「ひとえに変化といえども、その実は、いくつかの分類に分けられよう。例えば――…」
無言で視線を送るキョウに、由希は少し考えてから返す。
「例えば、自分を変化させるか、相手を変化させるか。です」
「そうだ。そしてどちらがより有効であるか、それは状況によって違う。このポケモンでは倒せない、だから次のポケモンで確実に倒したい。そんな時は?」
「『いやなおと』や『しっぽをふる』、『なきごえ』等で相手の能力を下げます。後続によっては『やどりぎのたね』で相手のHPを削りつつこちらは回復したり、『えんまく』で命中率を下げることも有効です」
「では、自分は最後の一匹、しかし相手は複数もしくは無傷の一匹だと仮定すれば」
「『かげぶんしん』や『ちいさくなる』による回避率上昇に賭けながら、『みがわり』を使ったり、『まるくなる』等の耐久を上げる状態変化を積んで瀕死にならないようにするか、『つるぎのまい』等で攻撃力を上げて一撃で倒します」
「ほう…」
よどみなく答えた由希に、キョウは顎に手を当て、関心したとばかりに息を吐いた。
しかし実際には、答えられたのは頭の片隅に偶然まとまった答えがあったからである。そうでなければどこかで噛んでいる。
というのも、そっくり同じ問題が、ポケモン協会による特別許可証発行試験の際に出されたからだ。由希の脳内には今、「あ!これあの時やった問題だ!」という言葉が、たくさんの感嘆符と一緒に浮かんでいる。
「では、次の分類に移ろう。ポケモンの交代の有無によって分類される状態変化は?」
「『こんらん』は、モンスターボールに戻せば治ります。けれど『まひ』や『やけど』、『ねむり』、それに『どく』は戻しても治りません」
「効果の継続する技と、そうでない技」
「『リフレクター』や『ひかりのかべ』、『かなしばり』等は効果が一定時間継続しますが、例えば『くろいきり』はその場限りです」
「では…――」
面接のような、講義のような時間は続く。
脳が若いためか押し込んだ知識をあっちこっちと引っ張り出すのは苦ではないが、実践の方が好きだ。
「このように、ひとえに状態変化といってもその奥は深い。改めて教えることもないようだから、実際に使ってみようか。キミの手持ちで特に素質が見られたのはハクリューとゴースト、まずはこの二匹に絞って教えよう」
「はい!」
由希はベルトホルダーからハクとユエのボールを選び、開閉ボタンを押す。
一方でキョウはゴルバットを出した。昨日も登場したポケモンだが、改めてみるとかなり鍛えられているのが分かる。
「これから、ゴーストには『くろいきり』、ハクリューには『くろいきり』と『しろいきり』を教える。これらの技は本来、レベルアップで自然に覚えるポケモン以外は、特別なポケモンの中でも極少数のポケモンが未進化時に覚えるとされる技ではあるが、変化のスペシャリストたるオレには不可能でない」
「はい。頑張ろうね、ふたりとも」
「まずは実際に見てもらおうか。ゴルバット、『くろいきり』」
「ゴルバッ!」
過たずゴルバットの口から黒色の霧が流れ出した。
しかし部屋全体に広がる頃には消えてしまう。1ターン分の時間が経過したのだ。
「『くろいきり』は能力変化を打ち消す技だ。効果の範囲は場に存在する全てのポケモンに及ぶ。一方でプラスに働く能力変化も打ち消すため、タイミングに注意したい」
「はい。――ハク、ユエ、真似できそう?」
見様見真似で口から靄らしい灰色の何かを出すハクの一方で、ユエは早々に周囲のどくガスを変化させて『くろいきり』を作ると、次いでゴルバットに向けて『かげぶんしん』『みがわり』『あやしいひかり』『どくどく』、『さいみんじゅつ』を繰り出して、終いにはボールに引っ込んでしまった。
「………」
「………」
あまりの傍若無人っぷりに、由希とキョウは思わず瞠目してしまう。
うわぁ…うちのユエちゃんまじチート。そんなに嫌だったのか、人に教えられるの。でもこんなにレパートリーがあるなんて、教えてくれなかったよね。私てっきり『サイコキネシス』と『さいみんじゅつ』に『ゆめくい』、それから『あやしいひかり』だと思ってたよ。この調子だと『ねむる』も覚えてそうだね。……あれ、なんでだろう泣きたい。
「さすがに驚いたな…。まぁいいゴルバット、もう一度『くろ……ゴルバット?」
「あ、『さいみんじゅつ』が効いてますね。私の『ねむけざまし』、使ってください」
「ありがとう、しかしオレも持っているのでな。気持ちだけいただこう。――ゴルバット、起きんか」
習性か、天井から吊り下がった電灯にぶら下がって目を閉じていたゴルバットを、キョウがジャンプして掴み取った。
そして懐から『なんでもなおし』を取り出し、寝ているゴルバットの口に突っ込んだ。しばらくして、ゴルバットの目が開く。
「いかなる時でも集中を切らさぬよう、教えたではないか。先程の『さいみんじゅつ』も、避けようと思えば避けられたもの。『あやしいひかり』で混乱になっていたなどという言い訳は聞かんぞ。現に『どくどく』は避けていたではないか」
「ゴルゥ…」
「ハク、もう一回頑張ろ?ゴルバットをじっと見て“ものまね”するの。ハクは『ひかりのかべ』が得意だから、他の変化技だって一度コツを掴めばすぐ出来るよ」
「……リュ!」
ユエの振舞いに軽く自信を失っていたハクだが、由希の言葉を聞いて力強く頷き返す。
「キョウさん、ゴルバット、もう一度お願いします」
「うむ。ゴルバット、『くろいきり』!」
「ゴルバッ!」
ゴルバットが口を縦に大きく開け、『くろいきり』を放つ。
ハクはそれをじっと見て、同じように口を開く。もともとの骨の作りが違うためゴルバットほど開くことはないが、ハクはまず見た目から真似することにしたようだ。
「…キョウさん、」
そんな彼の姿に、由希はそそっとキョウの横に歩み寄り、ハクを見ながら小声で問いかけた。
キョウもまたハクを見ながら、小さな声で答える。
「正直なところそれほど口を開く必要は無いが、何がきっかけで覚えるかは分からぬからな。今は見守っていよう」
「…ですね」
しかし、顎が外れないかが心配である。
「…話は変わるが、あのゴースト」
「はい?…あ、ユエのことですか?」
「出会ってどれ程になる?随分多様な技を覚えていたようだが、誰かから譲り受けたのか。それとも捕まえたのか」
「捕まえました。シオンのポケモンタワーで。だから長い付き合いではないですね。あの子がそれ以前どのようだったかは知りません」
嘘だ。ユエがこの身を乗っ取ろうとした時、断片的だが知った。けれど人に話せるような内容ではないし、率先して共有するものでもない。
彼(キョウ)がユエを利用したがるような人間であると思ってはいないが、どこから漏れるかは分からないのだ。
「いや、他意は無い。あれほどの変化技を覚え込ませたトレーナーがいるなら、是非とも会ってみたかっただけのことよ」
「お役に立てなくてすみません。でも、これまで数多くのトレーナーとバトルしましたが、キョウさんほど変化技を使いこなしていたトレーナーはいなかったように思いますが…」
((…そうだユエ、後で覚えてる技を一つ残らず確認するから))
あの調子だと、攻撃技も『サイコキネシス』と『ゆめくい』以外にありそうな気がする。
そう思って意識して問いかけると、しばらく経って了承の意が返ってきた。……今のタメはなんだろう。考えちゃいけないのかな。
「そうだろうか、そうだろうな。ファファファ!しかしキミほど才能と向上心に溢れる挑戦者も本当に久しぶりよ」
「え、あ、ありがとうございます…」
終いには口を開く練習をし始めたハクに、見かねたゴルバットが話し掛けた。
何を言っているかまでは正確には分からないが、おそらくコツや技を出すイメージを伝えているのだろう。ゴルバットが同じ挙動を繰り返して示し、それをハクが真似している。
始めは灰色だった“きり”も、段々色濃くなってきている。習得は近い。
「あの時の挑戦者は確か…、そう、キミと同じマサラタウン出身のトレーナーだった。そしてポケモンリーグで優勝した。といっても、これまでの歴代優勝者はすべてマサラ出身だが」
「あ、そうですね。オーキド博士が第1回の優勝者で、それからも毎回マサラの人が優勝してるんですよね。博士以外にはお会いしてませんが」
「優勝経験者が次世代のトレーナーを鍛えているわけではないと。では、マサラタウンには他の街には無い何かがあるのか」
マサラ出身と偽ってはいるが、由希にとってマサラは始まりの地、オーキド博士のいる町であって、それ以上の深い思い入れは無い。
そして色々な街を転々としてきた自分が、今改めてマサラに思うこと、それは。
「いいえ。特別なものどころか、マサラには何にもありません。ただ何も無い分、ポケモンと人とが助け合って生きているだけですよ」
「……そうか」
「はい。でもこれはあくまで私の所感です。違う人に聞けば、違う言葉が返ってくると思います。あ、でも、何もないのは本当ですよ?ポケモンセンターも、ショップもないんです。同じ町でもシオンにはあるのに」
そういえば、今更だけどどうしてマサラには出店していないのだろう。マサラの人もポケモンは持っているのに。というかポケモンがいなければトキワにも行けないから、みんな持っているのに。
もしかしたら誰かがどこかで個人商店を開いていたのだろうか。
旅に出る時にリュックに積めたアイテムは全部オーキド博士とナナミさんにいただいたものだったから、あの時は考えもしなかった。今更だけど気になる。
「もうそろそろだな」
由希はハッと我に返り、ハクを見る。
キョウの言う通り、ハクの出す“きり”はもうほとんど黒色で、ゴルバットの出す『くろいきり』と比べても遜色はない。擦り寄ってきたハクを撫でながら、由希は「打ち消しの効果は出てますか?」とキョウに尋ねる。
「不足無い。あとは実戦の中で完成させるだけだ。――そうだな、まずゴルバットが『いやなおと』をする」
「そしてハクが『くろいきり』をして打ち消し、というわけですね。タイミングはキョウさんにお任せします。よろしくお願いします」
簡単に打ち合わせると、部屋の両側へと分かれる。由希はハクを連れ、キョウはゴルバットを連れて壁に向かって歩いた。
そして、壁の数歩手前で振り返り、向かい合う。距離にして15メートル、実際のバトルフィールドに比べると狭いが感覚は近い。
「いつでも、」
「では、こちらから。――ゴルバット、『つばさでうつ』!」
「ハク、交わして『りゅうのいかり』!!」
肉薄したゴルバットに、過たず『りゅうのいかり』が命中する。
しかし固定ダメージの『りゅうのいかり』は、ゴルバットの致命傷にはならない。確実性なら当然『れいとうビーム』だが、今は倒すことが目的でないから選ばない。
ゴルバットは一度沈んだが、しかしすぐに持ち直して始めの高さで羽ばたいている。ゴルバットの翼はハクにも当たったが、しかし掠った程度だ。続行。
「ハク、『みずでっぽう』!」
「ゴルバット、『かみつく』!」
指示のタイミングは同じだったが、素早さの勝るゴルバットが『みずでっぽう』の軌跡から反れ、上空からハクに迫った。
鋭い牙がハクの尾に突き刺さる。ハクは短く悲鳴を上げ、尾を地面に叩きつける。しかしぶつかる寸前でゴルバットは牙を抜き、空中に逃れた。そして再びハクに迫る。
「『いやなおと』!!」
「っ、『くろいきり』!!!」
ゴルバットが怪音波を発する。しかし過たず、ハクの『くろいきり』が全て飲み込んだ。
「……出来た」
「リュ!」
「出来た!!ハクすごい!頑張ったねぇ!!」
鼻先まで降りてきたハクを、もみくちゃに撫で回す。
理解不十分の技であったためにトレーナーとして出来ることがなく申し訳なく思っていたが、こうして立派に完成させている。しかも通常覚えることは不可能とされる技を。
「ゴルバットもありがとねぇ!キョウさん、ありがとうございました!」
「うむ。だが『しろいきり』が残っている。『しろいきり』は、素質のあるポケモンであれば『くろいきり』よりずっと簡単に覚えられるが。しかしその前に一度回復しておこう」
「……あ!――ハク、傷見せて!」
そう言うとハクはくるりと尾を丸め、傷の部分を由希の前に示した。
小さなキバ跡が二つ、並んでいる。手加減してくれたのか傷は深くもなく、『いいきずぐすり』が一つあれば治りそうだ。入り口近くに置いておいたリュックに走り寄って、『いいきずぐすり』を取り出す。
「なかなかの働きであった。今後はいかなる時も油断をしないように」
「ゴルバッ」
「ゴルバット、今日は本当にありがとう」
スプレーをハクの傷に吹きかけながら、由希はゴルバットに向かってもう一度感謝の意を表した。
ゴルバットは由希とハクに向けて翼を振ると、キョウのボールに戻った。
「『しろいきり』は、『くろいきり』よりも更に素質を選ぶのでな。いくら努力しようとも、こいつでは覚えられん」
「じゃあ…」
「なに、心配はいらぬ。ちゃんと手配済みだとも」
キョウの投げたボールから、水色のポケモンが飛び出した。
それを見て、由希は目を見開く。こうして実物を見るのは初めてだ。ある意味ハクリュー以上に珍しいだろうポケモン、
「ラ…ラプラス!?あの、乱獲されて絶滅の危機に晒され、人の言葉を理解して優しい心を持つとされる、ラプラス!?」
「無論、オレのポケモンではない。シルフカンパニーに勤める知人のツテで、とある人物から今朝借り受けた。キミのことを話したら快く貸してくれたよ」
「今朝って…」
ジムを訪ねたのが午前6時。この修行部屋に入ったのは、その10分後だ。キョウはそれからずっとここにいる。
であるから、今朝とはそれ以前のことになる。
…その人、徹夜で頭がちょっとおかしくなったんじゃないだろうか。
私だったらこんなに珍しくて常に狙われているようなポケモン、絶対に手放さない。……でも正直、データは欲しい。この先確実に会えるともいえないのだ、ラプラスは。
「そうだ。キミが昨日オレのポケモンに使った『ポケモン図鑑』とやらにも、ぜひ協力させてほしいと言っていたな」
「その人は神か仏ですか!?」
「い、いや、どこにでもいそうな少し気弱な青年だったが」
それはきっと仮の姿に違いない。
翼が生えた姿を見られると天界に帰らないといけないんだきっと。いやそれは天使か。
「では、その天使さん(仮)にはお会いできますか?直接お礼したいです」
「格が下がっているのが気になるが…、それはどうだろうか。シルフ本社勤務は兎に角忙しいと聞く。えらく喜んでいたと伝えるだけで十分だろう」
「うっ…。でも、それでは私の気がおさまりません…。ラプラスに手紙を持たせるくらいなら」
「暇な時にでも読めるものなら、先方も喜ぶだろう。しかし肝心の『しろいきり』が覚えられなかったら元も子もないぞ」
「ハク、もう少しだけ、頑張ろう」
「リュ!」
ちなみにこの間、ラプラスはずっと穏やかな目で待っていてくれた。
ハクが好奇心で近づけば美しい声で何かを歌ってくれたり、逆にハクに興味を持って首を伸ばしたり手を動かしたりしている。初対面ではあるが、お互いに穏やかなだけあって二人の仲はなかなかのようだ。
「待たせたな。ではラプラス、『しろいきり』を頼む」
ラプラスが頷くと、ラプラスの周囲に白い霧が立ち込んでいった。
よくよく観察すれば極細かな氷の粒と水蒸気がラプラスの体を覆い、バリアーのようになっているのが分かる。
「…あぁ。だからゴルバットには『しろいきり』が覚えられないのか。さすが、タイプ:こおり技なだけある。やっぱり実物を見るのと資料じゃ全然違うな。でもコダック族やヤドン族のように『れいとうビーム』が使えるのに『しろいきり』が使えないポケモンがいるのはなんでだろう…」
「由希。大きな独り言は今は止めて、ハクリューに覚えさせないか」
「はっ!…あ、ごめんなさい!ハク、どう、イメージできた?」
「リュ、」
大きく頷くと、ハクは身をよじりつつ、宙に舞った。
そして口を開く。
「――あたっ!」
痛みの原因は氷の塊だった。突然降り出したそれが、由希の頭に当たったのだ。
転がった内の一つを足元から取って、キョウが分析する。
「ううむ…これでは、霧(きり)というより霰(あられ)だな。――しかし初めてにしては中々良い線だ。ラプラス、協力してやってくれ」
「ハク、もう一度集中しよう。水の粒を作るのには成功してるんだから、あとは小さくするだけだよ」
ふたりから元気な返事が返ってくる。
「これは、早く完成しそうですね」
「『くろいきり』と違って原理がはっきりとしているからな。しかし想定よりもずっと早く終わりそうだし、後はラプラスに任せておけば良い。こちらはこちらで、他のポケモンに変化技を覚えさせようか」
「良いんですか!?」
「といっても、これまでの技は素質が必要だったが、これから教える技はもっと一般的で、ありふれた技でもある。しかし一度覚えれば今後必要になった時に簡単に思い出せる、覚えておいて損はないだろう」
「損得だなんてはじめから考えてません。よろしくお願いします!」
2012.03.18. up.