トキワの森、奥深く。
結局、野宿をしたとレンは、遠くで騒ぐポッポの声に目を覚ました。

「ふぁ…おはよう、レン」
「カゲ…」

頭の下に枕代わりに置いていたリュックから缶詰を取り出す。
腹が減ってはバトルは出来ぬ。何はともあれ、とりあえず朝ごはんにしよう。










「んで、北がこっちでしょ。ということは、」

ニビはあっちかな、とトキワの森でもらった地図から顔を上げる。
まっすぐ歩こうにも、同じような木ばかりで、本当にまっすぐ歩いているのかさえ分からなくなる。

昨日は、逃げる電気ねずみを追っかけていたらいつの間にか森の奥に来てしまったらしかった。 道を戻ろうにもただでさえトキワの森は暗いというのに日の光も翳り始め、仕方なしに野宿を決意。 呆れたように見上げるレンに軽くやつあたりして、ふかふかの葉のベッドで寝たはいいけれど。
だがしかし。制止も聞かずに飛び出していったのはレンの方だったよーな…。なんて思っても言わない。

「残りはピカチュウだけなんだけどなー…。レン、」

川にかかった橋代わりの倒木を渡った所で、振り向く。水が怖いのだろう、恐る恐る倒木を渡る彼に、大丈夫、落ち着いて、ゆっくりね、と安心させるように笑いかけ、万が一滑り落ちた時のために手を伸ばす。
怖いならこの場だけでもモンスターボールに入ればいいのに、なぜかかたくなに拒否するのだ。ポケモン事情はよく分からない。

ザザザ……

「ん?」

波の音が、少し大きくなったような気がしたのだが。
レンに手を伸ばしながら水面に視線を走らすが、特に変わった様子は無い。

……気のせいかな?

レンは、未だにじりじりと橋の上を進んでいる。
あと少しで手が届く。

ザザザ…

ザバッ!!!

「!?」

水音が大きくなった、その瞬間、木が飛んだ。下から何かにぶつかったような勢いだった。
その上に乗っていた赤く小さな体はなす術もなく弾き飛ぶ。落ちる先は、川、

「カゲッ!?」
「レン!!」

宙に飛ばされたレンに限界まで手を伸ばして、一瞬手に感じた温かみを胸に引き寄せ、地面を蹴る反動で後ろへ体を引く。
そのまま勢いで地面を一回転し、膝をついたは顔を上げ、――呆然とした。

「……ぇ、ミニリュウ!?」

そんな、こんなところに…トキワの森にいるはずが無い。
だが、確かに、白く美しい体を伸ばし、ミニリュウが波を荒立て空中に浮いている。

一拍置いて勢いよく水面に落ちた木に、飛沫が全身を濡らした。 胸の中の大切なパートナーにかからないように、慌てて力を入れて抱きしめる。

「リュー!!」
「…ッ!レン、行ける!?」
「カゲ!」

威嚇するかのように鳴くミニリュウを見据えながら、胸に抱くレンに確認する。
それに威勢よく答え、レンは腕から飛び出し地面に立った。水に対する恐れで小さく燻っていた炎が、敵を前にして大きく燃え上がる。

「行くよ!…レン、『にらみつける』!!」
「カゲェ!!」

ピク、と小さく身じろぎをしたミニリュウに、効果あり、と呟き次の指示を出す。

「『ひのこ』!」
「カゲッ!!」

口から勢いよく火を噴くレンだが、ミニリュウはふわ、と浮き上がって攻撃を避ける。

……どうする?
ミニリュウが川の上にいる限り、レンが接近戦をすることは出来ない。 飛べないレンが水に飛び込むのは自殺行為だ。
かといって、このまま火を噴き続けても、きっと体力がなくなるのはレンが先。

「……」

次の一手が思いつかない。汗が頬を流れる。
しかしいつまでも出ない次の指示に、どうする?と横目で見上げたレンに、は、と無意識に沈んでいた思考が浮かび上がった。

私を信じて戦ってくれるレンを一瞬でも信じられないなんて…私、早くもトレーナー失格だ。
けれど自己嫌悪に浸る暇は無い。レンは私を信じてる、私もレンを信じている。まず状況を見直そう、突破口はきっとある。

「……!レン、地面に向かって火の粉!!」
「カゲッ!」

ミニリュウに向けていた炎を、地面に向け噴く。

「リュ?」
「…見てろよ、ミニリュウ」

突然終わった攻撃に首を傾けるミニリュウに、口角を上げる。

「カゲェ…カゲェ―――!!」

ごう、と勢いよく噴かれる炎に、次第に熱された水が気体へと変わる。

「人工『しろいきり』……、なんてね」

この場合、『人』工でなくポケモンだが。勿論効果は何もない。あるのは白い水蒸気だけだ。

もくもくとあがる白い煙に、一面が靄に包まれる。
ミニリュウの姿が見えなくなるが、それはあちらにとっても同様のようだ。戸惑いの声がひっきり無しに聞こえる。

「レン、正面、少し上の方向に『ひのこ』。次は尻尾の炎でね。色々な方向から。出来るよね?」
「カゲ!」

の囁いた声に当然だ、とばかりに頷く。
ボシュ、ボシュ!と続けて炎の塊を発射する音。 その内何発か当たったのだろう、痛みに呻くミニリュウの鳴き声。この調子ならきっとすぐに、

――来た!

「レン、『リフレクター』!」

霧が薄れ、視界が効くようになったレンの目の前に、白い尾が迫った。
レンが張ったリフレクターに弾かれ隙が出来たそれに爪を伸ばす。

「リュ!」

そうはさせない、と身を翻したミニリュウに、

「レン、『ひのこ』!!」

パンッ!!
しかし見えない壁に阻まれる。

「わ…っと、『ひかりのかべ』か、凄いね!」

思わず感嘆する。
――それでも、ミニリュウは今大地の上に浮いているのだ。 接近戦なら、勝負に持ち込める。
にやり、と評するのが相応しい笑みを浮かべて、は指示を出す。

「レン、『ひっかく』!」

だんっ!と勢いよく地面を飛んだレンの攻撃を避け、ミニリュウはその長い尾でレンに巻きつく。
そのままぎゅ、と締め付けを強くするのに、レンは苦しげに声を震わせた。

「あぁ、レン!!――…なんてね。レン、最大火力で『ひのこ』だ!!」










「…まさか、オーキド博士のとこにいたメノクラゲに巻きつかれ慣れた経験がここで身を結ぶなんてね」
「カゲ」
「いやいや、渾身の演技だったよ。だってあんな声出されたら、一瞬でも力弱めちゃうもんね。…だから炎を出せたんだけど」

モンスターボールを手の中でくるくると回しながら、座り込んだ背中を木に預け、左手で不機嫌そうにそっぽ向くレンの頭を撫でる。

「ありがとう。レンを信じたから、この作戦をやる気になったんだよ」

そう囁けば、そっぽ向きながらも凭れかかってレンを、わしゃわしゃと撫で回す。

研究所にいたポケモンの中では、トップレベルの実力と潜在能力の持ち主だったレン。
博士が特別に研究していたポケモンの一匹であるだけあって、小さな体から想像できない程の威力の技とスピードが出せる。 しかし、あのミニリュウとのレベル差は明らかで、スピードでは一歩及ばないと思われた。しかも環境も悪い。

そこで考えた作戦はこうだ。
水溜りを作るほどの盛大な水飛沫を熱して、水蒸気の霧を作り出す。 見えないところから繰り出される攻撃に焦れて近付き尾で攻撃してくるミニリュウに、わざを隙を作って、『まきつく』をさせる。そこを超至近距離で最大火力の炎を浴びせる。

一つでも失敗していたら勝てなかっただろうバトルに、それでも成功したのはがレンを信じて、少しでも成功率を上げるためギリギリの選択をしたからだ。

「レンだから、出来ると思ったんだよ」

ぎゅ、と音を立てて胸に抱きしめると、大人しく体を預けてくる小さな体に嬉しくなる。

「と…、ちょっとごめんね、レン」

抱きしめた際に手から転がり落ちたモンスターボールが足に当たり、その存在を思い出す。
はレンをそっと地面に下ろすと、ボールのボタンを押した。

「おいで、ミニリュウ」

リュ、と響く澄んだ声に、白く輝く姿に、ほぅ、と溜息が落ちる。
トレーナーならば誰もが欲しがるというのも頷ける、美しく強いドラゴン。

「きみは、どうしてここにいるの?自分で来たの?」
「リュ…」

問いかけに、小さく首を振る。
分からない、という意味か、ここで生まれた、という意味か。

「私の言っていること、理解出来てるね?…じゃあ、トレーナーに…捨てられた、とか?」

首を横に振る。

「じゃあ、ここで生まれたの?」
「リュ」

今度は頷く。

「お母さんや、お父さんは?」

今度はただ見つめるだけ。
もういない、と言うのだろうか。

「リュ」

レンを抱えて地面を転がった時に出来た右腕の擦り傷に、ミニリュウが顔をすりつける。
申し訳無く思っているようだ。

「ん?大丈夫だよ、痛くない」

薄く血が滲んでいるが、そう大きな傷では無い。
後で消毒しなきゃな、と思いながら、右手で頭を撫でてやる。

「そっか…。もしかして、この場所は君のテリトリーだったのかな。他のポケモンを見ないもの。勝手に入ってきた私たちに、びっくりして攻撃しちゃったんだね」

はじめのあれは、『りゅうのいかり』かな。
そう問うが、首を傾けるだけで、返事はない。

ミニリュウが覚える中で、あの木を持ち上げるだけの威力の技は他に思いつかないのだが。

「そりゃそうか、技の名前なんて、人間が後からつけてるもんね。それで、君は、これからどうするの?」
「リュ?」

こてん、と先ほどとは反対方向に首を傾けた。大きくてくりんとした目がじっとを見つめる。
……ああぁあ駄目だ可愛いっ。レンも可愛いけどこの子もまた違った可愛さだなぁ。いやいやレンも可愛いけど!親馬鹿でほんとごめん、ごめんなさい!!
――内心悶えながら、表情はきりっと真剣に振舞う。

「捕獲したポケモンはデータを取ったら野生にかえすんだけど…もし今後、きみがここにいるって“良くない人間”に知られるようなことになれば、大変なことになる」

トキワの森は神秘的な場所だ。常緑の木々で覆われた大地は、ポケモンにとっても住みやすく、野生ポケモンの宝庫となっている。
それでもハンターに狙われていないのは、これまで珍しいポケモンが見つかっていないためである。そんなはずはない、森がポケモンを護っているから見つからないのだと噂にはなっているが、これまで密猟が問題になったことは無い。
もし、誰かが生態系を崩して、希少ポケモンの繁殖の地としたならば、トキワの森は優れた養成所になってしまうだろう、とはオーキド博士の弁。

「だから…あぁもう、まどろっこしいな。だからね、」

密猟されてしまうから、とか、他のポケモンに影響が出るから手元にいてほしい、なんて思ってやしない。
出会った瞬間に魅せられたのだ。ずっと傍にいたい、いてほしい、一緒に戦いたい、なんて、つまり、これは

「一緒に、行きませんか」

仲間になってほしいのだ。






「んー…どうかな、なんて名前が良いかな」
「カゲー…」
「リュ?」

腕を組んで考え込むを、それを真似して短い腕をちょっとだけ交差させ目を瞑るレンの隣で、ミニリュウはふわふわと空中に浮かんでいる。

「ずっと思ったんだけどさ。きみ、他のミニリュウより体が白いよね。水色というか、空色というか…。ううん、とっても綺麗だよ。私の好きな色」

変?と首を傾けるミニリュウに、慌てて言い加える。
文献で見た群青色のミニリュウも確かに美しかったけれど、それより薄く淡い目の前のミニリュウの体の色は、とても美しいと思う。

マサラタウンに流れる風の色のようだ。

「じゃあ…ハク。ハク、はどうかな?」
「リュ!!」

その名前を気に入ってくれたのだろう、の頬に顔を撫でつけ、そして空に翔け、くるくると舞う。

「これからもよろしくね、ハク!!」

 

2009.06.19. up.
2012.03.18.改

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