ハナダ市民病院。
は、その内、特別病棟という所にいる。
壁にかけられたカレンダーは、11月を指している。
ベットから動けないを気遣って、ジョーイは毎日カレンダーの日付に印を残していく。
26日の所に赤色のペンで大きく×を印したジョーイは、己に背を向け、窓枠に手をやって空を眺めるを見つめた。
今は衣服に覆われて見えない身体には、痛々しい傷痕が残っている。
傷の大きさもあって、痕を消すことは出来なかった。
でも、とジョーイは呟く。
外から見える傷はまだいい。誰かが治してくれるかもしれない。でも、見えない傷は、自分にしか治せない。
外傷だけでなく、内傷が少女には深く刻まれている。――ジョーイは、この数ヶ月、の『本当』を見たことが無かった。
「おはようございます、さん。痛みはどうかしら。点滴はあと30分経ったら交換するわね。今日は……そうね、もうそろそろ説明が欲しいわよね。本当はまだ伝えてはいけないと言われているのだけど、貴方のことだもの、知りたいでしょう?」
「――はい。お願いします」
カーテンを脇にまとめ、窓を開ける。
鬱々とした病室内にからりとした風が吹き込み、少女の髪を揺らした。
「貴方の手術、私も立ち会ったわ。…右肩から左腰までの大きな傷、ポケモンの『きりさく』ね。それも相当鋭い爪よ」
「……」
「でもね、私が気になったのは別のところよ。薄くはなっていたけれど…貴方の背中には、もう一つ傷があったわ」
「……それが?」
言いよどんだジョーイに振り向き、うっそりと微笑んで続きを促す。
その瞳は、深海のような静けさを湛えていた。
見掛けは、少女と称するよりもっと幼いのに。ジョーイは、己の年齢の半分にも満たないだろう少女に自分がのまれているのを自覚し、内心で舌打ちした。
「私は、二つの傷が同じポケモンによって付けられたものと判断したわ。傷の幅もその癖も同じ。違うのは、その攻撃の目的」
「攻撃の…目的?」
私はトレーナーでも研究者でもないから、詳しく言えないけれど。
そう前置きして、ジョーイは続ける。
「一つ目は、野生ポケモンのそれと変わらないわ。テリトリーに入った異物への威嚇。きっと放し飼いに近い状態だったのね。二つ目は、明らかにトレーナーの指示に従ったもの。幸いにも内臓には至らなかったけれど、どちらにしても危険すぎる攻撃よ」
「…そう、ですね。私もそう思います。一つ目と、二つ目の傷は、同じポケモンによるもの。そして…私は、二つ目の傷を私に負わせたポケモンを見ています」
「これは貴方の手に負える問題じゃないわ。いいえ、大人だろうと、誰の手にも負えない、一人ではね」
「私も、そう思います。――お手数掛けますが、警察の方を呼んでください」
心と記憶の整理はつきましたから、もう大丈夫です、と。微かに笑った少女に、この子を見舞いに来る者が一人もいないのはどうして、と唐突に思った。
特別病棟の病室には備え付けの電話がある。それなのに、この少女は、一度も使おうともしなかった。
一日中、ただ空を眺めて。
「――それで、男の容姿は?」
「暗くて良くは見えませんでした。全身を黒い服で覆っているのは分かりましたけど」
目を背けている間にも、世界は着々と進んでいた。
始めに渡された数紙の新聞に視線を走らせる。一面の片隅に小さく書かれた、同じような事件。いずれもこう締めくくられている。
『この事件は不可解な点が多く見られ、早急な解明が求められる。』
「単刀直入に言うわ。私は貴方を襲ったサンドパンの使い手を捜しているの。これらの事件の被害者には全て同じ傷跡があったわ。
サンドパンの爪跡よ。…貴方以外、全員助からなかった。助けられなかった。けれど、これ以上被害者を出させるわけにはいかない」
そのために、唯一の生き残りの貴方に協力して欲しいの。
有無を言わせぬ迫力を込めたジュンサーの言葉が、に重く響いた。
数時間後、全てを終え、書類を鞄にしまい始めたジュンサーを、は無表情で眺めていた。
「……貴方は、誰ですか」
ぽろ、と無意識に落ちた呟き。不思議なことに、言ってから気付いた。どことは分からないが、彼女は確実に何かが違う。
その声に顔を上げたジュンサーが、しばらくして、くすり、と笑った。
「貴方がもっと強くなったなら、私達の存在を知ることもあるでしょう。……ジュンサーは、ジュンサーなんだけどね。それから貴方、」
自分が悔しいのなら、もっと強くなりなさい。そう言い捨てて、彼女はの視界から消えた。
――これから幾度となく関わることになる“彼女”に初めて出会ったのは、この日であった。
2009.06.19. up.
2012.02.23. 改