新たな仲間が入った、その日の夕方のことである。


「5時に予約された、さんですね」
「はい」
「どうぞ。そちらのワープパネルにお乗りください」


ヤマブキジム。
自分がどこにいるのかを全くもって把握できないワープパネルと意味深な言葉を呟くサイケディックなジムトレーナーの数々に、の精神力は着実に削がれていった。
それでもジムリーダーの元に辿り着けたのは、ひとえにのポケモン達の力である。

そうして、十何度目かのテレポートの後、ワープパネル上に現れたに、椅子から立ち上がって叫んだのが、ジムリーダーのナツメであった。
真っ赤なタイトワンピースと、同じ色の瞳が照明に照らされてぎらぎらと輝いている。


「…やっぱり来たわ!予感がしたのよ!」


他の部屋と同じく、そこには、ナツメだけがいた。他には誰もいない。

このジムには審判がいない。それは、ナツメや他のジムトレーナーがバトルに興奮することで無意識に起こるサイコパワーに、審判が巻き込まれてしまうから、らしい。特にナツメの空間は、科学で立証できない不可思議な現象が起きるとか。
俄かには信じがたいが、最後の最後まで本当に審判がいない。


「そう、何気にスプーンを投げたら曲がって以来…私エスパー少女なの。戦うのは好きじゃないけど、貴方が望むなら私の力見せてあげる。出番よ、フーディン!」
「そのわりには随分と好戦的な目ですけど――行け、リク!」


ボールから飛び出したリクは、その勢いのまま弾丸のように突進し、フーディンに迫る。
素早さで負けているため、奇襲作戦だ。素早さで競える相手でないが、その素早さを封じれればこちらのもの。一気に有利に傾く。


「あなたが命じるのは、ずばり『でんじは』ね! 見えてるわ!!」
「リク、『でん…!?」


とっさにリクが身を引くが、それより早くフーディンが近づいた。
両手に持つスプーンが光る。

途端、リクの動きが止まった。一瞬だが、凍った花のように微動だにしない。


「リク、下がって!」


が叫ぶと、リクは『こうそくいどう』で距離を取った。十分離れるとすぐに頬に電気を溜め出す。

……実際は、エスパータイプのフーディン相手に、距離はあまり関係がない。
けれども、フーディンに動く様子はない。ナツメの指示を待っている、のだろうか。自信が持てない。


素早さで対抗できる『でんこうせっか』でフーディンを翻弄させつつ、考える。先ほどの光は、『かなしばり』だろう。通常の『かなしばり』は技を一つ封じるものだが、あまりに強力だと一瞬でも動き自体を止めてしまえるのかもしれない。あの一瞬を突かれてたらリクは戦闘不能になっていただろうから、運が良かったのだと思っておく。

しかしどうして『でんじは』が読まれたのか…?


「どうして、って顔をしているわね! わたしはエスパー少女、あなたの心なんてお見通しよ! そして、わたしたちエスパーの間に言葉なんていらないわ」
「……ッ、戻ってリク! 行け、レン!!」


物理技も電気技も通用しない以上、これ以上リクを場に出すのは得策じゃない。レンを出す。
相性は五分五分で、窮地に頼れる、それだけで起用した苦策だ。

リクに代わり現れたレンを、またもやフーディンはじ、と見つめて立っている。ナツメは弓を張ったような口をして、を見るのみで、攻めてくる様子はない。

落ち着けない。落ち着いて考えないと、勝てるバトルも勝てないというのに、まったく考えが浮かばない。これじゃあ何のためのトレーナーだ。


「〜〜〜もう!!」


自分に苛立ち、床を蹴る。


「『かえんほうしゃ』!」
「フフ……、『サイコキネシス』」


今度は心を読まれなかった。いや、読む必要が無かったのかもしれない。分からない。ただ『サイコキネシス』も『かえんほうしゃ』も命中して、両者とも立っている。

とはいっても見たところレンのダメージの方が大きい。レベルも特殊攻撃力もフーディンが高いのだから、当然といえば当然である。ただこれで、お互いのレベルや力の差が大体分かった。となれば、攻撃し合っていれば、先に戦闘不能になるのはレンの方だから、次は、……いや、今、わたし何にも考えてなかった……? そうだ、苛立って、ろくに考えずに、レンなら、リザードンなら『かえんほうしゃ』だと、それだけで指示を出した。

ひやりとした。

それはおかしい。フーディン相手に特殊攻撃で挑むなんて無謀もいいところだ。フーディンはHPと防御力が低いのだから、そこを攻めないと。――あぁもう、何考えてんだわたし!


「レン、『きりさく』!!」
「…フフ。あなたいいわ、それが正解よ! でも残念、『リフレクター』!!」


『リフレクター』に阻まれ、『きりさく』のダメージが半減する。ヒビが入るが、割れるには程遠い。


「だったら、『ほのおのうず』だ!!」


フーディンに対して速さで劣るリザードンでは、こちらが技を指示してからでも、後出しされてしまう。けれど一定時間しめつけ状態にするこの技なら、その間、フーディンは技を出せなくできる。それに威力が低い『ほのおのうず』だが、いくら早いフーディンといえども、炎の中心に閉じ込められている間は身動きが取れない。抜け出す頃には『リフレクター』も切れている。これなら、どうだ!!


「いいわね、すてきよ。よく考えているわ! あなたはわたしを楽しませてくれる!!」


釣り気味の瞳をギラギラと輝かせて、ナツメが大きく叫ぶ。
ナツメの高ぶりを表すように、風など吹いていないのに髪が波打つように広がった。


「でも、最後まで立っていられるかしら。――フーディン、『じこさいせい』よ!!」













考えれば考えるだけ挑戦者が不利になる、そんなジムがあるだろうか。

ありえない。
では、どうして、ナツメは読んだのか。読めたのか。そこにはタネがある。


例えば、初手『でんじは』を読むとする。

ポケモンバトルにおいて、一匹目は状態異常を引き起こさせるポケモンが多い。と考えれば、ピカチュウが出てくれば初手『でんじは』は割合予想できる。もし実際には違ったとしても、技の指示の前に宣言してしまえば技構成に『でんじは』があることを読まれたと思わせることができる。そうなれば、精神的にも有利だ。現に、は動揺した。


――そうか。ナツメのこれは、挑戦者を揺さぶって自滅に追い込むものだ。 派手な振る舞いも、フーディンが指示無しで技を出したのも、彼女をバトルを支配する域の超能力者に錯覚させるためのものだった。


しかし、タネを暴いたところで、ナツメは、強かった。

フーディン一体を倒すことなく、レンとカイ、そしてリクが戦闘不能になった。残りはすでに満身創痍のハク、ユエ。ノグ…ユキから譲り受けたばかりのカラカラは、ジムバトルには到底出せない。


対するフーディンには、火傷状態である他は、少しのダメージも見えない。

特殊技はそもそもの能力の高さによって効果が薄く、物理技は『リフレクター』で半減される。『サイコキネシス』を受けつつやっとの思いで削ったところで、『じこさいせい』で回復される。その繰り返しで三体が倒された。

PP切れを狙おうにも、『じこさいせい』のPPが多く、それだけフーディンの特殊技を受けきるのは到底無理である。せめて麻痺状態にできれば優位に戦えたのだが、素早さがフーディンの生命線なだけあって、特にリクのバトルは『かなしばり』の連続であった。その隙をついて『やけど』状態に持ち込み、固定ダメージを与えられるようになったのは、まだよかったのかもしれない。

ただ、『やけど』は、『まひ』状態に持ち込むのが不可能になった、つまりリクが倒れ、ハクの『たたきつける』の成功が見込めなくなってはじめて取った苦肉の策であった。

倒れていったポケモンの尽力あって、フーディンの『サイコキネシス』のPPはあと2発で尽きる。ただ、その2発を耐えられるポケモンがいない絶対不利な状況に追い込まれているのは、の力不足であった。


「さぁ、早く次を出しなさい。たとえエスパーが弱点だろうが、場が悪かろうが、ポケモンを出さなければバトルにならないわ。それとも、降参する?」


戦闘不能になったカイをモンスターボールに戻し、は考える。
ハクは五分五分で物理技もよく覚えているが、場には『リフレクター』がまだ残っている。ここで出すのは、戦闘不能になりにいかせるようなものである。
そして、ユエは、確かに毒タイプを併せ持ち、エスパータイプに対して相性が悪いポケモンであるが…。


「…はっ、相性が悪かろうが、場が悪かろうが、自分から負けを認めるなんてお断りだね!」


5つ目のボールを開放する。
ガスが溢れ、そこから浮かび上がったユエを見て、ナツメは露骨に眉を顰めた。


「……舐められたものね。それとも最後の足掻きかしら」
「いいや。わたしにはとびきりもったいない子だよ。ユエはね。一瞬で終わらせてしまうから」


最後は、独り言だった。
ふ、と、ガスが広がり、ユエの姿が消えていく。ややすれば、文字通り、影も形もなくなった。


「エスパーのスペシャリスト相手に姿を隠そうなんて、生意気な! フーディン、『サイコウェーブ』!!」


フーディンが四方八方に『サイコウェーブ』を発射する。
ここにきてサイコキネシスを無駄撃ちしない冷静さ。恐れ入る。正真正銘、今までで一番強いトレーナーだ。


「でも、そんな命中率の低い技、ユエには当たらない。――さぁ、見せてあげて!」


の言葉に応えるように、何もない空間に、ぽ、ぽ、ぽぽぽ、と紫色の炎が灯った。まるで鬼火のようであった。


「これは…『あやしいひかり』かしらね?なかなか趣味がいいわ」


鬼火はナツメとフーディンに寄ると、周囲を輪になって回り始めた。ナツメは指で目を覆い、炎を直接視ないようにしながら、その隙間から鋭く周囲を窺った。その間フーディンが『サイコウェーブ』を連射し、炎を一つ一つ消していくが、消されるたびに炎は増殖する。実体に当たっていない証だ。


「――ちがう、この空間全てがゴーストの『さいみんじゅつ』!!フーディン、真上だ、『サイコキネシス』!!」
「遅い!! ユエ、『ナイトヘッド』だ!」










 

2014.01.05. up.

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