日中は暖かくても、日が陰るとやはり肌寒く感じる。
熱くなってベンチの上に畳んで置いていた上着に腕を通し、荷物を持ち直しただったが、帰路への第一歩を踏み出す傍から権兵衛に引き止められていた。
「どうせポケセンで飯食うんだろ?だったらオレん家で食ってけばいいじゃん。レンタル券家にあるし、鍛えてくれた礼もしたいし」
「えー…出世払いでいい。券は明日持ってきてよ」
「3人も4人も変わんねぇって、……あ、母さん!!」
権兵衛は良くも悪くも信じていい人間だ。それに一食分でも食費が浮くのは助かる。
けれどろくに知らない家庭にご厄介になることが私にとってどんなに勇気がいることか、ってええぇお母さん!?
丁重なお断りの文言を考えている間に、権兵衛は道の向こうにいた『おとなのおねえさん』×2にぶんぶんと手を振っていた。
母さんー、と手を振りながら呼びかけるとその内の一人が気づいて、もう一方の女性に会釈してからこちらに歩いてきた。わ、若い。
「トモミチ、街中で大声出さないで。まだ母さんだって“現役”で通用するんだから……あら、彼女ちゃん?」
「は!?そういうのじゃないから!あのさ、夕飯、一人増えていいよな?」
「……トモミチ?」
「俺の名前。さっき言ったじゃん」
聞いてない、いや言った、絶対聞いてないとこそこそと耳打ちしあっていると、トモミチ母が膝を折るようにして覗き込んできた。
思わず身を引こうとするが、がしっ、と両頬を掴まれて、身動きがとれない。
「やだ、見れば見るほど可愛い!ほっぺたぷにぷに!!若い!!!はじめましてよね、トモミチの母です。愚息がお世話になって」
「、ポケモントレーナーです。権…トモミチくんとは、……ええと、」
「分かってる分かってる、うちの子が一方的にお世話になってるんでしょ?旦那に似てお馬鹿だから。どこからいらっしゃったの?」
「マサラタウンです」
「「えっ」」
「えっ」
まさか知らないとか?
確かに人に紹介するときに何から教えれば良いか分からないくらい特徴のない町ですけれども…。
「ストライクも、生まれがマサラなんだ。初対面であんなに懐いたのは、おんなじ出身だったからかもな」
「…そうかもね」
実のところ、マサラにいたのは半年に満たない。
けれど説明するのも難しいので、曖昧に頷いておく。
「で、いいよな?母さん」
「勿論よ。トモミチ、あんたちゃん連れて先帰ってなさい。セールが母さんを待ってるの」
「あ、私も手伝います」
「いいのよ、ちゃんにはちょっと早いわ」
タマムシデパ地下のタイムセールは戦場だから…と夕日に向かう背中に、心の中でエールを送る。
トモミチ母の姿が小さくまでじいっと見送っていると、手を引かれて我に返る。見下ろせば、権兵衛が手を握っていた。趣旨が分からず、窺うように顔を上げる。
「都会なめんな。ぼーっとしてると迷子になるぞ」
「あ、うん…?」
「行くぞ」
見比べるように自分の腕と彼の腕とを眺めていると強めに引かれ、慌てて足を動かす。
痛い、と呟くと、少しだけ彼の力が弱くなった。相変わらず引っ張ってはくるけれど。
今、どんな顔しているのか。…頭しか見えない。
「……、だったよな。名前」
「うん」
「わるい。話を聞いてくれない大人の名前ばっかり覚えちまって、どうせ助けてくれないなら、名前聞かない方が良いって思ってた」
『オレは…別に誰だっていいだろ』、だれ、と尋ねる私に、彼はそう言った。偶然すれ違うだけの関係なら、確かに名前はいらない。
あの時は苛立たしく思ったけれど、いつの間にかそんな気持ちも忘れていた。
「まだ会って半日もしないのにねぇ、」
そんな気がしない。
兄というより、性格が正反対の友達。普通に出会ってても、案外うまくやっていけたかもしれないと笑うと、ふいに彼は立ち止まり、振り向いた。
「本当にありがとな、。オマエのこと、オレは絶対忘れないから」
「……」
「…オマエはどうなんだよ」
思いがけない言葉に押し黙ると、少しだけ頬を赤くして拗ねたように呟くから、思わず噴き出してしまう。
……どうなんだろう。第一印象は最悪だったし、それ以降も評価はだだっ下がりだった。
それなのに、いや、それだからこの世界に来て初めて、飾らない、構えない、ありのままの自分を曝け出せたような気がする。
「私も忘れないよ、……たぶん」
たぶん、ってなんだよ、と思い切り眉を潜めるトモミチに、トレーナーなら今度はバトルで印象残してよ、と返す。
これっきりじゃない。トレーナー同士、高みを目指していればいつかまた会える。
だからその時はストライクとレンとで戦おうと声を弾ませて見上げれば、相性最悪、とトモミチが呻く。
何を弱気な。タイプの相性なんて戦略うんぬんでどうにでもなるって教えたじゃない。口を尖らせれば、そっちじゃねぇよと手を引かれた。どっちだよ。
レンは特性:お父さんですから…。
2011.01.14. up.