「…もうダウン?あと1分は持つだろって思ってたんだけどな。――ゲンガー、もういい」

少年の言葉に、の影からゲンガーが浮き出るように現れ、少年の前へと動いた。
何人もの生命力を奪ったために体がつやつやとしている。 ぺろりと舌を出して口の周りを舐め、を物欲しげに眺めるが、少年が何も言わないことに気付いて自らボールの中に帰っていった。

「そいつの『夢』も食わせてくれたっていいのに」

は床に転がったまま動かない。 咄嗟に頭を庇ったのか、頭を抱えるように丸まっていた。
辺りには椅子から滑り落ちたときに床にぶつかって取れたのか、モンスターボールが転がっている。 腰についたままのものと合わせても4つ。他に転がっているものはなかった。

「チビだからな。下手に食わせて使いモンにならなくなったらどうすんだ」
「オレのゲンガーがんなヘマするわけねぇじゃん。でも本気で連れてく気なんだ」
「まあな」

開閉ボタンをロックしてから、男は手で掴み上げた。
ギャラドス、ハクリュー、ピカチュウ、それから、リザードン。…あぁ、こいつはあの時はリザードか。あれから多少は強くなったのだろうか。
揃いも揃って珍しいポケモンだ。高く売れるだろう。最後の電気ねずみは戦闘用としては優れていないが、愛玩動物として一定の需要がある。

掴みあげる度にボールが激しく動いたが、ロックしてしまえばそれ以上の抵抗はできない。
あとは外部から手を加えれば、バッチの有無に関係なく従うようになる。男がいつもやっていることだ。
確実にロックしたのを確認して、テーブルの上に転がしておく。

「なー、ゴーストは?」
「炎・電気・竜・水。残念だったな」
「ちぇっ、どいつもこいつも分かってねぇなー。ゴーストこそ至上だって。形無いものはどうやったって斬れないんだよ」

呟きながら、少年は床に転がるを蹴る。硬いブーツの底で蹴られながらも身動き一つしないのは、深昏睡の域まで意識を落としている証拠。

ゴース族を専門に扱う少年のオリジナル技『シャドー』は、起きている者の影に入りじわじわと体力を奪い、最終的には抗えないほどの眠気によって対象を眠らせる。
その気になれば一瞬で意識を奪う技だが、強さの調節によっては不眠に陥らせ、幻覚を見せることもできる。
精神的疲労が溜まった状態では、人は正常に考えられなくなる。 そのため『シャドー』はもっぱら自白目的に使われていた。

「どうだかな。……お、」

蹴った拍子にどこからか落ちたのか、小さなプラスチックの板がの傍に落ちていた。
男が拾い上げると、そこにはの写真と『トレーナーカード』の印字がされている。

「……『 』、こいつの名前か」

少年はすっかり興味を失って二人から目を離し、再びパソコンに向き直った。
データはすべて吸い上げた。だが最後の仕上げが残っているのだ。組織以外がこの類の実験を行うことが出来ないように、全てのデータを破壊しなければならない。
エリカ嬢とそのお供は予想外だったが、このしち面倒な任務も後はパスを打ち込みさえすれば終わる…――

その時、腰につけたボールが震えた。少年は画面から目を離すことなく手を伸ばし、ボタンを押す。
過たずゲンガーが再び姿を現し、忙しなく周囲を見回した。 常と変わらず不敵な笑みを浮かべているが、何故か余裕がなく怯えているように見える。

「どうしたよ?」

顔を動かさず少年が問うが、ゲンガーはそれに答えず少年を背にして構えた。 威嚇するように歯をむき出しにして、周囲を窺っている。
男と少年が目配せする。ぴりりとした緊張が漂う中、…――

「警備員を倒せば、これ以上邪魔は入らない?」

高い、しかし年の割りにしっかりとした声が響いた。 目線を下げれば、少女が片膝を立てるようにして座り、二人をきつく見上げていた。
片手は腹を護るように回し、もう一方の手を床につき、立ち上がろうとしている。

「ごほっ…ここにはタマムシのお嬢様がいるってのに」
「ゲンガー!」

少年が指示を飛ばす。過たず動く、速い、しかしゲンガーは襲い掛かったのは無意味な方向だった。
混乱…いつの間に。 少年は舌打ちしながら立ち上がり、男がボールを開放し指示を出す。 そしてから見えない角度で少年が次のボールに手を伸ばす。
が、少年の指は、意に反し動かない。また男の命じた攻撃は壁にぶつかったように折れ曲がり、机上の資料を微塵にするに止まった。

再び攻撃を受けたのか、ゲンガーが自分から壁に突撃する。
そしてその後を追うように男の出したポケモンがぶつかっていく。そのまま二体は重なるように突っ伏し、動かなくなった。

「……おいおい、聞きたいことが一気に増えたな。今度は超能力かよ。おまえがヘタに術かけるから覚醒したんじゃね?」

エスパーか、ゴーストか。見えないが確かに攻撃を受けている。しかしどこにもそのポケモンの姿がない。

男はテーブルに視線を走らせる。 そこにはロックされたモンスターボールが4つ転がったままで、動いた形跡はない。
それから男は笑い、降参だとばかりに両腕を上げた。 それを呆れたように半眼で見てから、少年は胡乱下にを見た。

「んな馬鹿な。あんたさぁ、俺の『シャドー』食らってどうして起きてられるんだよ」
「………」

は無言で少年を見据える。が、

「オレは騙せねぇよ。“何入れてるんだ”って聞いてるんだけど」
「……真似たつもりだったのだけど、似てないかしら。それともさすがゴースト使いってところ?超常現象は見慣れてるみたいね。……ふふ、マスター、どうする?」

薄い笑みを浮かべた後、見えない誰かに問いかけるように、視線を空中に漂わせた。
姿形は変わらない。そしていくら聞いても全く同じ声であるのに、何故か別人としか思えない。

「それでいいのね?…分かったわ」

瞳を閉じる。
そして再び開いたとき、   そこに光はなかった。

「信じる信じないは自由だけど、――私は『ゴースト』よ」



















「あなたがばら撒いたゴーストとゴースは、全て私の支配下に置かせてもらったわ」

少年を見上げながら、少女は断言する。 実体化したまま気を失ったゲンガーを椅子代わりに座って。
司令官であったゲンガーが倒れても、常にコンタクトを取っているはずの彼らが戻ってこないということは、そういうことなのだろう。
しかしどうやって。いくら同族とはいえ、組織だったポケモン軍団を混乱もなしにそっくりそのまま受け継ぐことは、容易なことではない。

「化けモンかよ……」
「あら、『ポケット』に入る『モンスター』って、貴方たちニンゲンが名付けたのよ?」

不可視の力によって両腕を背中側に捻り上げられながら、少年が吐き捨てる。

加えて、この振る舞い。 ポケモンが自身の能力を使って人を操ることさえ異常であるのに、取り憑き人間のように振舞うとは。
たとえ実害が無くてもその知能だけで、専用に編成した部隊によって『保護』されるレベルである。

少女は二人に背を向け、倒れた研究員に近づいて膝をつき、手を伸ばした。
伸ばされた手から風が起こる。 いや、研究員から黒い何か…毒ガスを吸い上げているのだ。見る見るうちに少女の手の中に小さな台風のようなものが作られる。
ある程度の大きさになると、少女はそれを握り潰した。黒い渦は音もなく消える。

「……不味いわね」

わずかに眉を顰めるが、何かに励まされたように立ち上がる。
別に研究員の傍に膝をつき、同じように吸い上げていった。

「ポケモンが人間を操る、か。そこらのポケモンが次々そんな真似をしたら、人間とポケモンで戦争になるぜ。おまえ…『ファーム』育ちだろ?」
「失礼ね。操りじゃなくて、乗っ取り。記憶を読み取り、五感五体すべてを意のままにできるわ。まぁ、今は『共有』に止めているけれど」

同じように両腕を捻り上げられながらも余裕ぶる男の問いかけを少女は無視し、モンスターボールのロックを解除して装着し直す。
それを見ながら、耳慣れない単語に少年は眉を顰める。

「『ファーム』育ち?なんだよ、それ」
「簡単に言えば、改造ポケモンのことだ」

改造なんてどこの組織だってやってる、と呟く少年に、男は頷いた。

「まぁな。だが、とある研究所…通称『ファーム』で作られた改造ポケモンは、数が少ないが総じて高い知能と自我、そして禁忌レベルの能力を持っているとされるんだ」
「あぁ、だから『ファーム』育ち。……オレ、早速オチが見えたんだけど」
「ご想像のとおり、決して組織の人間には危害を加えないという洗脳は何を原因にか解け、組織は自分が作った化け物たちによって壊滅しましたとさ。その後『ファーム』育ちは自分の居場所を求め各地に消え…、オレも実物を見たのはこれが初めてだ」

そんな都市伝説レベルのポケモンが、今まさに目の前にいる。

見かけはただの子どもだ。しかしよくよく見れば、少女の体を霧のようなものが纏っている。
更に精度を高めれば、ポケモンとしての能力をそのままに人間に成り済ます、そして成り代わることもできるだろう。

「それだけの力を持っていながら、よくそんなガキに従っていられるな。人間が憎いんだろ?」
「そうね、ニンゲンに従うなんて真っ平御免だわ」

それでも、にはこうして従っている。

「そのガキの何がそこまでオマエを惹きつけるんだ?」
「さぁ。少なくとも、貴方が惹かれる理由とは違うわよ」

男の言葉に、少女は薄い笑みを浮かべて切り返す。
それから再び男から視線を外し、空中に漂わせる。

「…マスターが怒ってる。おしゃべりは終わりね」

少女の言葉をきっかけに、二人の腕の拘束が解かれる。
それから、少女は一段低いトーンで話した。

「私が自分のことを語ったのは、貴方たちに賢い選択をさせるためよ。データを持って、今すぐ消えなさい」
「データを持って?お優しいもんだな」
「そう思うなら素直に従うことね。それと今、研究室の扉を20人の警備員が取り囲んでいるわ。私の指示によっては、警備員を眠らせることも、逆に警備員を操って貴方たちを確実に捕まえることも出来る」

今すぐ選びなさい、と少女は言う。

「…だってよ。どうする?」
「従えばいいんじゃね?データを奪うっていう任務は達成されてるんだし。あ、でも」

少女が尻に引くゲンガーを、少年がちらと眺める。
その視線に気付いて少女は立ち上がり、壁に寄りかかった。

「勝手にすれば?今から10秒後、『ピカチュウ』が研究所全体のブレーカーが落とすわ。予備電源が作動するまでおおよそ5秒。…さぁ、カウントダウンよ」

宣言どおり、少女はカウントダウンを始める。


10、

9、

8、

7、

6、   が、モンスターボールを開放する。

5、

4、   ロックされた怒りからか

3、       開放するとピカチュウはすぐに帯電を始め、薄暗がりの中で強く輝きだした。

2、

1 

「命が惜しいなら、これ以上私たちに関わらないことね」





小さなスパーク音と共に、全ての光が消えた。

 

2010.11.07. up.
2012.02.23. 改

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