけている。完全に復活させてしまえば堂々巡りになりそうなので、俺は今も言い募っているAの言葉を遮った。
「すみませんが、お断りします。飼育当番というのはわたくしにとってデメリットばかりではありませんので。別の人にお願いしてくださいまし」
「な、なんでだよ」
「実は……、おかげ様で、飼育当番をきっかけに、コアルヒーを相手に半径2メートルまで近づけるようになりましてね。昨日先生に伝えたところ、次は1メートル80センチを目標に頑張れと激励されました。ですからわたくし、これからも頑張りますと胸を張って言ったばかりでして」
「へ、へぇ…。え、それ自慢できること!?てか先生の褒め方も微妙だな!!」
「何を言います!2メートルといえば、みずでっぽうの範囲内でございます。それに、はじめは4メートルが限度でしたし……」
そう影を背負って俯いた俺に、ノボリのポケモン嫌いも切実だな、と少年Aを含め一同が思わず押し黙ったタイミングで、俺は慇懃に頭を下げた。
「そういう意味でも、言動と行動が伴わないのは恰好悪いですし。すみませんが」
「まぁ、そういうことなら、しかたない、…のか?別の奴に声かけてみるわ。悪かったな?」
「いえ、お力になれずすみません」
NOの言えない日本人(成人済)であった前世を多分に引きずっている俺は、子ども相手にも、簡単にはNOを突きつけられない。けれども目には見えないもの(空気感と言葉の裏)を読む日本人スキルを保持し、心にも無い侘び言葉を添えることも忘れない俺に、敵う相手はそういない。今日も今日とて完全勝利である。ふはは敗北を知りたい。