ヤマブキに一泊した後、は再びセキチクシティに飛び、先に19番水道を南下することにした。目的は、水中に生息するポケモンの調査と『なみのり』の練習である。

セキチクのポケモンセンターで水着と日焼け防止のラッシュガードをレンタルし、着替えたは、まずはレンに乗って19番水道を俯瞰することにした。
レンに跨り空を飛べば、渡りをする飛行ポケモンの群れ、見下ろせば魚影ならぬ水中ポケモンの影、遠くには珍しいラプラスの姿を見ることができた。


レンが飛べるようになって図鑑収集はずいぶんと楽になった。
けれど、『そらをとぶ』では、海底や深さのある水道に生息するポケモンのデータは取れない。今までは釣り人の協力によってデータを収集してきたが、が『なみのり』するポケモンを乗りこなせるようになり、自分自身で収集できるようになれば、効率も正確さも高まるし、図鑑の完成自体が早まる。何としても今日1日で『なみのり』をマスターしたいところである。


のパーティで『なみのり』を覚えるのは、ハクとカイである。
わざマシンと違って何度使ってもなくならないひでんマシンだし、効果も威力も優秀な技なので、ふたりともに覚えさせた。といっても、技としてはさておき、もとより泳げるふたりであるので、覚えるのはただ一人である。

さて、ふたりに技を覚えさせたところで、は次の行動を考えた。
の知る『なみのり』とは、サーフボードの上に立ったり、腹ばいになったりして、波の斜面を滑るスポーツである。ではポケモンのフィールド技『なみのり』とは、どんなものだろうか。カイやハクの上に立ったり、腹ばいになったりするのだろうか。それで海を渡るなんて、大変なんてもんじゃないだろう。

こういったものは先達に学ぶのが一番手っ取り早いと思うけれども、カイを出したあたりで付近から人影が無くなってしまい、気付いた頃にはプライベートビーチ状態であった。慌ててカイをボールに戻したものの、人気が戻ってくる様子はない。

今更後悔したところでしかたがないので、割り切って『なみのり』の練習を始める。

まずは自転車に乗る要領でまたがってみることにした。レンの『そらをとぶ』に乗るのと同じ方法である。


「間違ってたらごめん、ね?」


砂浜の上に浮かぶハクをそう言って窺うだが、ハクも『なみのり』で人を乗せた経験などなく、背中に乗せるのだろうな、くらいにしか分からない。
互いに顔を見合わせて首をかしげた後、ハクは海辺に進み入り、が乗りやすいようにと海面に尾を沈めてみた。

そして後ろ目でを見やると、はぽかんとした後、わっ、と声を上げて慌てたように海に分け入る。

そうして、ハクの背に手を掛けて乗り上げたが「ごめん、海に浮かんだハクがあんまりきれいだったからちょっと見とれてた」と苦笑ったものだから、の言葉に気をよくしたハクは、を乗せても身を沈ませることなく、それどころか波飛沫の掛からない高さまで宙に浮いてみせた。


……これって、『なみのり』なの。むしろ『そらをとぶ』じゃない?


濡れずに済むのは有難いが、これでは『なみのり』にならない。ありがとね、と撫でてから、またがった尾を半分ほど水に沈めてもらい、出発の合図を送る。


「ってうぇっ! っぷ、」


合図を出し動き始めた途端に、波が襲いかかってきた。びっくりして開いてしまった目と口に、容赦無く潮水が集中した。


「〜〜!!」


しょっぱい。あと磯くさい。目も痛く、咄嗟に瞼を閉じると更に沁みた。


大惨事である。


しかし止まってと言おうと口を開けばその瞬間にも入ってきて、そうなれば口内の海水を吐き出すことも出来ず、に出来ることといえば眉を寄せて尾を叩く、それだけであった。

合図に気付いて進みを止めたハクが振り返ると、そこには年代物の梅干しを食べたような顔をしていたがいて、彼も思わず笑ってしまうほどであった。しかし目を開けられないはそれに気付かなかった。かといって、もし目が開けられたとしても、笑われて憤る気の余裕は無かったが。


「うぇ…、あ゙りがど」
「リュ」


海水を吐き出してから、ハクに礼を言うが、いがいがとした口内と咽喉から出た声は濁っていて、うがいでもしないと、どうにもならなそうだ。


「み゙ず…」


意図を理解して発射された弱めの『みずでっぽう』が顔が掛かり、目を瞬かせて洗うと、はやっと目が開くことができた。それから水へ腕を伸ばして手と顔を洗い、口内を濯ぐ。


口も頭もすっきりしたところで、ハクの首周りに手を掛け、ハクの背に立った。




周りを見渡す。


あっという間だったというのに、自分たちがいた海岸線から、200メートルは離れている。さすがポケモンというか、なんというか。

海水は澄んでいる。が、海底は見えない。湾岸都市として有名なクチバの湾は深いところでも20メートルくらいだが、セキチクからマサラにかけての湾の海底は急激に深くなっており、500メートル以上に達するところもあるそうだ。このあたりだと海底50メートルくらいだろうか。

釣り人たちから聞いたことには、水上では100パーセントの確率でメノクラゲとエンカウントをするが、この水道は、つりざおをつかうと、他にもコイキングやトサキント、ニョロモ、ヒトデマン、タッツー、シェルダー、ドククラゲが釣れるそうだ。


「……海の中、どんな感じか気になるなぁ」


大きく早い深呼吸を数度繰り返すと、はハクの体を軽く蹴り、海面へ頭から跳び降りて潜った。

後を追って潜り、追いついたハクに、海底を指差してから抱き着くと、は耳抜きを繰り返しながらハクの力を借りて深く潜っていった。

やはり海水は目に沁み、また泡の大群に揉まれて咄嗟に目を瞑ることもあったが、半ば意地になって海底を目指した。






ハクに導かれ、気付いた時には桃色、碧色、藍色、その他カラフルな色彩がの視界に溢れていた。飴色のイシツブテのような岩。ナッシーのような海藻や、海上から差し込む虹色の光の中を列を成して泳ぐポケモン達の群れ。赤く鮮やかなトサキントの大群が、の目の前を横切る。絵画のような、絵本のような世界が、そこには広がっていた。


幻想的だけれども、はこの光景に似た何かをどこかで見た、と確信の念を覚えた。

けれど、どこで。

しかし考え込む前に、口から泡が溢れ出た。咄嗟に両手で口を押え、飲み込もうとするが、一度溢れてしまうともうだめだった。今なら思い出せそうな気がするのに、思い出したいのに、悔しいことに苦しくて苦しくてたまらない。


血相を変えたハクの尾に巻かれて無理矢理浮上し、海を割って顔を出した時には、果たしてその情は霧散してしまっていた。
空はカランと晴れ渡っていた。










 

2014.4.13. up.

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