軒先で話をするのもなんですから、と見かねて顔を出したユキの母親に招かれ、たち三人は、ユキの部屋に移動した。
顔なじみのフジが会釈する横でが礼を述べつつ挨拶すると、母親は「あぁ、カラカラちゃんの、」と訳知り顔で微笑み、「ごゆっくりどうぞ。ユキ、お母さんは台所にいるから」と背を向けた。
膝を悪くしているフジはユキの子ども用椅子に座し、二人はフローリングの床に座った。
一見すると、女の子の部屋らしいパステルカラーで統一された可愛い部屋だが、ユキごしに見たインテリアの中には、ポケモン育成の本や、ポケモン用のおもちゃがたくさん収納されている。
元気だった、などという辺りさわりのない会話はすぐに終わり、は本題を切り出す。
「お母さんを殺した人間とわたしに強い因縁がある…って、どういうこと?」
「分からない…。だって、わたしがたのまれたのは、おねえちゃんにカラカラを連れていってもらって、それから、カラカラといっしょに戦ってくれるように、って、おねがいすることだけだから。こう言えば、おねえちゃんも納得してくれるだろう、って、……だから、それは、よく分からない」
ローテーブルを挟んで座るユキは、はやくも縁に涙を溜めた目でを見上げている。
ユキに抱かれたカラカラは、ユキを見上げて時折鳴いていた。
「そっか……。お母さんの言いたいことはなんとなく分かった。けど、ユキはそれでいいの?」
「わたしのことはいいの。カラカラのお母さんが、そう言ってるんだもん」
ユキは、納得しているらしかった。しかし、にはどうにも納得がいかなかった。
いくらユキがまだトレーナーになれない幼い女の子だといっても、今カラカラを育てているのはユキだ。実の母親が、亡くなった後にも伝えてくる言葉は、確かに重いだろう。それでも、今のカラカラにとっては、他の誰でもなくユキが親だ。ふたりが強い絆で結ばれているのは、垣間見るだけでもよく伝わってくるというのに。
「でも、カラカラの『おや』はユキだよ。わたしも『おや』だから、連れていって、なんて言うユキの気持ちが分からないよ。こんなに、――」
は、両手をカラカラへと伸ばした。代わりに抱き上げてあげようとばかりに。しかしユキは、の手から身を捩ると、強く首を振る。
これだ。いくら平均より小さいといっても、5キロはあるカラカラを抱き、これまで一度もはなさないようなユキが、カラカラの母親の意に唯々諾々とするのが納得いかなかった。
「こんなに、大切に思ってるのに」
「〜〜そんなのッ…はなれたくないっ、に、決まってるよ!! おねえちゃんのいじわる!!」
カラカラを抱きしめ、蹲ったユキの口から、閃光でもほとばしったかのように、もしくは咽喉に詰まっていたものを吐き出すかのように言葉が飛び出した。
「わたしだって、この子とずっとずっといっしょにいたい! この子はこんなちっちゃくて…、わたしが、守って、育ててあげたいよ。でも、こんなちいさくても、この子はポケモンだもの! 守るだけじゃだめなの!! トレーナーと、いっしょにたたかいたいって思うのが、ポケモンなんだって、大切に思うだけじゃだめなんだって、でもわたし、守ってあげたいけど、いっしょに強くなりたいとは思えないもん……」
胸中をぶちまけるように、ユキは間断なく口を動かす。は相づちも打たず、静かに耳を傾けた。文になっていないけれど、それは、の問いに対して幼いなりにも一生懸命に考えたユキの答えだった。
「この子が大切だから、おねえちゃんが来たら、その時にはちゃんとさよならするって、決めてたの!」
そう言い切ると、ユキは、ぐしゃぐしゃになった顔でを見上げた。
息が荒く、また頬は真っ赤に染まっている。決壊直前のダムのように潤んだ目には、を映している。
その姿があまりに眩しく、また軽率な言葉を発した自分に決まりが悪くなったは、頬を掻いた。
それから目を背けると、深く、息を吐き出した。びくりと、ユキが震える。
けれどこの溜め息は、ユキに対する呆れの表出ではなく、意を決するためのものであった。
「ごめん、いじわる言って。――うん、連れていくよ」
「!! ママーー!!」
途端、ユキは躍り出しそうなほどの喜色を全身から浮かばせて、立ち上がった。
急に揺らされたはずみで、カラカラの手からおなじみの骨棍棒が宙に舞い、カラカラが非難するように鳴く。
ユキはそれを無視したのか、それとも気付かないほど気が高ぶっているのか、カラカラをの胸元に押し付けると、ドアをぶち破らんばかりの勢いで部屋から飛び出していった。
「……あの時、これ以上この子を危険なところに連れて行きたくないって、言ったと思います」
「そうじゃったな」
骨棍棒を取り戻し、機嫌を直した腕の中のカラカラを見下ろしながら呟くに、今まで静かに見守っていたフジが頷いた。
はフジに向き直ると、実に吹っ切れた、すがすがしい笑みを浮かべた。
「その気持ちは今だって同じです。そんな気無いし、こっちだって願い下げですけど、巻き込まれる運命らしいので。わたしといっしょにいくなら、危ない目に必ず遭わせちゃいますよ。でも、ユキにあそこまで言わせて、お母さんにも頼まれて、なによりこの子が戦いたいってなら、連れていくしかないじゃないですか」
「ホッホッ……」
とんとんと踊るような軽い足音が近づく。ユキだ。
とフジは互いを見て微笑むと、口を閉じた。
ややあって、半開きだったドアが開き、ユキが首を出した。の腕中におさまったカラカラを見て取り、目を細める。
「おねえちゃん、フジのおじいちゃん、おまたせ。これ、カラカラのモンスターボール」
そう言いながら、ユキがポケットから、見慣れた赤と白のボールを取り出し、へと差し出した。
が腕を伸ばし、手のひらを広げる。しかしユキはそれを見ると、ひょい、と手を引き、それを避けた。そしていたずらっ子のような目をしてを見上げた。
「厳しくしていいから、大事にしてあげてね」
「うん、約束するよ」
「ぜったいにだよ!!」
もう一度差し出されたモンスターボールを、今度はしっかりと掴む。
「ん。よろしくね、カラカラ」
腕の中で見上げるカラカラの頭を撫で、受け取ったモンスターボールをボールホルダーに着ける。6つ目のホルダーも埋まった。
「…うん、元気でね。――あ、でも、あのね、もう一つだけっ」
身を捩ったりなどしてボールがしっかり装着されたのを確認するのを止め、ユキを見ると、ユキは空になった両手を組み、もじもじと身を震わせてを見上げていた。
「あのね、わたしね、この子の名前、ずっと考えてたの。だけどつける前にこの子のお母さんにお願いされちゃったから…。……だから、あの、おねえちゃんが、よかったらなんだけど…」
――あんまりもじもじしてるから、何を言われるかと思った。
こみ上げてくる笑いを抑えられず、笑み崩れたは胸中で呟いた。
がパーティのポケモンには名前を付けるのを知っている上でのお願いかは分からないが、ユキが考えたなら絶対にいい名前だろう。第一、カラカラが喜ぶ。
は、一層の笑みを浮かべて、問い返した。
「もちろんだよ。なんていうの?」
2014.01.04. up.