「ジョーイさん」
「はい?」

点滴が終わり、空になったパックを片付けていたジョーイは、の声に顔を上げた。
看護師や医師が病室にいる間、いつも背を向けて空を眺めているは、ジョーイが見つめる前で振り向き、ぽつりと零した。

握り締めた掌の中に灰色のバッチが入っていることを、彼女は知っている。

「まだ、あの子たちに会ってはいけませんか」

会いたい、と。
頬を伝う一筋の涙を拭おうとせず、会いたい、とは再び呟いた。










許可が下りたのは、それから一週間後。
抜糸も済み、病室から出ても良い程度に回復したは、未だ慣れない車椅子を動かして、どうにか中庭へと降り立った。
わずかに離れて見守るジョーイの他、人の姿は見えない。芝生の上を、車椅子が蛇行しながら進んでいく。


――病室を出るとき、差し出された手をやんわりと断って、は言った。

「お願いです。転んだりしない限り、私に手を貸さないでください。これは、私があの子たちに甘えてた結果なんです。私も強くならなくちゃいけない」

…あの男も言っていたんですけどね。甘いって。 自嘲の笑みを浮かべ、ハンドリムに手を伸ばした。

四肢に問題は無かったが、数ヶ月の病室暮らしの中で筋力が落ち、始めは歩くことさえ出来なかった。
そこでの希望でリハビリが始められていたが、その結果以前と同じように体を動かせるかどうかは誰にも分からない。

これ以上旅を続けるのは諦めた方が良い、と何度医師に言われたことか。 それでもは諦めようとしなかった。
「あの子たちがいるから」、そう何度も口にするに、『あの子たち』が保護しているポケモンのことだとジョーイが察したのはすぐだった。
出来ることなら、病院としても、今すぐにでも会わせてあげたい。 けれど二次感染を防ぐためには出来るだけ『異物』は除かなくてはならない。
そう説明し、少女もまた納得してそれからは一度も口にしなかったが、空を眺めては何かを思慮していた。





「ジョーイさん」

車椅子から降り、土の感触を確かめるように何度も踏みしめていたは、見守るジョーイに向かって頷いた。

「良いのね、さん」
「ええ。…ちょっと緊張してますけど」

伸ばされた小さな手に、3つのボールが置かれる。 瞬間、ぴくりと大きく肩を震わせたは、それからぎゅ、と胸にモンスターボールを抱いた。
しばらく抱きしめ続けていたが、やがて、小さく囁いた。

「…ただいま。会いたかった。ごめんね、ずっとボールに入れてて」

それから、一つ、一つ、ボタンを押した。

「出てきて。――…レン、ハク、リク」

何よりも愛しい名前を。
噛み締めるように、ゆっくり囁いて。






ボールから出るやいなやリクに飛びつかれて、受け止めきれずに芝生にダイブした。
小さな体を抱きしめ、浮かんだ涙を傷つけないようにそっと拭ってやる。

「大丈夫、私はここにいるよ」

額と額を当てて、安心させるように笑う。 それから座りなおし、頬に擦り寄るハクの頭をゆっくり撫で、その体を抱きしめる。
そして、

「レン。」

ボールから出たにも関わらず、遠巻きに見つめていたレンを呼ぶ。――座り込んだままがじっと見上げると、少し逡巡した後、近づいた。
それを見たリクとハクは、順番にに頬を撫でつけると、静かにふたりから離れた。

手を伸ばせば触れられる距離で、レンが立ち止まる。

「レン」

来て。もっと傍に。

「レンは分かってたんだね。私がみんなに甘えてたこと。だから、レンは私から離れようとしたんだね。ごめんね、気付けなくて。一緒に強くなるって何度も誓ったのに、私、レンに甘えてた。言われるまで、こんなことになるまで、気付こうとしなかった。みんなを傷つけた。ごめんね、ごめんね……」

縋りつくように抱きしめて、顔を押し付ける。
言葉が溢れ、幾筋もの涙がの頬を伝った。そして、レンの体を伝う。

レンが鳴く。

うん、と頷いて、小さく震える赤の体を一層強く抱きしめる。
絶対離させないと。

数ヶ月ぶりに感じた温もりは、どんな言葉よりもずっと暖かかった。

「もう一度、あなたに誓うよ。一緒に強くなることを。レンと、みんなと私、一緒に強くなる。そして、誰よりも強くなるんだ」

二度と傷つかないために、強くありたい。

 

2009.06.19. up.

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