相手は耐久型のバトルスタイルだ。攻撃技や特殊攻撃技のみで構成するトレーナーも多い中、珍しくもある。も、このレベルの対戦相手との耐久バトルはこれが初めてである。 この勝負、ひたすら弱点を突くか、それとも毒を撒かれる前に決めるか……、

ボールが落ちる直前に口を開く。

「リク、『でんこうせっか』!」
「『ちいさくなる』!」

先手必勝の電光石火。
だがそれは読まれていたのか、電光石火は体を縮めて小さくなったベトベターの頭上を掠めただけだった。

「『ヘドロこうげき』だ!」
「『こうそくいどう』で交わせ!」

リクの背後から、ヘドロが幾筋も投げつけられる。
小さくなりながら移動するベトベターの居場所は、高速で移動するリクの視界をちらちらと掠めるだけだ。しかし罠の効果もあり3倍速となったリクは『ヘドロこうげき』を全て交わし、そのまま攻撃範囲から外れた。

こちらのポケモンはバトル前の経過で命中率が一段階上がっている状態だが、しかし100パーセントではない。
またリクは『スピードスター』を覚えていないから、ベトベターに対する抜群の有効打は無い。だったら…、

「リク、『こうそくいどう』で追って!」

キョウのベトベターは、小さくなったままフィールドを動き回る。
対してリクは二度目の『こうそくいどう』で追うが、あまりの小ささに捉えきれない。放電もあと一歩のところで交わされる。

「『かたくなる』」
「うわぁ…いやらしい」

思わず漏れた言葉は、幸いにして誰にも届かなかった。
これがセキチクジムリーダー・キョウのバトルスタイルか。これ以上状態変化技が積まれるのを許したら、ベトベター一匹を倒すことさえ困難になる。だったら動きそのものを止めてしまおう。いくら小さくなろうとベトベターはフィールドの上にいる。ここのフィールドの表層は『木』だ、やったことは無いが、フィールド下からベトベターに『でんじは』を撒いてみる。

「リク、フィールドに向かって『でんじは』!」

バチンッ!一瞬、フィールドから火花が散る。アンズが小さく悲鳴を上げた。
の目論見は成功したようで、丸く焦げたフィールドの中には小さくなったベトベターがいた。その動きは目にみえて鈍っている。――捉えた、

「『10まんボルト』!!」
「『でんじは』を『かなしばり』だ!」

どちらが早かったか。帯電のタイムラグがあった分、ベトベターの『かなしばり』がほんのわずかに早かった。
しかし縛ったのは『でんじは』。すでに麻痺していたベトベターに、リクの『10まんボルト』が直撃する。

「耐えて『かたくなる』だ。――キミは、ポケモンをどれだけ知っている?」
「?キョウさん?」

連続して電撃を浴びるベトベターに指示を出しながら、キョウはそう言った。
あまりにも場に相応しくない問いに、は訝しげに彼の名を呼ぶ。

「『でんこうせっか』を指示しながら、瞬間キミはこう思っただろう。ベトベター、ヘドロポケモン。……しかしそれは誤りだ。第一ベトベターの素早さで、ピカチュウの攻撃に合わせることなどできるはずがない」
「!?」

突然ベトベターは『ちいさくなる』のを止めた。30センチ、40センチ、…まだまだ大きくなる。そして60、80センチ、いや、まだ大きく!?

「こいつの名はベトベトン!この程度の放電、いくら食らおうとこいつにとっては蚊に刺された程度に過ぎん!!」
「ッ、リク、戻れ!!」
「『のしかかり』だ!!」
「ピ!……」

指示もむなしく、何十倍にも広がったヘドロがリクの体に覆いかぶさる。
――やがて、ベトベトンがずるりと動いた。

旗が挙がる。

「ピカチュウ、戦闘不能!」

リクをモンスターボールに戻しながら、は呆然として呟く。

「……ベトベ…トン?そんな、まさか」

あれは、どう見たってベトベターだった。しかし今目の前にいるポケモンは、確かにベトベトンだ。
いつの間にか入れ替わっていたとしか思えない。ベトベターとベトベトンは進化前後だが、どんなトレーナーだって見間違えはしない。その違いは大きさだけでなく…、いや、それだけか?目つきなんて、育てるトレーナーによって変わる。

「ポケモンは、ピンチの際に小さくなる。技として『ちいさくなる』を覚えるポケモンは多くないが、小さくなるのはポケモンの本能だ。モンスターボールの構造はそうしたポケモンの本能を利用したもの」

キョウの言葉の傍からベトベトンは『ちいさくな』り、そして再び戻る。どうやら大きさの調節は自由自在らしい。

「そして、モンスターボールが開かれると、自ら元の大きさに戻る。――『ちいさくなる』を覚えたポケモンが戻る大きさを調節することなど……不可能ではない」
「……そうしてベトベトンを変化(へんげ)させて、ベトベターのように見せかけたんですか」

まんまと引っ掛かった。
いかにも忍らしいといえばらしいが、そんなことをやろうと思うトレーナーがいるなんて。思いもしなかった。しかしこんな奇術、二度は通用しない。

次は。次は――…。

「これでピカチュウは戦闘不能になった。が、他に『でんじは』を覚えたポケモンはいるのかな?」

読まれていた。

が採った戦法は、『まひ』で相手の素早さと行動できる確率を下げ、こちらの手数を増やすというもの。
仮に『かなしばり』で縛られれば、早々にボールに戻して金縛りを解き、次の機会を待つ。いつ解けるか分からない以上、特殊攻撃力の高くないリクで攻め続けても状態変化技を積む起点にされるだけである。

しかしそれも、初めからベトベトンと分かっていたらの話だ。
麻痺状態のベトベターならあるいは突破できるかもしれない。そう思う心が、リクを引かせずにいた。その結果がこれだ。

「ありがとう、リク。――レン、お願い!」
「ほう…今度はリザードンか。ベトベトン、もう一度『のしかかり』だ!」
「レン、『きりさく』!!」

再び波のように広がり、レンを襲うベトベトン。しかしそれよりも早く、レンの爪が届いた。
『きりさく』は急所に当たり易い技。罠によって素早さと命中率が一段階上がったレンのそれは、ベトベトンの急所を切り裂いた。
どろ、とフィールドに広がるヘドロ。もともとの防御力を『かたくなる』によって更に高めたベトベトンといえど、あと一撃を当てさえすれば瀕死に追い込める。

「レン、飛んで『かえんほうしゃ』!!」
「逃がさぬ!ベトベトン、『だいばくはつ』!!」
「…ッ!?」

咄嗟に両腕で顔を庇い、目を細める。
腕の向こうから光、そして振動がを襲った。

そしてべちゃ、と粘着したような音が耳のすぐそばで聞こえた。そして気絶したくなるほどの腐った臭いが広がった。
は目を開き、嫌な予感がする場所に手を伸ばした。

「………うわぁ」

髪に紫色のナニカが、いやここで現実逃避をしたって意味がない、現実を見れば『ベトベトンの一部』だったものが、髪にべとりとついていた。
辛うじて衣服には損傷は無いが、この臭いは洗ったって簡単には取れないだろう。まだ、買って1ヶ月も経ってないのに。

「…爆ぜた。ベトベトンが木っ端微塵になった。星に…あぁ、なんて可哀想に」
、壊れないで!まだ試合中だよ!あと父上のベトベトンは死んでないから!!」
「…まだ生きて?ここに、一部が飛んできましたけど……かき集めれば復活、とか?」
「『だいばくはつ』する度に死んでしまっては、初めから技になどならないだろう。……あとで服とキミの体はどうにかする、今は試合を続けよう」
「グル…」

二人に諭され、そしてレンの声が聞こえて、はハッと正気に戻った。

フィールドに目をやれば、レンはかろうじてといった体で立っていた。
HPはあと一撃か二撃というところまで削られている。しかし尻尾の炎はいつも以上に燃え盛り、闘志の強さを窺わせている。――レンは諦めていない。

「ふむ…耐えたか。次のポケモンはこいつだ。行け、ゴルバット!」
「レン、『かえんほうしゃ』!!」

宙を飛ぶゴルバットに、火炎放射は過たず命中した。
その威力は、ポケモンタワーで見せたものに近い。しかし――、ゴルバットは瀕死に至らなかった。体は一部火傷を負っているが、宙に飛んでいる。

「火傷状態か…。これで終わりだな、『つばさでうつ』!!」

ゴルバットが翼を広げ、レンの腹に迫る。速い。そしてそのスピード、体ごと、レンに突っ込んだ。
レンは動けず、無防備な腹にゴルバットの攻撃を受けた。

ぐら、と揺れ、レンが倒れる。

「レン!!」
「リザードン、戦闘不能!」

そしてレンに重なるようにして、ゴルバットが落ちた。

「ゴルバット、戦闘不能!ジムリーダー、残り一体です!!」

先程のキョウの言葉、「これで終わりだな」は、レンでなくゴルバットに向けたものだった。

しかしこれでの手持ちは3、キョウは1。
数の上では圧倒的に有利だが、ジムリーダーの最後の一体は大抵切り札だ。粘りのベトベトン、速さのゴルバットとくれば、最後はおそらく“攻め”のアーボックだ。

「ありがとう、レン。行け、ハク!」
「まさかこんなに早く出番が来るとは思わなかったが…しかしお前は満足だろう。さあ行け、アーボック!!」

キョウの三匹目、アーボック。昨日見た彼の手持ちだ。
ここでアーボックが状態変化技を出すメリットは無い。最初の攻撃はおそらく『へびにらみ』。この手持ち数の差があれば、あとは麻痺と急所に賭けてくるだろう。

「ハク、『まきつく』!!」
「『へびにら…」

ハクに巻きつかれ、アーボックの『へびにらみ』は空振りに終わる。
腹の模様さえ無ければ『へびにらみ』は回避できる。しかし牙をどう攻略するか。この状態で『れいとうビーム』を撃てば密着するハクもダメージを食らう。

「ならば『かみつく』だ!」
「させない!ハク!!」

するりと身を緩め、今度は口から全身に巻きつく。

「アーボックは全長3.5メートル、ハクリューは4メートル。縛るだけならハクの方が得意ですよ!ハク、『まきつく』!!」
「フ…ファファファファ!!全く、面白い手を打ってくるものだ。しかし縛る力ならアーボックの方が強いぞ!!アーボック、真の『まきつく』を見せるのだ!!」

キョウが指示を出すやいなや突然アーボックは胸を広げ、ハクの拘束をいとも簡単に解いた。
そしてものの見事にアーボックがハクを締めつける。流れるような形勢逆転。ハクとアーボックには細紐と注連縄のような体格差があり、その拘束は簡単には抜けられない。

「アーボックの絞めつける力はドラム缶を潰す程なのだ、お綺麗なだけの竜には負けん!!」

デジャビュ。目の前に広がる光景はニビジムでの一戦を思い出させた。
あの時のように『だっぴ』で逃げるか?…いや、岩の塊であったイワークと違い、アーボックの体にそんな隙間は無い。逃げられない。

「ファファファ!!アーボック、巻きついたまま『どくどく』だ!!」
「ハク!!」
「リューッ!」

巻きつかれながらも抵抗するハクだが、しかし無慈悲にもその白銀の体に毒牙が突き立てられる。

「そうだ!そのまま離すなよ、アーボック!――さぁ、降参するか?」
「……ッ、しません!!」

毒を受け、もがき苦しむハク。
だけどこれまでに倒れたリクやレンを思えば、試合放棄は絶対に出来ない。――下唇を噛む。リクの負けも、ハクの負けも、全部私のミスがきっかけだった。

「ハクリュー、戦闘不能!」

旗が揚がる。
最後まで、脱皮は出来なかった。

「ごめん、ハク…。――カイ、お願い!」

続いて現れた大型のポケモンを前に、アーボックがとぐろを巻いて威嚇する。
しかしカイは果敢にも威嚇し返し、そして口をかっ開いた。

「『はかいこうせん』!!」

最大威力の破壊光線は過たずアーボックに直撃した。しかしレベル差の壁は大きく、アーボックのHPはまだ十分に残っている。
ジムリーダー相手に一ターンを無防備に晒せるほど、今のカイの耐久は高くない。ここは引こう。カイはよくやってくれた。

「カイ、ありがと!決めるよ、ユエ!!」

カイをボールに戻し、最後のポケモン、ユエを出す。
ユエはアーボックとの相性が抜群に良い、『かみつく』や『まきつく』は無効、毒技は半減以下だ。

出来れば彼女は出したくなかった。彼女のレベルは未だ段違いに高い。ユエが出れば大丈夫、そうやる気を失わせてしまうかもしれない。しかし、ここまで追い込まれたのは全部自分のせいだ。

「一撃食らわして逃げるか。素早さの罠を踏んでいなければ、ギャラドスとアーボックの素早さはほぼ同じだったのだがな」
「同じだったら、『へびにらみ』の方が早かったかもしれませんね。だけどユエはも一つ速いですよ!」

「『サイコキネシス』!!」






そうして、長かったキョウとのバトルが終わった。




 

2012.02.27. up.

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