おら、と威勢の良い声で落され…下ろされた場所は、先ほどまでいた展望台だった。
いつの間にか増えていた観光客が、手すりから身を乗り出し、美しい海と港に歓声を上げているが、こちらは彼らとは少し距離を置いている。
確かに、話をするにはちょうどよい場所だ。場所は。
額を手で支えながら俯いてぐらぐらと揺れる地面をやりすごし、そして顔を上げる。
気持ち悪いか?と、眉を寄せるマチスの目を、じっ、と見上げた。
「オレンジバッチをかけて、バトルをしてください」
ポッポが豆鉄砲を食らったような顔をした後、マチスは言った。
「駄目だ。俺はジムリーダーを辞めたからな」
「それは知ってます」
折角の時間を、マチスを待っているだけの時間にするのは惜しすぎる。
早朝から働く船員には昼休みの時間が多く与えられること、船員の多くは街で昼食をとることを知ったは、昼休みの始まりに必ずこの展望台の下を彼が通ることを見越して、街の至る所で情報収集をしていたのだ。
そこで聞いた、衝撃の一言。
だから今、平然としていられる。
「でも、協会に申請しなければ勝手に辞めることは出来ないそうですね。だから、貴方が何と言おうと、マチスさんはジムリーダーです。それに…自分勝手ですけど…次のジムリーダーの就任を、私は待てません。だから、今、バトルしてください」
「どうしてそんなに急いでバッチが欲しいんだ?」
「強くなりたいからです。――オレンジバッチを持っていると、ポケモンのスピードが上がるそうですね。相手より早く動ければ、それだけ攻撃ができる」
仮に『次のチャンス』があったとしても、マチスとのバトルはできないだろう。
次のジムリーダーが電気系のスペシャリストとは限らない。
進化したレンやハク、初めてのシングルバトルを経験したカイが急成長している一方で、最近リクの成長が伸び悩んでるのは、格上の電気ポケモンとのバトルを経験していないからだ。それには、マチスとのバトルがうってつけだ。それに、他のみんなにとっても、ジムバトルは格別の経験になる。
「お前が俺とバトルしたいのは分かった。じゃあ次は俺の言い分だぜ。俺はジムリーダーであることに飽きた。だからバトルもしねぇ」
「どうして?」
「挑戦者が弱すぎるから、だ」
予想通りのその言葉に、笑みを浮かべる。
「じゃあ、簡単だ」
「――うぉ!?」
「聞いた限り、マチスさんはパワー重視のバトルを好むとか。パワーファイターは重い、重いポケモンは遅い、ですよね。…まぁ、分かってもらえたと思いますけど」
振り回される腕をかいくぐったリクが、マチスの頭上で笑っている。
気づかれないようボールを開閉し、『こうそくいどう』で駆け、登っただけのことだが、そのスピードは体感してもらえただろう。
実際、言われるまで彼は見えていなかった。それは反応を見れば分かる。
「私は、貴方が思っているほど弱いトレーナーじゃありません」
「……チッ!わーかった!仕方ねぇな、受けてやる。ただし1回だけだ。…ったく、お前、変なガキだな」
「…マチスさんもジムリーダーらしくないです」
変、と言われ不機嫌な顔で答えるに、マチスは豪快に笑いながら背を向けた。
慌てて走り寄るに、「ジムだ」と一言投げかけ、大股で歩いていく。
コンパスの違いか。そのスピードは、が追いつけないほど早い。
自然小走りになるの前を悠然と歩いて行くマチスに、船員や市場の人達が次々と声をかけていく。
街のどこで聞いても、マチスを悪く言う人はいなかった。
彼はちゃんと街の人に愛されてる立派なジムリーダーである。きっと、みんな辞めてほしくないんだ。…あの人、そのあたり分かってなさそうだけど。
「次の仕事まで時間が無い。早く始めようぜ」
「はいはい。マチスさんは自分勝手…いて!何も殴ることないじゃないですか!!…じゃあ、試合は1対1のシングルバトルとします。挑戦者、いいですか?」
「あはは…。はい、お願いします」
審判を務めるのは、あの、にマチスの居場所を教えてくれた男だった。
いつでもバトルが出来るよう準備をして待っていて、マチスに連れられたにウインクをしてみせ、小突かれた風変わりな水兵は、実はジムトレーナーだったというわけだ。
流れる雰囲気に、きり、と表情を変える。
「では…試合開始!!」
「リク!『でんこうせっか』!!」
「ライチュウ、『メガトンパンチ』で向かい撃て!!」
「!『かげぶんしん』!!」
唸る拳をぎりぎりのタイミングで避け、ライチュウの頭をバネにして跳ね、距離を取る。
やっぱりスピード対策をしてる…。それにしても煽りすぎたかな。…まぁいいや。リクも随分楽しそうだし。
「その電気ネズミはスピード自慢なんだろ、止まっていいのかよぉ!?じゃあ次はこっちから行くぜ!!最大パワーで『10まんボルト』!!」
「!?」
「見ろよ!そこのチビには到底出せない威力だ!!パワーはスピードに勝るんだよ!!ちょこまか逃げようと関係ねぇぜ、このライチュウの前ではよぉ!!」
二匹から離れたにさえ感じる、膨大な電気のエネルギー。
電気ポケモン同士とはいえ、この放電の中ではリクが先に倒れてしまう。
それなら。
「リク、突っ込め!!」
「ハハハ!!そりゃあ余りにも無謀だぜ!その程度のスピードじゃ…ライチュウ、しっぽで捕まえろ!!」
その言葉に、放電を止め。
突進するリクを、ライチュウは余裕で避ける。
そして長い尾でリクを捕まえ、顔の前に持ち上げて低く鳴いた。勝者としての嘲りか、進化後としての驕りか。
いずれにしても、捕まえられてはリクのスピードは発揮できない。
「お前のパワーを見せてやれ!――『のしかかり』!!」
「その余裕が命取りだ!リク、『フラッシュ』!!」
「なっ!?」
カッ!!
眩すぎる光が、バトルフィールドを覆う。
「SHIT!!だが見えなくても関係ねぇ!!『10まんボル」
「残念だけど、いくらライチュウだってあの攻撃の後すぐに10万ボルトは放てない!!けどこのフィールドに満ちた電気エネルギーは使わせてもらう!」
は眼を覆っていた手を外して、声高に叫んだ。
「『10まんボルト』!!!」