猪突猛進に走って、急に何かにぶつかり跳ね返ったニドリーノ、を全力で避ける。勢い余ってニドリーノは反対側の壁にまでぶつかって、ごろんと転がった。
酷いって言わないでほしい。さすがに二ドリーノの角が刺さったら一発で死ぬ。
……あぁ、この道はどっちも行き止まりのようだ。引き返すしかない。
まったく、ただでさえ見えないってのに、T字路なんて作らないでほしいものだ。幼稚園児が描くようなシンプルな迷路でいいじゃないか。
腹を見せて手足をばたつかせる彼を宥めながら、状態を確認する。それから、少し落ち着いたところを見計らって、角に触れないようにしてひっくり返す。
…20キロ近い彼を気合一つでひっくり返せるようになれるなんて、旅は人を強くさせるもんだ。別にマッチョになったわけじゃないよね、うん。
いきなり走り出したあたり、混乱したのだろう。攻撃力を上げる床を踏んでいた分、反動も大きかった。ただ、突然走り出す前に壁に触れた様子は無かったから、術の掛かった床でも踏んだのだろうか。トレーナーが触ればそのポケモンたちに影響が、と言うが、自分では変化を欠片も感じられない。
知らずに踏んでいたなら他のポケモンたちも混乱してるかもしれない。
((ユエ、))
ボールから開放しなくても心を通わせられる彼女に問えば、過たずはっきりとした反応が返ってくる。
どうやら踏んだのはニドリーノだけらしい。……良かった。踏んでいたらあとで馬鹿にされるところだった。
今日のバトルで鍵となるのは、やはり彼女だろう。毒タイプはエスパー技に弱い。強力なサイコキネシスが使え、更にノーマル・格闘技を無効に、毒のダメージを四分の一にするユエを使わない手はない。
もしかしたら、実体を持たない彼女だったなら壁を壊さずキョウのところへたどり着けるかもしれない、とも思う。
しかし試そうにも、ボールを開放すれば存在が明らかになってしまう上、壁抜け時に悪い効果の術を受ける恐れもある。やはり直前まで出さないでいるべきだろうか。
もっとも、そんなこと、彼は想定済みだろう。
彼に対抗するのにゴース種が最も適したポケモンならば、彼に挑むトレーナーが繰り出すのも、やはりゴース種が一番多いだろうから。
「今のは『こんらん』の罠だな。残りは3。さて、厳しくなるのはこれからだぞ」
ご丁寧に残りの罠の数を知らしてくれる彼に、なんだか甘やかされている気がして、もぞもぞとする。
どう返せばいいのだろうか。「わざわざ、どうも」?「ありがとうございます」?そんな、とってつけたみたいに。
そういえば、娘がいると言っていたっけ。若干目線が暖かいのは、私にその娘さんを重ね合わせていたりするんだろうか。
ジムリーダーとしてちゃんと真剣勝負をしてくれさえすれば、仮に彼が娘バカだろうが構わないけれど、わざわざアドバイスしてくれる位ならいっそ罠を解除してくれればいいのに。なんて思うのは、わがままだろうか。
ポケモンバトルは超能力対決じゃあ無い。こうしてトレーナー自身の直感を鍛えるよりも、ジムトレーナーやジムリーダーに挑戦する方がよっぽど有意義だと思う。
…だけど彼が悪いわけじゃないから、これを彼に言うのは八つ当たりでしかない。だからクレームを送った人達、ちょっと来てください。いや来なさい。
そして言いたいことはもう一つある。
「……毒使いのジムリーダーって聞いたから買い足してきたのに、『どくけし』」
しかも定価で。定価で!!けれど今のところ一度も使っていない。
ここのショップはよく分かっている。買う人がいれば、定価だろうが希望小売価格だろうが売れる。セキチクに来て初めてジムリーダーの専門タイプを知ったクチなら、言わずもがなだ。
その点、タマムシデパートは良心的だった。
タマムシジムのトレーナーが扱うポケモンは毒タイプを併せ持つポケモンが多かったけれど、それでも定価の一割引きだったもの。
「状態異常でなく状態変化では治しようがない、と?『スピーダー』などの戦闘アイテムも、使い様によっては薬になるぞ」
「アイテムは使うタイミングが難しくて」
キョウの言うことはもっともだが、アイテムを使うときは、ポケモンをトレーナーの下に戻らせなければいけない。
バトル中はそれだけでターンを消費してしまうのがどうも勿体無くて、使えないでいる。――だったらいっそ、はじめから持たせておけばいいのか?もしかしたらポケモンが自分のタイミングで使えるアイテムもあるかもしれない。後で色々持たせてみるか。
今までに越えた罠は7つ…今、8つになった。
ニドリーノがぷるぷるしている。今度は麻痺か。『まひなおし』を与える。これはデパートにて売値200円の二割引、つまり160円の品。
キョウの言うことが正しいのなら、いま、のポケモンは、攻撃力・素早さが一段階高まり、防御力が二段階下がっている状態だ。
『サイコキネシス』も『ゆめくい』も特殊技だから、攻撃力が高まろうと意味はないが、素早さが高まっているのなら『さいみんじゅつ』を先制して打てる率は高くなっている。一撃目二撃目を確実に決められればこちらのもの。だが、持久戦に持ち込まれれば確実に負ける。彼のポケモンはとにかく硬いというから。
ニドリーノに限れば踏んだ術全ての能力変化を受けているが、見た目に疲れた様子はない。
むしろ自主的に『きあいだめ』をして張り切ってすらいる。
しかし、時間が経てば経つほど、状態異常は重く圧し掛かってくる。
もし途中で毒や火傷の罠を踏んでいたなら、キョウに挑む頃には、のポケモンの体力は半分もないだろう。
……駄目だ。これから先、タイプ相性だけじゃなくて、戦略をもっと考えないといけない。
5つ目、6つ目のバッチとなると、ジムリーダーもかなりの力量のポケモンを出してくる。
状態変化技をバトルで繰り出されたらどうするか。状態変化には、状態変化で対応するしかない。
今まではゴリ押し気味のバトル展開が多かったけれど、『くろいきり』のような変化技をいくつか覚えさせれば、戦略の幅が広がるだろうか。
思えばハクの『ひかりのかべ』だって滅多に使っていなかった。
…そうだ、稀に生まれた時から『くろいきり』を覚えているゴースやミニリュウがいると聞く。
ユエやハクは覚えていないが、今からでも間に合うだろうか。特にユエはそこらのポケモンと全く同じとはいえない、試してみる価値はある。
けれどがこれまでに『くろいきり』を見たのは、エリートトレーナーとのバトルの中で、一度きりだ。
彼らが自分で自然と覚えないような技を、原理が分からないまま教えるなんてはできない。
オーキド研究所に、氷タイプ−変化技に関する資料はあっただろうか。エリカに聞いた方が早いかも…、…いや、
行き止まりに当たって分岐点まで戻る。
さっき通った道をまた進もうとするニドリーノを呼び戻しながら、は随分と近づいた彼に問いかける。
「キョウさん、『くろいきり』って教えられます?」
ズバットやゴルバットを今までに育てたことがあるなら、教えた経験があるかもしれない。そう思って尋ねると、キョウは少し思案してから、頷いた。
「素質があるポケモンであれば、伝授できよう」
「素質、は微妙なとこですけど、ぜひ教えてほしい子がいるんです。わたしが勝ったらお願いしますね」
「ほう?どんなポケモンだ」
「バトルを始めたら、すぐに分かりますよ。だから今は内緒です」
この言葉で、彼が何を予測するか。
『くろいきり』を自然と覚えるポケモンは多くないが、教えられて覚えるポケモンは少なくない。
特殊技を好みそうな彼だから、私よりずっと知っていることも多いだろう。悩んで悩んでぐちゃぐちゃ考えて、技の一つも出し間違えればいい。私が今こうして頭を抱えているように、…あれこの道さっき通った気がする。
そうこうしている内に、とはとてもいえない時間の後、はようやくキョウの待つバトルフィールドにたどり着いた。
「とーちゃく、っと。お待たせしました?」
壁が無かったらもっと早かったでしょうけどなんて言わない。ジムトレーナーがいたら、この位は掛かっていただろうし。
最終結果。
攻撃力が一段階下がって±0、素早さ・命中率が+1、防御力が−2。その他状態異常は無し。まぁ、及第点じゃないか。
「クリアタイム、22分36秒。まぁ、平均的だな。君程の年少者は初めてだが」
ニドリーノをボールに戻す。
「じゃあキョウさん、始めましょうか」
「その前にこの壁をとっぱらおう。この狭さでは毒ガスでもろともだ」
…ドガースか、マタドガス?はたまたベトベターやベトベトンかもしれない。
「アンズ」
「はい、ここに」
キョウさんがそう声をかけると、どこからともなく忍者ルックの少女が現れた。壁に掛けてある掛け軸が小さく揺れる。
……あぁ!掛け軸の裏に隠し通路があるのか!
自分とさほど変わらない年頃の少女の所作に思わず胸を弾ませるには目もくれず、少女はキョウを一心に見つめ、キョウの言葉を待っている。
「壁を」
「はい、……!」
アンズと呼ばれた少女が初めてキョウから目を離し、そしてぱちりと目を瞬かせた。
それから、ばちっと火花が飛びそうな鋭い視線を送りつけてくる。…なんで?
「父上、その子が昨日言ってた…?」
「そうだ。、紹介しよう。我が娘、アンズだ。精進の足らぬ身ではあるが、仲良くしてやってほしい。年も近いことだしな」
「あたい、その子と仲良くしたいと思わない」
「アンズ」
窘めるようなキョウさんの声色に、ぷいと首をそむけて、アンズは「あたいは鍛えてくれないのに」と口を尖らせる。
……あぁ、なんだ。そういうことか。
「ええと、アンズ?いや、アンズさん?」
「なに」
「私はジムバッチをかけたチャレンジャーです。修行をお願いしたわけじゃない」
「あんたが特別な許可をもらったトレーナーだってのは聞いたよ。けど、こんなバトル、したって意味ない。あたいの父上は、無用心にサファリゾーンに入っていくようなあんぽんたんには絶対負けないんだから!」
「あ、あんぽんたん……」
アンズが指を鳴らすと、妙な圧迫感が消えた。彼女のそれを合図に壁が無くなったようだ。
「大体、どうしてジムリーダー達はこんなちびっ子の挑戦を受けて……、父上もです、」
「強さに年齢は関係ない。アンズ、お前には感じられぬか」
「感じられません!だったら父上、あたいに戦わせてください。父上に頂いたあたいのポケモンで。父上の手を煩わすまでじゃない。他のジムにはジムトレーナーがいるんだ、あたいがジムトレーナーの代わりをしたって、構わないでしょう」
「――と言っているが、」
全く引く気のないアンズにキョウが肩を竦め、今度はに視線を投げかけた。
彼女が何を言おうと、今のにはキョウに挑戦する資格がある。確かにこのジムにはジムトレーナーがいないが、その代わりとなる仕掛けがあった。それに今アンズと戦うことは、キョウとのバトルが今日の目的である以上……いくら彼女の実力がどれほどであっても……ポケモンへの疲労を考えれば、あまり得策だとはいえない。――そう、分かってはいるけれど。ここまで喧嘩売られて、買わないわけがない。
「…分かった。ただし一対一で。アンズさん、それでいい?」
「あんたがあたいに負けたら、トレーナー規則の通り、十になるまで父上に挑まない。それもいいね?」
ここで彼女に負けるようでは、キョウさんに勝てるわけがない。返事の代わりにボールを構える。
アンズもまた、手裏剣に細工をしたボールを握った。
「だからキョウさん、」
「父上、審判をお願いします」
二人分の視線を受けて、キョウはやれやれといった顔付きを浮かべると、それからアンズとをバトルフィールドの両側に立たせた。
「一対一、どちらかのポケモンが戦闘不能になったら終了、それでいいか」
向き合って火花を散らす二人が、無言で頷く。
「では、…勝負、始め!!」
ボールから地面にぶつかるのは同時だった。
しかし飛び出したポケモンが攻撃に移るのは素早さで勝るのニドリーノが先だった。
「ニドリーノ、『みだれづき』!」
「ズバット、『ちょうおんぱ』!」
二度は成功、しかし三度目は宙に浮いたズバットの下を突き空振りに終わる。その隙にズバットの『ちょうおんぱ』が命中する。
「命中率が上がってるのはこっちだってのに…、ニドリーノ、『がまん』!」
混乱しながらも、どうにか『がまん』の体勢を作ることには成功する。
体を小さく丸めて棘を突き出すニドリーノに、容赦なくズバットが『きゅうけつ』と『かみつく』を繰り返す。もともと防御が二段階下がっているニドリーノには、効果の薄い虫技でもダメージになる。それも積み重ねれば、いずれは…。
「ほぉ。昨日は覚えてなかったな。捕まえたばかりのポケモンに技マシンを?」
「使い惜しみしたって意味ないですから。ニドリーノ、もう一撃『がまん』して!」
リクもレンも覚えたがらなかったから使っていなかったんで、…って今そういうこと話掛けないでほしいなキョウさん!
その間にも容赦なく攻撃を加えるアンズとズバットから目を離さず、は再び指示を送る。今度はすぐに混乱が覚めたようで、ニドリーノはしっかりと頷いてみせた。
「あたいのズバットは体力満タン!あんたのニドリーノはあと一撃ってところだね!ズバット、『きゅうけつ』!!」
「…いや、」
「残念あと二撃ってところだ、よ、ニドリーノ『がまん』開放!!」
ズバットの『きゅうけつ』が決まったところで、ニドリーノが体を伸ばした。
『がまん』は必中技だ。瀕死ぎりぎりまで耐えたダメージを、倍にして返すその威力は、
「……たった、一撃で…?」
確実に、ズバットを瀕死へと追い込んだ。
ズバットが床に落ちるのを見て取ると、キョウがジャッジを下す。その間にもアンズはズバットへと駆け寄って膝をつき、そして抱きしめた。
は「ありがとう、ニドリーノ」とニドリーノに声を掛け、ボールに戻す。満身創痍といった体だが、すぐポケモンセンターに行かなければならないほどではない。
の他のポケモン達は目前で繰り広げられたバトルに感化されたようで、珍しくボールを揺らしてアピールをしている。しかしただ一つ、ユエのボールだけが無反応である。彼女はバトルを好まないわけではない、これは、自分が当然選ばれることを見越しての余裕だ。
音が鳴るほどに揺れるリクのボールを撫でて宥めすかしながら、はバトルフィールドの中央へと、アンズの側へと歩く。
一歩先にアンズの傍に立ったキョウが、膝をついたアンズの腕からズバットを取り上げた。
「あ……」
「反省は後だ」
そう言って、キョウは『げんきのかけら』をズバットに与えた。
すぐに元気を取り戻したズバットが、キョウの腕から飛び立ち、アンズの頭の上をくるくると回る。しばらくすると満足したのか、アンズの肩に降り立った。
「まずはレベル差だな。防御力が落ちているといえども、それ以外の能力は全てニドリーノが上回っていた。そしてトレーナーとしても軍配が上がるのはだ。しかしこうもダメージの蓄積を正しく見極めた慧眼は、天性の…いや失礼、努力の結果かな」
「そんな大層なもの、持ってないですよ。ただズバットを育てるトレーナーは少なくないですから。でも『かみつく』と相性の悪い『きゅうけつ』であと二撃まで持ち込んだのは、ズバットがよく育てられてるからです。レベルの差でごり押しできるようなら、混乱してても私は攻撃を指示してました」
「キミは本当に……、いや、トレーナーとしては実に優秀だ」
付け足したような後半のセリフに、苦笑いを浮かべる。
同じ位の娘がいるキョウさんには、この達観さは特に奇妙に映ることだろう。しかし勝ちに拘るようになれば、遅かれ早かれ考えるようになる。
アンズとズバットだってこれからもっと技を覚え、バトルの経験を積めば、戦略の幅を広げるだろう。キョウさんが教えるなら、きっと変則的な方向に。
「……あたいだって、最初から分かってたんだ。勝てないってことは」
「うん、」
「でも、それ以上に悔しかったんだ。父上はあんたをトレーナーとして認めてる。旅に出られる。子どもは入れないサファリのエリアに入ったのに、怪我一つしてない。あんたとあたいは同じ位で、それも同じ女なのに、どこが違うんだって」
「それは、キョウさんがいたから…」
「ただの子どもだったら!父上はすぐ出口に送り届けて、それで終わりにする。でもそうじゃない。だからあんたのこと、嫌いだった」
でも今は、あんたがただ運と才能だけで強くなったんじゃないのが分かったから、とアンズは言う。
「今でもあんたのことは羨ましい、けど、あんたみたいなトレーナーがいてもいいかなって思う。…一番は父上だけどさ」
「アンズ、お前はこの父を越えたいのか」
「いいえっ、あたいはただ、父上に認めてもらいたいだけで…」
…なんだろう、急に、ここにいちゃいけない気がした。もしくは完全に忘れられてる気がする。
それにしても、この親子、なんだかすごく…。いや、これが普通なのだろうか。私には『一般的な家族愛』が分からないが、とりあえず帰りたい。今すぐ帰りたい。帰る当てなんて無いけど帰りた…ってなんだかすっごく悲しくなってきた。
「父の言葉の意味が、今日は分かっただろう」
「はい。あたいに足りないものが、分かりました」
「だったら、これからはもっと考えるといい。そしていずれは父を越えてゆけ」
「父上っ…!」
帰っていいかな。
「――、どこへ行く」
「……、もう良いんですか?」
「あぁ。これからはアンズが見届け人となり、このピンクバッチをかけた戦いを行う。アンズ、ルール説明を」
「はい、父上」
「挑戦者には使用ポケモン数の制限はありません。ただしジムリーダー・キョウが使用するポケモンは3体。ジムリーダー、挑戦者共にポケモンの入れ替え、及びアイテムの使用を認めます」
了承の意を唱え、先ほど立ったバトルフィールドにもう一度向かう。
……ここまで自由が許されるのは初めてだ。しかし当然、『そういった』バトルを繰り広げるのだろう。
の手持ちの内、キョウに通用し得るレベルなのは、レン、ハク、リク、ユエ。だから3体4だ。数的には1体有利だが、ルール上最大で3体有利になることを認めているのだから、あまり期待できるものではない。
幸いニドリーノ以外はバレていないし、昨日キョウさんと一緒に捕まえたポケモンは他にいない。
主軸はユエ、これは揺らぎない。さあ、どうしようか。
顔を上げれば、キョウさんが不敵に笑っていた。
「両者構えて、……バトル、開始!!」
2012.02.09. up.