この世界は俺に対してまったく優しくしてくれないが、それでもスクールに行くことになってよかったと思ったことがただの一つだけあった。繰り返しであるがただの一つだけであるから、これをもって幼少期の記録は終わりにしたいものである。
「はい、次、カミツレさん」
「は、はい!」
「(くそかわ。天使か)」
入学したノボリを待ち受けていたのは、美少女クラスメイトの存在であった。
6歳のょぅι゛ょにhshsするノボリ(繰り返しになるが精神年齢21+5)ではないが、とてもとてもとても将来が楽しみな見目のクラスメイトには、趣味趣向と関係なく胸を震わせずにいられないものである。
彼女はといえば、保護者が後ろで見ているからか少し表情がこばわっているものの、教師に名前を呼ばれて挙手する彼女はそれでも十分すぎるほどの美少女オーラを放っている。あぁ、あと15年くらい後にもう一度出会いたいものである、とノボリは内心で嘆いた。
けれどもその頃にはまるで見向きしてもらえないかもしれない。または視界に入れて『いただけた』ところで、その視線は屠殺直前の家畜を見るそれかもしれない。それはそれでおいしい。この少女はそういった視線もよく似合うのだと、ノボリの中の男子大学生が叫んでいた。
「はい、次、クダリくん」
「うん」
「クダリくん、お返事は『はい』ね」
「うん」
「……はい!次、ノボリくん」
「はい」
脳内に浮かぶアレな映像の影響はおくびにも出さず、ノボリは無機質な声色で答えた。同時に、前に座る愚弟の椅子を下から鋭く蹴り上げる。
床に届かない足をぷらぷらさせつつ座っていたクダリがその瞬間3センチほど飛び跳ねたが、保護者達は我が子を見るのに必死で誰一人として見ていない。教師は飛び跳ねたクダリに首をかしげたが、立ち位置からは椅子の下は見えなかったようで、変わった子なのねと勝手に納得したようであった。それから、前後に座る俺達の、瓜二つな相貌から違いを見つけようと、じろじろと遠慮なく見たのだった。
「まぁ、クダリくんとノボリくんは一卵性の双子なのね。どこもかしこもそっくり」
教師のその言葉に、自意識でなくクラスの中のほとんどの視線がノボリとクダリに集まったようだった。
子どもたちはまるでクローンのような双子を見ては目を瞬いてる程度だが、教室の後ろからはあらやだ、そっくりねぇ、などという声がそこかしこから発せられた。
あらやだってなんだよ。俺たちが双子でなにか文句あるのかよ。…ノボリのすでにささくれた心がオートで反応する。それを顔に出すことはなく、意識の上では【初めての学校に少し緊張している】風を装ってはいる。思うほど表情動いてはいなかったが。今更だが、ノボリの顔の表情筋は生まれたころから常にストライキ気味なのである。
「ちなみに、どちらがお兄ちゃん?」
「わたくしが兄です」
「やっぱり。そんな気がしていたのよね」
どうでもいいから早く次の子を呼んでやってほしい、とノボリは思った。後ろの席に座る女の子が、緊張のあまり全身が真っ赤になっていることに、この教師は気付いていないのだろうか。すでに顔の横にまで手を伸ばして構えている少女の必死さに、なんだかかわいそうな気にさえなってくる。「それじゃ。次、フウロさん」
「はいぃぃいいい!!!!」
あまりの大声に、今度は全員がぶっとんだ。
飛び跳ねた子どもたちの机の上に並んでいた傘やら帽子やらが、転がり落ちた。ノボリの机からも、机の裏に膝をぶつけた反動で笛が落ち、それを咄嗟に掴もうとしたら今後は帽子が落ちた。ストラップを付けてないカメラが手から滑り落ち、どこぞのお母様が顔面蒼白になっている。
少女が立ち上がった一瞬の間に、驚くほどに教室はドリフなワールドに支配された。金タライが落ちてこないのがおかしいくらいだ。
ちなみに教科書が雪崩れたクダリは涙目になっていた。
「げ、元気な返事ね。すてきよ」
「ありがとうございます!!」
ふいに脳裏を駆け巡った望郷の念を飲み込んで、ノボリは床に落ちた笛と帽子を拾いつつ、後ろの席に座る少女に目をやった。
少女は果たして教師に褒められて喜んでいた。後ろで頭を抱えているのがこの子の母親だろう。緊張で真っ赤になっているのかと思ったが、母親を見る限りもともと褐色肌らしい。しかし、なかなかぶっとんだ…活発な子である。
「?なあに?」
「いえ…」
きょとんと首を傾げる少女に、ノボリは、さっきの子とは系統が異なるけどもこっちもかなりの美ょぅι゛ょだなと内心で呟いた。
あと数年もする頃には、この学校は波乱を迎えるだろう。金髪クール美少女派と赤髪活発美少女派と三次元は守備範囲外派の三つ巴激戦である。ちなみにノボリは年下に興味ない派だ。陰ながら保健室の先生に憧れを抱く第四勢力である。
「さ、さぁ、これから楽しいスクール生活を過ごしましょうね」
こうして、ノボリの羞恥プレイはセカンドステージを迎えたのであった。