「さて、と…ここならいいかな」

地下通路の入口が遠くに見えた所で、は足を止めた。
歩いてきた道を振り返る。 目視できる範囲には誰もいない。壊して困る建造物も無い。
この距離なら問題無いだろう。 一人頷いて、は腰のベルトに手を伸ばした。

カチリ。 小さな音を立てて、赤いボールが外される。

「まずは…カイ!!」

軽快な音と共に現れたのは、青い龍のような姿をしたポケモン『ギャラドス』。
一気に上空へと昇り、その体をくねらせ咆哮すると、ゆっくりとその高度を下げていった。

そして、その姿を眩しそうに見上げるの、顔の高さで浮遊する。

「…触っていい?」

その言葉に彼が頷いたのを確認すると、そっとは手を伸ばした。
触れた先から、ひやりとした冷たさが伝わる。撫でると、カイは心地よさそうに目を閉じた。

本当は昨日言うべきだったんだろう。けれど、ちゃんと時間を作って伝えたかった。

「遅くなったけど、進化おめでとう。…うん、すごく嬉しい。これからも頼りにしているよ」

初めての出会いは決して良いものではなかった。 名前をつけて、本当の意味で仲間になれたのは、それからずっと後のこと。
近づいて、頬を触れ合わせる。もう一度、おめでとうと囁いた。

「みんなにも改めて紹介しなきゃね。レン、ハク、リク、出てきて!」

最後に一撫ですると、は数歩下がった。ふたりの間に距離が出来る。
その意味を理解して再び浮上したカイ。その間に、は新たに3つのモンスターボールを開放した。

「みんな、カイだよ。姿は凄く変わったけど、これからも私たちの仲間だ。変わらず仲良くすること。分かった?」

もちろん、と鳴く三匹に、は満足気な笑みを浮かべた。





瞳を輝かせて見上げるリクへと、カイは頭を垂れてみせた。
首を傾けるリクに、何かをカイは口にする。その言葉に、リクが嬉々とした表情で頷いた。
そして。強い風が吹いて、土埃が舞いあがった。 咄嗟に目を覆う。腕を下げると、そこに二匹の姿は無かった。

「――…ピッカァ!!」

声につられて空を見上げると、頭にリクを乗せたカイが自由気ままに飛び回っている。
突然垂直降下したかと思うと急浮上する。 その度に、リクが歓声を上げる。

「思えば、レンもハクも空を飛べたもんね。リク、羨ましかったのかな」

大空を駆ける青龍の、なんと美しいことだろう。 あそこにハクを混じらせれば、この世のものと思えない光景かもしれない。
それにしても、『きょうあく』ポケモンとは思えない性格だ。 ドラゴンというのは、普段はこうして大人しいものなのかもしれないが。
ああ、ギャラドスはドラゴンタイプでなかったか。見た目は御伽噺に出てくる龍にそっくりだけれど。

「なんだか出しづらくなってきたな……でも、まぁ…うん」

地上3メートル程の高さに降下したカイの頭を蹴って(これでも怒らない)胸元へ飛び込んできたリクを受け止めながら、は呟いた。 腰につけたボールは全部で5つ。1つはまだ開放していない。
興奮気味なリクを一撫でしてから地面に下ろし、最後のモンスターボールを手に取った。丸いボタンを押す。

「みんな、新しい仲間を紹介するよ。ゴースト、名前はユ――」

光が走った。生暖かい風が頬を掠めていく。遅れて、髪が浮き上がった。

「え」

一瞬の後、地響きと激しい揺れがを襲った。
土煙が晴れる。咄嗟に背後を振り返ると、そこには真新しいクレーターが生まれていた。

「ばっ……『はかいこうせん』!?」

そんなまさか。
慌てて顔を戻す。そこには、これでもかとばかりに瞳をつりあげたギャラドスがいた。
大きく開かれた口の中で、光が渦を巻いている。うたれる、と呆けた頭で思った。

が、それは杞憂だった。
彼女よりずっと手前、の視界を覆っていく紫色の霧。
一際色濃い部分が(背中、という形容が正しいのか分からないが)に背を向け、カイと対峙した。

これは護られたのか、それとも、
いや、今はそんな些細なことを気にしてられない。

「カイやめなさ――ほぁあ!?」

腹部への圧迫感、急に持ち上げられる気持ち悪さに、訳が分からぬまま歯を食いしばって耐える。

そうして、気付けば地上が遠かった。足が揺れる。心臓が跳ね鼓動が煩い、身体が太鼓になったみたいだ。
内心で悲鳴を上げながら背中を捩じってみれば、薄みがかった黄と、燃えるような赤が見えた。

「レン!?」

どうやらレンの腕に抱かれて、空を浮いているらしい。
何が何だか分からない。

「ガゥ」

精一杯の非難を込めた目に返ってきたのは、意味の無い、ただの一鳴きだった。

――…聞く耳持たないということか。
あのままあの場に留まっていたら、ふたりの攻撃に巻き込まれていただろう。
その前に掬いあげてくれて助かった。が、目下で引き起こされていることもまた見過ごせない。

「その……助けてくれて、ありがと。でも彼らをこのままにしてたら、ここで生きているポケモン達に迷惑がかかる。だから今すぐ止めないと」
「グル…」
「レンは…レンも、あの子が嫌いなの?」

渋るレンに、ははっきりと聞いた。

目下のふたりの攻防は激化していくばかり。いや、カイが一方的に攻撃しているようだ。 怒りのままに攻撃するカイだからといって、片やレン、ハク、リクの三匹を同時に相手取って互角に戦ったゴーストだ。実力は彼女の方が十分にあるだろうに、どうして反撃しないでいる?
米粒サイズのリクとハクは早々に巻き込まれ範囲から脱出した挙句、彼らを遠巻きに眺めているだけで、手を出そうと思っていないらしい。

口を開く。掴まれた腹と胸が圧迫されて、十分には呼吸出来ない。
……大声は出せないな。届きやしないか。ならば、今私が頼れるのはレンだけだ。

「ああいうことがあったんだ、いくら私だって『すぐに仲良くなって』なんて言えない。でも、連れていくって決めた以上、あの子は私の、レンの仲間だ。それにもう、あの子はあんなことしないよ」
「………」
「それに。さっきの、カイはあの子を狙ったんだろうけど、あの距離じゃ、あの子が庇ってくれなかったら私も巻きこまれていたはずだ。今だって、防げるはずのカイの攻撃を甘んじて受けてる。分かりづらいけど、あれがあの子なりの罪滅ぼしなんじゃないかな」

昨日のこと、もう何とも思ってやしない。 だけどそれは私だけの話だ。
少しだけ無理をして顎を上げれば、レンの顔が見える。
目が合った。ヒトカゲの時からずっと変わらない、黒々とした瞳。こんな時なのに、陽光を吸収してキラキラと輝いている。

あぁ、綺麗だな。

「納得できないなら、納得するまでレンもあの子を攻撃すればいい。でもその後に認めてよ、あの子も仲間だって。…じゃないと私、どうすればいいか分からない」

緑の海のような草むら、青々とした森。遠くには街。川も見える。 翼の持つポケモンはいつもこんな世界を見ているのだろうか。
地上数百メートルから見下ろす地球。この景色は、昨日得た彼の翼が与えてくれるものだ。

ねぇ、レン。 どんなに仲間が増えたって、私のパートナーはレンひとりなんだよ。レンに駄目だと言われたら、私は何を選べばいいの。

「レン、私はふたりを止める。だって、ふたりは仲間だから。仲間が争ってるのは見たくない。でも私だけじゃできないから、レンにも手伝ってほしい。おねがい」
「………、……、ガァ」
「! いいのっ!?ありがとう!!」

長い逡巡の後、聞こえた声には諦めも混じっていたような気がするが、とりあえずは了承の意であった。
彼の了解が得られた以上、どう動くか。

「……おしっ。じゃあまず、レンの背中に乗せて。このままじゃモンスターボールを投げることも出来ないし」

だからもっと低く飛んで、と指示を加える。
さすがにこの高度でクライミングをするのは気が引ける、せめて万が一落ちても九死に一生を得られる程度でないと。

「――……うん、この位ならいっか」

激しい攻防を続ける彼らから百メートルほど離れて、草むらの中に野花を見つけられる高さの中、彼の腕を支えに、彼の背中へとよじ登る。

「っと、ありがと。結構広いんだね。次は……レン、カイの背後に回って。大丈夫、何がカイの『げきりん』に触れたんだか分からないけれど、今のカイは目の前にいるあの子しか見えていない。悲しいことにね。まぁ、だから少しくらいのちょっかいじゃ気付かないよ」

渋るレンの首筋を撫で、宥める。 大丈夫だよ。……でも、もし危なかったらその時はレン、よろしく。
心の内で呟くが、勿論口には出さない。彼がテレパシーの使い手だったらここで見放されていたことだろう。

風の向きが変わる。次は…後ろからの風だ!

「さぁ、飛んで!!」





背後から火炎放射。タイプ相性から半減だとはいえ、相当のHPを奪ったはずだ。
だがダメージを与えても正気に戻ってはくれなかった。呼びかけても返事無し。
そのまた向こう、ゴーストには勿論声は届いた。けれど下手にボールに戻したら、被害がもっと酷くなりそうで戻すことも出来ない。

悪いけど、もう少し耐えて。 そう目で訴えると、彼女は疲れた目で頷いた。
だが彼女にはあと少し耐え忍んでもらわなくてはならない。元はといえば自分で播いた種だ。

「レン、ありがとう。一度離れよう。――……ったく、この調子じゃボールにも戻ってくれないだろうね。でも疲れ切るまで待ってたらここら一帯が焼け野原になっちゃう。……仕方ない、この方法は採りたくなかったけど、やるしかないか」

龍の怒りに呼ばれてか、さっきまで晴れていた空は曇天へと変わっていた。
今にも泣き出しそうな空、だ。泣きたいのはこっちだってのに。

「レン、リクとハクのところへ」

上空でくるりと旋回して、急角度でレンが沈下する。
浮きそうになる体に、慌てて両足で彼の背中を挟みこみ、首に手を巻きつけて抑え込む。

「ちょ、…っと!」
「〜〜…!」

しっかり掴まってろ、とでも言ったのか。 轟々と耳元で吹き荒れる風に邪魔されてよく聞こえなかったが(勿論、聞こえていても正確な意味など分かりはしないが)、このまま速度を落とす気はないらしい。 薄目で彼の顔を窺う。

…あ、ちょっと怒ってる。
これは抗議しない方が良さそうだ。





「ピィカ?」
「リュー?」
「……薄情者たちめ」

なぁに?とわざとらしく首を傾げるふたりに、はぼそりと呟いた。
背後で早く、とレンが鳴いた。じき雨が降る。彼には好ましくない天気だ。

「ハク、先にボールに戻ってて。それと、次のジムはハクが最初だからね。期待してるよ」
「リュ!!」

赤い光に吸収されて、ハクがモンスターボールに戻っていく。
ぼくは?と見上げるリクを抱え上げて、演技がかった調子で語りかける。

「リクにはまだ手伝ってもらうよ。重要、かつ残酷な役だ。辛いだろうけど、仲間のためだ。やってくれるね?」







「――…リク、『かみなり』!!!!!!」








ぼろぼろになって地面へと落ちた龍のかたわらに立つ。回復薬を2つ、3つと使ったところで、カイは目を覚ました。

「私のために怒ってくれたのは嬉しいよ。けど、ここに生きるポケモンたちに迷惑かけてまですることだったかな。だから私は『おや』として、止めるしかないよ。次はみんなのためにその力、使ってね。でも、…ありがとう。嬉しかった」

そう言いながら撫でると、カイは再び目を閉じた。寝息はゆっくりとしている。今は疲れて眠っているだけだ。
彼の目が覚めたら、まず謝って、それから謝り返してもらおう。でも、ありがとうも、もう一度伝えておこう。勿論、昨日のことも含めて。彼は私のために戦って傷ついたのだから。



地下通路は薄暗く、滅多に人と擦れ違わない。
もうひとりの傷ついたポケモンに薬を掛けながら、は語りかける。

「今回はうまくいかなかったけど、これから仲良くなればいいんだよ。レンは納得してくれたし、リクは満足したみたいだし。さっきの雷、きみも一緒に食らってたもんね。ハクはもともと、キミのこと受け入れてたみたいだ」

あの子はポケモン相手には穏やかな気質の子だから。人はあまり好きじゃないみたい。あぁ、リクは無邪気な子でね、やっぱりあまり人は好きじゃないみたいだけど。カイはねぇ、コイキングの時は真面目な子だったんだけど、進化してわんぱくになったかな。可愛いよね。え?可愛くない?わんぱくなんてもんじゃなかった?いやいやすっごく可愛いって。
レン?レンはねぇ、いわゆるツンデレ…いや、いじっぱりだね。痛い、痛いよレン、主に腰が。モンスターボールって丸いけど痛いんだよ。

「そんなわけで、改めてよろしくね『ユエ』。――さっきから気になってたんだけどこれってテレパシー?え、違うの?」

 

2009.06.19. up.
2012.02.23. 改
ユエ=由縁(ユエ・ン)、月(ユエ)

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