穴から覗く太陽は、刻一刻とその位置を変えていった。

射し込む光が、眠ると見守る三匹を照らす。
熟れすぎた果実のような色をした太陽が視界に入り、彼らは思わず眩しさに目を細めた。

その時、小さくが動いた。投げ出された腕、固く結ばれた瞼が小さく震える。注視してなければ見逃してしまうほど、それはとても小さなものだった。 夕日に気を取られていた彼らが気づかなかったのも無理はない。……この時に気づいていたなら、まだ間に合ったのかもしれなかったが。








ざり。靴底がコンクリートの床を擦って、滑った。
ざり、ざり。音を立てて、床を踏みしめる。足を曲げ、肘をつけて、上体を、―――……
酷くゆっくりとした動作で、は立ち上がった。

「……ァ……」

どこか怪我したのだろうか、でも。不安を抱きながらも、とりあえず安堵に息を吐く三匹に目もくれず、は手のひらをじっと見つめた。何かを確かめるかのように握り、開く。
何度かそれを繰り返して、目を細めた。それから、振り向いて。――虚ろな瞳が彼らを映した。

「「「!?」」」

違和感に、リクが踏み出した。しかし、

「ビ!……」

刹那、凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。ずるずると床に崩れ落ちたリクに、コンクリートの残骸が襲った。
目を見開いたハク、唸るレン。彼らの視線の先には、誰よりも、何よりも見慣れた姿。けれど。

コツ、コツ、コツ。

底知れぬ圧迫感に動けない二匹の眼前を、が歩いた。靴音が嫌に響く。
そして、彼女は穴の前に立った。背後には赤く燃える太陽。逆光で、表情は見えない。

「邪魔ヲするな。もう、イらないんだよ。お前たちは、もう要ラないんダ。好きナところにイけばいい」

誰だ。

「……あァ、お前達にとってはソうじゃアないか。それナらいっそ、ここでハッキリさセた方が幸せカな?」

キンッ――…

乾いた音がした。サイコキネシスが空気を震わせたのだ。
だが、それを認識するよりも先に瓦礫を巻き込んだ暴風が二匹を襲う。

レンが吠え猛る。 咆哮しながら、2対の翼を大きく羽ばたかせた。巻き起こる風。ぶつかって、相殺する。砕け散ったコンクリート片が塵となって、対峙するふたりの間を舞った。 視界が遮られる。再び現れる。――何も変わらない。

その時ハクが鋭く鳴いた。何かに気づいたらしい。

ゆらゆら、太陽を背にしたの影が揺れている。いや、濃い塊の外側を、薄いものが絶えず動いているのだ。
……この形は、彼女のものではない。どこかで……

同時に気づいた。

レンとハクは小さく目配せした。の姿をしたナニカに感づかれないように僅かに。
だが、彼女は笑った。お前たちの考えなどお見通しだ、とばかりに、甲高く。

「いイのか?おまエの大事な人間なんダロ?」

傷つクぞ。お前ガ傷つけルんだ。
その言葉に、レンが止まる。ハクが低く唸るが、は更に笑みを深めてみせた。

「あぁそうダ。これも要ラないな」

くすくす、くすくす。 堪え切れない笑いがの唇から漏れる。
は、腰ベルトからモンスターボールを取り外した。 途端にカタカタと大きく揺れ始めたが、構わず握り続ける。

「こんな用無シ、いくら育てたって使えないものはツかえないのに」、呟いて、ボタンを押す。 赤い光線と共に現れたのは1メートル超のコイキング。カイは憤りを隠さないまま睨みつけるが、は動じることなく、ほんトうのことダロ、と嗤った。

「好きナとこロに行ケよ。…あァ、ココからじゃ空でモ飛ベなきャ出てイけないカ」

オまえ、ひとりジゃ何も出来ナイからな。嘲りや侮蔑、憐みさえ込められた声で、呟く。

「――…あハッ、やル気!?でモもうオシまイだ。ホら、」

が親指で背後を指す。 彼方先には遠くの街に沈んでいく太陽。
そして自身を指さし、口を開いた。

「陽が落ちたら、見エないだロ」

仮にとゴーストを引き離せたとしても、闇の中で霧を判別することなど出来やしない。 だから何度だって――…、そう言うの顔が陰った。あれほど眩しかった光が急速に奪われていく。
本格的な夜が訪れるまであと僅かだろう。結局何も出来ないまま、時間だけが過ぎていた。

その時、ガラッ…――レン達の背後で瓦礫が音を立てた。

「ィ…カ……」

そして微かに聞こえた何か。弾かれた様にハクは振り返った。

斜陽の届かないフロアの奥は、光に慣れたハクの目には朧けにしか見えない。
空耳か。だがこの時に聞き違えはしない。それが仲間の声なら尚更。ハクは鳴いた。返ってくることを期待して。

   バチッ……

火花が散った。

………バチ………バチ…バチ……ッ…………

火花が暗闇を照らす度、瓦礫が音を立てて崩れていく。そして――…

「ピィ…カァァァ!!」

最後の瓦礫を崩して、淡く光るリクが飛び出した。そのまま弾丸のように駆け抜ける。ハクを越え、レンを越え、その先には、

「なンダ、まだイきてタのカ」

キンッ――…
伸ばした手から衝撃波が生まれる。一瞬後にはリクを襲うだろう。結局何も変わらない、と暗闇の中でが笑みを浮かべたその時、

「なッ!?」

ビチィ!! 床をバネにして、カイが飛び跳ねた。今まで無力に跳ねていた体の、どこにそんな力が残されていたのかと思わずにいられないほど高く。

暴風がカイを襲う。
木の葉のように吹き飛ばされた、その体を踏み台にして、リクは更に跳躍する。そしての真上へと飛びあがった。

「ピッ……カァ!!」

発光が止んだリク、その姿は暗闇の中で、加えて電光石火の勢いの中では到底認識できやしない。
見失ったが頭を巡らす。しかしその姿は見つけられない。
リクがニヤリと笑った。――…音も無く落下する。 瞬間、の視界を眩い光が満たした。

「ツ…ぅ………、馬鹿が!!」

ぐら、が前のめりになって目を覆った。天井を仰ぐ。チッ、舌打ち声。
揺れる体、覚束ない足元。 一歩、二歩、後ずさって、踵が空を切る。三歩、の姿が消えた。足を滑らせて穴から落ちたのだ。
ハクが追って消える。 レンは動かなかった。地上1400メートルまで飛ぶ翼を羽ばたかせる。生まれた暴風が全てを巻き込んで、吹き飛ばした。

「ガァ!!」

レンには見えていた。落ちる瞬間、から黒い霧が剥がれていったのを。そして、その霧が今、闇に乗じてフロアに逃げたことを。損傷を負うであろう肉体をあっさりと捨て、次の獲物のために逃げようとしたモノを。
だから風を起こした。フロアの一角に追い詰めるために。

そして今、レンの目の前には、先ほどまでの中にいたゴーストがいる。
光量を抑えたリクのフラッシュ、レンの灯に照らされて、ガス状ポケモンがゆらりと揺れる。穴側にはレン、壁にはリク。逃げ道を作らせる気はない。ここで終わらせる。

ゴォ……ボボボボボ――…
尻尾の先の炎が青白く変わる。そして膨らんでいく。二倍超の大きさになった時、レンは口を開いた。

「――レンやめろ!!」

吐き出された巨大な炎は、まっすぐにゴーストへと襲いかかった。
制止は間に合わない。咄嗟に動いたレンだったが、間に合わなかった。

キンッ、金属音が響く。しかし一度は捻じ曲げられた炎も、すぐに勢いを取り戻してゴーストへと迫りくる。

「ハク『れいとうビーム』、リク『じゅうまんボルト』!!」

二色のエネルギーが炎に突き刺さり、削っていく。
まだその威力は残ったまま、二匹の力を合わせてもレンの怒りの炎を越えることが出来ない。

「――カイ、『りゅうのいかり』!!!」

三色のエネルギーが渦を巻き、そして炎に迫った。

――…閃光、そして、爆音。
レンは振り返った。 声の主が正真正銘『彼女』であると全身で感じながら、それでも振り返った。
壁が焼ける臭いが漂うが、そんなものは気にならなかった。

いつの間にか星が輝いていた。夜空を背に立つ  。

「ええと…、ただいま、レン」

一歩踏み出す。
途端ふら、と揺れるが、隣に立つハクに支えられる。「ありがとハク」、何でもない感謝の言葉が不思議と4にんの心に響いた。

「リク、カイも、ただいま。それと…ゴメン、心配も迷惑もかけた。夢の中みたいだったけど、全部覚えてる。ゴーストがみんなにしたこと。けどさ、元はといえば私に隙があったのがそもそもの原因だし、」

「私に免じて許してくれないかな」、そう言って動かすその足は、今度はしっかりとしたものだった。
じゃり、靴底で瓦礫が鳴る。戦いの激しさを物語る残骸たち。一歩一歩踏みつけながら、は一人で進む。

「それから、もう一つワガママ言っていいかな」

制止を促すハクに小さく微笑んで、はゴーストの前に立った。
そして、右手を差し出す。

「一緒に行こうよ」

『あんなにやられたのに』『関わらない方が良い』……分かってる。
でも、夢の合間に流れ込んできた彼女の苦しみは自分とよく似ていて、このまま放っておくなんて出来なかった。
私は欲しかったのは、『外見(そとみ)』への自信。彼女が欲しかったのは、『外見(がいけん)』という枠。

「私の幸せとキミの幸せは同じじゃない。けどさ、どこかにあるなら一緒に探そうよ」

ここに無いなら、カントー中を探してみればいい。それでも無かったらもっと遠くへ。
私たちはカントーを全部回る予定だから。きっと、ひとりより6にんの方が早く見つかるよ。

「一緒に行こうよ。キミを、もうひとりにはしないから」

 

2009.06.19. up.
2012.02.23. 改

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