かのストライクは、えらく人懐っこかった。出会い頭にぐわし!ぎゅー!である。隣にいるのが本来の『おや』なはずだが、一向に見向きもしなかった。さすがに同情した。
どうにか服を原型に留めたまま引き離すことに成功したところで、店員が現れた。博士用にと選んだいくつかのボールと、ストライクを出し、景品交換を申し出る。
外に出て店を回り、表の受付でモンスターボールと余剰分で交換した銀のペンを受け取り、引換所を出る。
銀のペンは換金用だという。引換所で換金するのは違反だから、質屋を経由して換金するのだそうだ。
アングラのニオイがぷんぷんするけれど、触れない方向でアイコンタクト。
おねえさんの素敵な笑顔に見送られ、質屋に寄って、最後には昼間のベンチに逆戻り。
公園内に点在する花壇には色鮮やかな花々が咲き、春めいた陽気が眠気を誘う。
だが二人の間に流れている空気はそんな優しいものではなかった。
一人分の隙間を空けて座る二人に道行く人々が勘違いして暖かい視線を送ってくることに気づいていても、二人は距離を縮めることなくぼそぼそと会話を続けていた。
「――だから、後は権兵衛の気持ちだけだって言ってるの」
約束した通り、レンタサイクル券と引き換えにあのストライクは権兵衛の下に帰るはずだった。
けれどそれはストライクが以前のままであったならだ。
再会したストライクの目には、『闘志』が宿っていた。
そもそもストライクは本来バトルを好む性質。ペットには不向きである。
生まれて間もない頃からペットとして世話されてきたために今まで問題なく生活できたのだろうが、一度そんな生活から離れては、本能を取り戻すのに時間はいらなかっただろう。
けれどストライクはおやを捨てられるほど知能の高い種族でないし、それどころか忠誠心が高いポケモンだ。権兵衛がこれからもペットとして飼っていくつもりなら、あのストライクは欲が満たされないストレスをこれからずっと抱えることだろう。
ほんの短い間とはいえ関わりを持ったポケモンが気を病ませるかもしれないのを、一トレーナーとしては見過ごすわけにはいけない。
だから『権兵衛がトレーナーになるなら、手ほどきする。もしその気になれないのなら、約束は無かったことにして私が育てる』とは言う。
ストライクは強くなりたいと願っている。
それを伝えても、しかし権兵衛はトレーナー経験が無いことを理由に戸惑い、結論を出せないでいた。
「……分かんねぇ。どれが一番あいつにとっていいんだろ」
思わずまじまじと権兵衛の顔を見つめ、それから視線を外して溜め息をつき、は吐き捨てる。
「他人が決めて納得するんだ」
旅を始めて何十、何百のトレーナーを見てきた。その中でも、何よりポケモンの気持ちを考えられる権兵衛の素質は、トレーナーとしてみても頭一つ飛び抜けている。
けれど、そこに自分の意思が無ければ、トレーナーは傷つかないバトルしか作れない。それでは強くなんてなれやしない。
ポケットから一つのモンスターボールを取り出し、権兵衛に握らせる。博士に送るモンスターボールは全てリュックの中。混ざらないよう別にしておいたこのボールの中身は、もちろんあのストライクだ。しばらく二人で考えてたらと言い捨てて、は足のつかないベンチから飛び降りた。
ぶらつきながら、自販機を探す。
すぐに見つかった銀色の箱にお金を入れる。一斉に点ったランプ。ボタンを押す。上から下へ、缶が落ちた音がする。
買う度に釣り銭が出るタイプでなかったようで、ランプが再び点る。同じボタンに手を伸ばし、……指先から、力を抜く。
「……いい加減しつこいよ、おじさん達。いい歳した大人が昼間っから子どもをストーカー?」
伸ばした手を下ろしながら言うと、樹木やポールの影からぞろぞろと柄の悪そうな男達が姿を現した。1、2、…4人か。揃いも揃って手にモンスターボールを持っている。
権兵衛はまるで気づかなかったようだが、ゲームセンターを出てからずっと、こちらを窺っていたのだ。
恐らく狙いは一人。どこかの誰かに比べれば幾分生っちょろい気配に放っておいてもいいかと思ったが、四六時中囲われれば嫌気が差す。
こんなのでもトレーナーやれるんだから、深く考える必要なんてないのに、と今頃頭から煙が出るほど悩んでいるだろう彼に思う。
「チッ…バレてたのかよ。お嬢ちゃん、痛い目見たくなかったら財布とポケモン全部よこしな」
一歩、二歩、じりじりと後ずさりする。
男から逃げるように少しずつ後退していると、いつしか小さな森のようなうす暗がりの木立に入っていた。
背中が木にぶつかる。もう一歩も下がれやしない。にらみつければ、男達はいやらしげな笑みを浮かべた。
「……ポケモン全部?それってどういう意味?」
「何言ってんだ。景品全部だよ。お前みてぇなガキが他にポケモン持ってるわけねぇだろ」
「持ってるとしても、ロクに扱えるわけねぇ。全部よこしな」
「……。…そんなことより、」
諦めたか、それとも緊張のあまりか、怯えるどころか表情を無くしたの不気味さに、息巻いていた男達はたじろぎながらもポケモンを次々開放しを取り囲む。
「いつも見られてる気がしない?体が震えて止まらないことは?突然気分が悪くなったり、めまいがしたことは?」
「な、何言ってんだこいつ…頭おかしいんじゃねぇのか?」
「金縛りにあったことはない?急に記憶が無くなったりしたことは?」
「だ…黙れ!!」
「それじゃあ、」
ふ、と腕を持ち上げ、男達の背後、一点を指差す。
「さっきからずっとおじさん達の後ろにいるのは、何なの?」
ばっと男達が一斉に振り返る。
そこには当然何もない。
いるのはそっちじゃない。…笑ってしまうくらい隙だらけだ。ぶち込んでやれ。雰囲気一つに流される、揃いも揃って背を向けるお目出度い頭に。
「ユエ、『さいみんじゅつ』から『ゆめくい』」
吸いすぎちゃ駄目だよと言い置いてユエを残し、ベンチに戻ると、権兵衛は項垂れるように俯き、組んだ手の間に視線を落としていた。
その姿にこっちには来なかったかと安堵してから、そっと離れ、ランプが点ったままの自販機でドリンクを買って、再びベンチに戻る。
一分も変わらぬ姿に苦笑してから、ベンチの前に立って権兵衛のつむじを見下ろしつつ、プルタブに指を掛ける。
「――ねぇ、」
プルタブを開ける音にびくっと肩を震わせ、権兵衛は顔を上げた。
「答え、出せた?」
ぽかんと口を開ける権兵衛に缶を押し付けて受け取らせ、隣に座る。
逡巡しながらもプルタブを開けて口をつけるのを見届けてから、は口をつけた。
「……迷ってたんだ。オレにとってストライクは家族で、俺に出来ることなら、なんでもやってやりたいって思ってた。ただ、トレーナーって考えるとさ、へっぽこなオレがへっぽこな指示出して、大怪我させるのがすげぇ怖くて」
「うん、」
「いろいろ考えたけど、それでもこれからもこいつと一緒にいたい、って気持ちのが強かった。だから、オレはトレーナーになる。……分からないことだらけだけどさ」
「大丈夫だよ」
大丈夫。
は、ボールボタンを押してストライクを迎え入れる権兵衛を見ながら、もう一度呟いた。
ストライクに抱きしめられながら、へへ、と頬を赤らめて鼻を擦る権兵衛に、この二人は幸せ者だと目を細める。
無理やりモンスターボールに入れられて、景品にされて、ストライクは心が傷ついただろうけれど、この二人ならきっと大丈夫。
2011.01.14. up.