高く聳え立つ、巨大な墓の塔。
それがポケモンタワーである。
ポケモンセンターを出たは、天にも届きそうな塔を見上げていた。
「ポケモンタワーに用があるのかの、お嬢ちゃん」
背中にかかる穏やかな声に振り向くと、杖をついたおじいさんが立っていた。
「あそこは死んでしまったポケモンの霊を慰める場所じゃよ。お嬢ちゃんにはまだ縁がないじゃろう」
「ええ。けれど、トレーナーならば一度は訪れるべき場所だと聞きました」
「ほう、その若さでトレーナーをやっとるのか。立派な心じゃの」
ワシの家でお茶でも飲んでいきなさい。
そう言って微笑むおじいさんの言葉は、不思議と逆らえない響きを持っていた。
おじいさんは、町の人達にフジ老人と呼ばれ、とても慕われているようだ。
道行く人が次々とフジ老人に挨拶をし、「フジじいちゃん」と幼い子供たちが集まってくる。
「小さな家じゃが、ゆっくりしていくといい。――熱いから気をつけるのじゃよ」
「ありがとうございます」
マグカップの中身は、ほんのり甘い紅茶。
暖かな湯気の立ちのぼるマグカップを両手で抱えて、は上目使いでフジ老人を見上げた。
「あの…もしかして、博士をやっていらっしゃいました?オーキド博士の研究所で写真を見たような…」
「昔の話じゃよ。今はここでしがないボランティアをやっておる。お嬢ちゃんはといったかの。オーキドということは、マサラ出身じゃろう?」
「いいえ。けれどオーキド博士の所でお世話になりました」
――キミに見て欲しいものがあるのじゃ。
そう言ってフジ老人が連れてきたのは、小さなポケモンだった。
「わ!ちっちゃい…。この子、ドードーですよね?」
「そうじゃよ。先月生まれたばかりの赤ん坊じゃ」
触ってみなさい、というフジ老人の言葉に、が恐る恐る手を伸ばすと、ドードーは甘えるように嘴を手に擦りつけた。
「暖かいじゃろう」
「はい。それに、やわらかいです」
「このドードーはの、ワシが孵らせたのじゃ。ほら、そこに孵ったばかりの写真が飾ってあるじゃろう?…その時になって初めて、研究者をやっておる時は全く分かろうとはしなかった、命の暖かさ、重さを感じたのじゃよ」
「…おじいさんは、何の研究を?」
うとうとと眠り出したドードーから手を離して、はフジ老人に向き直った。
「恐ろしい研究じゃよ。命を生み出そうとするのじゃ。…あまりに恐ろしくなって、途中でワシは逃げてしまった。ワシの知人が研究を引き継いだはずじゃが、どうなったか……」
ごく、と小さく喉が鳴った。
「、そんなに不安な顔にならんでよい。あの研究はミュウがいない限り成功しようが無いのじゃ。そしてミュウは決して捕まらん」
「…ミュウ?ミュウって、ポケモンの名前ですか?」
そうじゃよ、とフジ老人が、一冊のアルバムを手渡してきた。
受け取ってぱらぱらと捲ると、ジャングルの写真が続く中に、一枚だけフジ老人とピンク色のなにかがうつった写真がある。
「これがミュウじゃよ。幻のポケモンじゃ。全てのポケモンの遺伝子を持っておっての、ポケモンの先祖とも言われて……?」
フジ老人の言葉は、途中から殆ど聞けなかった。
私は大事なことを忘れている。
大切で、忘れてはいけないことなのに。
漠然とした思いが、ぐるぐるとの中で渦巻いた。
押し潰されそうな不安が、
「――ッ、ッ!」
「!ぁ…、は、はい…。ええとミュウが…」
「どうしたのじゃ。顔が真っ青じゃぞ」
「いえ…、ただ、この姿をどこかで見た気がしただけで…。そんなはず無いのは分かってるんです。相手は幻のポケモンだし…」
アルバムを閉じてフジ老人に返す。
そして立ち上がって、お茶のお礼と、暇を告げる。
「おいぼれの話を聞いてくれたお礼に、この『ポケモンのふえ』をあげよう。――オーキドの言う通りじゃよ。トレーナーたる者、出会いも別れもある。時には死に別れだってあるじゃろう。ポケモンも人も、どんな力の持ち主であっても誰一人死を逃れることが出来ないのじゃ。そこの所を、ポケモンタワーに行ってよく理解するのじゃよ、」
「はい。この笛、大切にします。―――それじゃあ、行きます。色々とありがとうございました」
何かを振り切るかのように勢い良く飛び出していったの背中が小さくなるのを見届けて、フジ老人は家の中へと戻った。
いつの間にか目を覚ましたドードーが、の姿を探してぐずついている。
それを宥めながら、フジ老人は思う。
オーキドという言葉にか、少女の持つ不思議な雰囲気にか、忘れようとした過去を曝け出してしまった。
それが吉と出るか凶と出るかは分からない。
しかし、少女…がいずれ渦中に身を投じるという確信だけは、フジ老人の心にあった。
2009.06.19. up.
2012.02.23. 改