キョウの修行が終わった次の日。
7つ目のジムの街、ヤマブキシティへのゲートを抜けたは、目前に迫る光景に目を瞬かせた。


見上げに見上げ、頭に乗っていたリクがずり落ちるまで顎を上げても、空が半分しか見えないのが信じられなかった。残り半分は揃いも揃って似た作り似た色のビル群であって、その向こうにはまた似たような建造物が建ち並んでいるのが容易に想像できる。
空といっても、マサラのそれが根底にあるには淡い青の幕が張っているようにしか見えないので、ヤマブキの人は誰も違和感を覚えないのだろうかと思う。

地上へと視線を戻せば、今度は人口密度の高さが半端でない。その様子たるや、この通りの上にいる人だけでマサラの住人数を軽く超えているのではないか、と、思わせるほどだ。
建物の多さでいえばタマムシシティも大概であったが、あそこはジムリーダーが自然を愛するだけあって、緑が随所に見られた。しかしこの街のジムリーダーや住人はそうでないらしく、憩いの広場や緑地公園など、らしいものは見当たらない。殺伐、とまではいかないが、には好ましく映らなかった。肩に乗るリクも早々に興味を無くし、の髪を弄って遊んでいる。

ここからではポケモンセンターが見えないので、タウンマップを広げる。

ポケモンセンターは、街の南西部にあるらしい。
が今立っているゲート前からは大小さまざまな建造物が見えるが、マップによれば、その中でも一際目立つビルディング『シルフカンパニー』本社の方向に歩いていくとポケモンセンターの看板が見えるそうだ。
ヤマブキ中央という好位置に建つそれは十分高く、目印には最適だが、今は建設途中だそうで、ゆくゆくはヤマブキ一の高さになるという。

名前こそよく聞くけれど、何を作っている会社かはあまり知らない。オーキド博士に聞けば、快く教えてもらえるだろう。
なんにせよまずはポケモンセンターだと、タウンマップを畳んで仕舞い、視線を戻すと。


「…おー」


先ほどのと同じように空を見上げている青年の懐から、スリーパーがすれ違いざまに財布をくすねていくのを、ちょうど見てしまった。
思わず周りを窺うが、以外は誰も気づいていない様子で行き交っている。 スリーパーはそのまま歩きながら、通行人の内の一人であった、ビジネスマン風の男に青年の財布を渡した。男はスーツの懐に突っ込みながら、スリーパーを連れ立って人混みの中へ消えていった。――なおも空を見上げる青年に、気づく素振りはない。

は、リクと顔を見合わせた。

男はどこにでもいそうな風貌ではあったが、スリーパーを連れたビジネスマンとなれば今なら絞れる。
しかし下手に手を出して面倒ごとに巻き込まれる可能性を、考えないわけにもいかなかった。こうしたものが、組織的に行われるのか、それとも単独で行われているのか、は知らないが、好き好んで関わりに行くべきでないことは分かる。


「……でも、なぁ…」
「チャア!」


甘い自分を卑下しつつ、は呟いた。

リクはそこに含まれた意思を汲み、の肩から飛び降り、ぴくぴくと耳を動かすとすぐに人混みに消えた。
は見送る。それからシルフカンパニーを目指して、踵を返した。




――ややあって、ヤマブキシティに電撃が走った。













「ピカァ!」
「わっ!」


ポケモンセンターに着くくらいか、と予想していたより少し早く、リクは戻ってきた。
鳴き声に振り向いたが通りの向こうから四肢で走り寄ってくる彼に手を伸ばすと、2メートル程手前でジャンプして飛び込んできたので、慌てて両腕で抱き上げる。

リクを抱きつつ周囲に目を凝らすが、怒り狂った男たちを引き連れて…なんてこともなく、無事撒いてきたようだ。
まっすぐ目的地へ進んできたはずのが通った道とは違う方向から走ってきたところを見ると、ポケモンだけの近道があるのだろう。電気ネズミといえども、ニオイを確認する限り排水管を通ってきたのではなさそうだが…。


「おかえり。おつかれさまだったね。財布はどうしたの?」
「チャア」


そう聞くと、リクは片腕を額に上げる素振りを見せたので、ジュンサーに渡したのだろうと推測する。
はリクの頭をわしゃわしゃと撫でて褒めながら、内心で驚いていた。かしこい、なんてもんじゃない。はリクが銜えてもってくるだろう財布を、拾い物としてポケモンセンターに預けようとしていたのだ。それを、 が何一つ指示を出していないというのに、男から財布を奪い、撒きながらジュンサーに届ける、そこまでやってみせたのだ。

全世界に誇りたい気持ちになったが、場所が違うとはいえスリと派手にやりあったリク(ピカチュウ)といるところを見られるわけにもいかない、と我に返る。
ボールホルダーから彼のモンスターボールを取り外し、ボタンに手を掛ける。


「ありがと、リ」
「ちょい待ち!」


しかし、突然現れた腕に掴まれ、それは叶わなかった。鼓膜に響いたのは男のそれとはまるで違う、訛りの強い甲高い声だったが――は咄嗟に掴まれてない方の手でレンのボールに指を掛け、リクは胸から飛び出しつつ蓄電を始めた。は腕を引き飛び退る。間髪入れず、リクが声の主へと肉薄する。


「ストップ、リク!」
「ちょ…あかんっ、ピッピ『ものまね』や!」


隙間を縫うようにして現れたピッピに、リクの『でんじは』が当たる。当たりつつピッピは『ものまね』をして『でんじは』を繰り出すが、降下に移ったリクには当たらなかった。の声を聞かず、リクの頬袋が再び蓄電を始める、が、


「ひぃうちあやしいもんやないて!」
「リク、戻れ!!」


の投げたモンスターボールに当たり、リクは強制的に戻らされた。
放電されなかったためモンスターボールからスパークが漏れるが、火花は宙に散り、の手に跳ね返ってきたときには収まっていた。


「こら」


指先でボールを弾く。咄嗟にしても素晴らしい動きだったが、おや()がピンチになったからといって、まるで冷静さを見失ってしまうのは、いただけない。今回のはさすがにやりすぎだ。咄嗟に相手がポケモンを出していなければ、今頃電気ショックでどうなっていたやら。

腕の主を見やる。歳は同じくらいだろうか、ピンク色の髪が正直目に痛いが、アイドルカラーでも違和感を覚えさせないくらいに可愛らしい少女だった。――どうやら、先のアレとは無関係らしい。つまり正当防衛にもなりやしない。むしろ加害者になるところだった。


「……ふぅ、めっちゃびびったわ」


そう言って、少女は頬を流れる汗を拭い、ピッピをモンスターボールに戻す。


「…あの、ごめんなさい」
「いや、うちこそいきなり掴んで悪かったわ。可愛いポケモン連れとるなぁって思てな。堪忍してや。ま、謝るくらいなら、それよりもう一度見せてほしーなぁ。な?」
「…… ……」


お願いというには押しの強いそれに、はボタンを押し、モンスターボールを開いた。
過たず現れたリクは一度ボールに戻ったために興奮状態が無くなっており、いつも通りの体をのぼり、頭上で落ち着く。

それを見て、「おおきに」と言いながら、少女はリクに手を伸ばす。先ほど牙を剥かれたのはすでに忘れたらしい。

しかし、先ほど過剰防衛一歩手前の攻撃をしてしまったからといってリクが愛想を振りまくはずもなく、むしろこの手のお誘いは一貫して威嚇するタチなので、はやんわりとその手を避けた。――「この子、触られるの好きじゃないんで」「そうなん?」――それに見せることは了承したけれど、触らせることには頷いていない。少女は特に気にした素振りもなく手を降ろし、今度は顔を覗き込んだ。


「うっわ、近くで見てもめっちゃ可愛いなぁ。でも見たこと電気タイプやんな?うちノーマルポケモンがいっちゃん好きやねん。ノーマルポケモンって弱点少ないし、いろんなタイプの技覚えるし、なにより可愛いやん?そんであんた、ノーマルタイプでかつ!超可愛い子知らん?って、立ち話もなんやし、ちょっと座ろか。時間あるやろ?」


一人早口で話を進め、少女はベンチに座った。話の半分も聞き取れなかったがつっ立っていると、ノリ悪いなぁあんたと言いながらの手を引いて座らせた。可愛い顔をしてかなり強引な性格らしく、座らせられながらも身を引いたに、更にその分を詰めて迫った。


「今更やけど、うち、アカネ。ジョウトのコガネっちゅーとこから、家族で遊びに来たんやけどな?せっかくやでカントーのプリティポケモンを捕まえたろ思てん。このピッピはこっち来た記念にパパにもらったんやけど、もううちに懐いとってな、めっちゃ可愛いねん」
「可愛いって…」
「見ただけであかん!キュン死にしてまう!!って感じのや。分かるやろ?」


分からないよ。と咽喉元まで出掛かった言葉を押し込めて、は、彼女とよく似たテンションをしているギャルトレーナーがよく持っているポケモンを思い出してみた。とはいえ、にゃーにゃーにゃー^^とかふざけたことを言っているギャルと先日バトルしたばかりだ。ギャルの持っているポケモンといえば…、


「プリン、とか、ニャースとか?」
「ニャースは知っとる。プリンってどんなん?」
「えっと…こういう、」


ベンチから降りて、適当な小枝を拾う。そして、地面にプリンを描いた。…うん、我ながら、なかなか上手く描けたんじゃないか。
そう思いながらアカネを見ると、案の定、アカネは目を輝かせていた。こんなところでキュン死にするのは勘弁してほしい。


「うっわ、うわうわ、風船みたいでめっちゃ可愛いやん!どこにおるん!?」
「オツキミ山の西、3番道路かな」
「3番道路な。今すぐ行くわ。待っててなプリンちゃん!」
「……」


決して近くはないけれど、この少女なら今日のうちに捕まえていそうな気がする。
アカネは勢いをつけて立ち上がると、振り向いての両手を握り、上下に振った。


「おおきになー!あ、あんた、名前なんやった?」
「、だけど。こっちはピカチュウで、名前はリク」
「…チャア」


紹介のために腕に抱き、リクの手を振ってやれば、アカネは「むっちゃかわええー」と頬を緩めた。
ちなみにリクは心底嫌そうな顔でアカネを見やっている。贔屓目で見ても可愛くないのだが、ジョウト人ってのは許容範囲が広いらしい。いや 、彼女だけか?


「にリクな。なぁリクちゃん、ほっぺた触ってえぇ?」
「「………」」


リクの視線がいよいよ絶対零度に近づいた。
歪みないね、ふたりとも。






 

2013.02.25. up.

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