『あんた、あの時の……。半年ぐらい前、背中を切られた子どもよね?』
ゆっくりと呟かれた言葉に、瞬時に距離を取る。
背中がガラス窓にぶつかり不快な音を立てたが、それを気にする余裕はには無かった。
目の前には、不思議そうに眉を寄せるカスミ。
「どうして、そのことを…」
入院していることは知られていても、その原因まで知っているのは病院でも一握りであったというのに。
外部で知っているものはジュンサーに、あの男、そして…。
ジュンサーは決して口外しないと言っていた。それに洩らす意味が無い。
残るは……。
「答えてください。…どうして、そのことを知ってるのですか?」
右手は腰に伸ばし、いつでもボールを開放出来るようにする。
ジムリーダーが関与しているとは思えないのだが、だからといって無用心に信頼するのはあまりに危険。
鋭い視線を正面から受け止めて、カスミは言い放った。
「あんたを病院に届けたのが、私だからよ」
「私は朝早く4番道路を散歩するのが日課でね、あの日もいつも通り散歩してたのよ。そしたらヒトちゃん…ヒトデマンが、何かが変だって騒いだの。それで導く方についていったら、あんたが倒れていたのよ。最初、もう助からないと思ったわ。けれどまだ息があったから、持っていたものでどうにか処置をして、病院に運んだのよ」
何度も病院に行ったみたけれど、のことは絶対に教えてくれなかったこと。
のことを気に掛けていたこと。
薄暗い通路を進みながら、カスミは一息に言った。
そしてを横目で見て、口を噤む。
カツン、カツン。
沈黙する二人の間に、二人分の靴音が響く。
俯くの瞳に、光が入った。
顔を上げると、開かれた扉の先にライトを反射してきらきらと輝くプールが見える。
影の中、は足を止めた。
光から逃げるように、再び顔を俯かせて。
「…うまく言えないのですけど、あの、まず、ありがとうございます。応急処置が無かったら、私は助からなかった、ってジョーイさんがいってました。…それなのに私はカスミさんのことを疑ってしまった」
きゅ、とズボンを握り締める。
「ごめんなさい。あなたは命の恩人なのに、疑ったりしてごめんなさい!!」
叩きつけるような勢いで謝罪の言葉を口にし、深く頭を下げるに、カスミは無言のまま光の中へと進んだ。
そして振り向いて、口を開く。
「顔を上げなさい。疑ったって、何を?私に言えること?」
「…ごめんなさい、無理です。カスミさんに迷惑をかけたくない」
ならいいわ、聞かない。
カスミは笑いながら続けた。
「この話はここで終わり。あんたが元気になってここに来てくれたことだけで十分よ。あんたに事情があるのは分かってる。気にならないって言ったら嘘だけど、あんたがここに来た以上、私はジムリーダーであんたは挑戦者なのよ。ここでするべきは、おしゃべりじゃなくてバトル。異存は?」
そうだ、私は何をしに来た?
の意欲が削がれていることに気づきながらも、カスミはと戦うことを望んでくれた。
カスミは挑戦的な微笑を浮かべながら、青色のボールをへと掲げる。
返事をする代わりに、もまた腰から赤色のボールを取って掲げた。
「この子で勝負します。カスミさんには感謝してます。けど私、負けませんから!!」
ボールの中で揺れる、黄金色の髭。最弱といわれるポケモン。
――そうだ、勝つことに縛られなくてもいい。
要は負けなければいいのだ。
それなら、策はある。
光の中へ進みながら、はボールを握る手に力を込めた。
2009.06.19. up.