球技系なんて取るんじゃなかった。
2時間目は体育で、座学より実技の方が単位が取りやすいという噂を真に受けたわたしは、週に2つ取らなければならない体育を2つとも実技にした。
一個は陸上系で、ただグラウンドを回っていれば評価される。
体力にはそこそこの自信があるし、男子の目を気にしないわたしには楽勝授業だ。
もう一個は球技系で、体育館でボールを扱うスポーツ広く取り扱う。
今日の種目はドッジボール。
ネットの向こうでは男子がありえないくらいに盛り上がっているけど、ネットのこっちでは単位さえもらえればいい女子がドッジボールのコートの隅で固まって何かやってる。
ものすごくぶつけやすいけど、ぶつけたらハブられるどころじゃない。女ってめんどくさい。
ドッジは5秒以上ボールを持っていてはいけないルールなのだが、たまにしかボールは移動しない。
毎回こんなもんだ。
先生もとうの昔に諦めてて、なんも口出さない。
それでも単位だけはちゃんとあげちゃうから、取りやすいって言われる。
知ってれば違う授業を取ったのに。単位が取りやすい授業と、時間の無駄の授業は違うのだ。まだ男子に混じってやった方がマシ。嫌がられるだろうから入らないけど。
「せんせー、あっちで練習してていいですかー?」
「おー。5分前になったら戻ってこいよ」
ってことで、今日も今日とて友達をひっぱって体育館のピロティーでパス練習することにする。
サボらないあたりまじめなんだよね、これでも。だから先生も見逃してくれるわけですが。
胸の位置から押し出すチェストパス、肩から出すショルダーパス。……あれ、これバスケじゃないか?
でも、ドッジボール特有の投げ方は知らないから、一通り知っている投げ方をこなして時間をつぶすことにする。ついでに使用するボールはバレーボール。カオスだ。
「今日も格好良かったなー…あれだね、クールビューティってやつだね」
「またシルバーくんの話?あんた、本当好きだよね。いい加減、声掛けてみたら?」
それ、朝あいつにも言われた。
嫌が応にも思い出された記憶に苦虫を噛み潰したような顔でそう返すと、なに、惚気?と友が半眼になる。
惚気って、何語?
「あんたねぇ、『あいつ』って呼べる女が、何人いると思うのよ」
「ゴールドのことを?呼べばいいじゃん。絶対キレないよ、あいつ」
「だからねぇ…」
まぁ、あんたにはいくら説明したって理解できないよね。
一人で納得したらしい友にどういう意味よと問い返すが、鼻で笑われるだけ。完全に子ども扱いされてる。
今フフンとか言ってる友・ヒイラギアカネは女のわたしから見てもすごい美人で、中等部の時から兎に角有名だった。
初めて見た時には顎外れんじゃないかと思ったもんだ。びっくりしすぎて。今でも女神だよ。外見だけは。
中身は、色々あって知ってしまったわたし以外には、この学園の誰にもバレてないハズだ。
わたしだって正直知りたくなかったけど(夢は夢のままでいたかった)、きゃっきゃしてるいかにもな女の子が苦手だったから、サバサバした彼女と友達になれたのはありがたくはある。
まぁ、キッカケはなんだって、クラスは一度も重なったことがないのに、今までずっとつるんでるわけですが。寮部屋も一緒だし。
ただしご多分に漏れず、手紙の取り次ぎだとか告白の取次ぎなんだかと、悲しい理由で男子と関わることにはなった。
その中には当時気になってた男子もいた。呼び止められて、頬を少し赤くした彼にもしかしてと胸を高鳴らした瞬間、アカネの好きなタイプを聞かれたりとか。
わたしに近づいてくる男子のほとんどは、アカネしか見てないのだ。つまりダシに使われているわけですよ。
もう恋なんてしないと何度思ったことか。
ちくしょう、と強めにパスを出すと、それ以上に返ってくる。
いった、手赤いんスけど!これ女が出していい威力?誰だよこいつをお嬢さまとか言ったやつ。完璧ヤがつく職業のお嬢か姐さんじゃねえか。
けどなぁ。しかたないよなぁ。
バレーボールを両手で掴む彼女と、ボールを押し出す度にたわわに揺れる胸を見てると、憎たらしく思う気持ちは全く無くなって、むしろ感動してくる。
自分が男だったら間違いなくアタックするね。告白して玉砕しても、「ごめんね。でも気持ちは嬉しい」なんて言われたらもう天に召されてもいいって思うよね。やっぱ女神だわ。
まぁ、中にはわたしをダシにしようとしない男子も極わずかにいるわけなんですが。
「――お、じゃねえか。堂々とサボりかよ」
そうそうコイツもその一人だ。
とぼんやりと振り向くと、両手にえらい量のプリントを持ったゴールドがいた。
思わずうげえ、と顔を歪ませる。
「うわ、ひっでえ顔!」
「なんでここにいんの。あんたこそ授業は?」
「先生に頼まれてさ、これ届けなきゃなんねえの。別にお前に会いに来たわけじゃねえよ」
「なにそれ気持ち悪い」
ゴールドが持つプリントを一枚めくり取ると、そこには『体育祭のお知らせ』の文字。
あぁ、そういえば体育祭は、体育科が主催だったか。この体育棟の三階には、体育科準備室もある。
先生は自分の専門によって、専門コースとは別に、すべてのコースにまたがる『科』に所属しているのだが、その内の一つが体育科である。
メンバーは多いけど、有名どころはあの人だ。トレーナー科の顧問もやってるオレンジ髪のワタル先生。
最近露出が増えた。
いや、体的な意味じゃなくて、メディア的な意味で。
「んで、パシられているわけですか。へーほー」
「…一度あの人の『はかいこうせん』食らってから言えよ」
あんなの、人に向けて打つようなものじゃない。
一度あの人の授業で見たことがあるから分かる。威力を抑えることで精度を増したとか言ってたけど、横で見てるだけで腰抜けたものだ。
だからって脅しに屈してパシられますか。
だっさーと笑うと、ゴールドはまるで痛みを耐えるように目を瞑った。
「…え、真面目に?」
「真面目に。んでさ、ちょっと手伝ってくんねえ?」
「なにを」
「この量を3階まで運べるわけねえだろ。少し持ってくれ」
「はぁ?なんでわたしが」
「サボりよりずっと有意義じゃねえか。…そうだな、手伝ってくれたら学食の一日10個限定おばちゃんの手作りプリンを進呈する。どうだ?」
おばちゃんの手作りプリンはちょっとやそっとじゃ手に入れられないプリンだ。
濃厚かつなめらかで、手作りだからと舐めてかかると後悔する。
まあ、舐めてかかったのは私なんだけど。
くじ引きで偶然当てて初めて食べた日には、なんでくじ引きしてやったのにプリンなんか当たるかなと生意気言ったくせに、口に入れた瞬間ほろりと涙が出た。
でも、それからはどうやっても手に入れられなく、臍を噛んでいた、
「おばちゃんの手作りプリン!?…で、でもさ、」
「いいじゃない、手伝ってあげたら?先生には言っておいてあげるから」
うわごめん、一瞬忘れてた。
振り向くと、にこりと女神スマイルを浮かべた友がますます笑みを深めた。オーラ半端ない。
こりゃあゴールドも一発でオチるわ。さあ、どういう面白い反応するかな、こいつ。
「ゴールドくん、よね?」
「?そうッスけど。……なあ、誰だよ?」
前半、何でもないように肯定して。
後半、わたしの耳に口を寄せて、戸惑うように囁いた。
「…はぁ!?あんた知らないの!?逆に引くわ!」
「そんなん言われてもよ…わり、のダチ?」
「そう。とは中等部からの仲なの。トレーナー科のヒイラギよ。よろしくね」
「あんたはオレのこと知ってるみたいだけど、ゴールド。よろしくッス」
アカネが手を出すと、自然な流れでゴールドが手を握る。
慣れてるなー、ふたりとも。へっ、映画のワンシーンみたいだなんて思ってやしませんよ。
「、3時間目は休講だからね。じゃあ」
「おー、後でね。ありがと。先生によろしく」
そう言って、アカネはひらりと身を翻して体育館の中に入っていった。
あの先生はアカネに弱いから、きっと『始めから最後まで参加していた』ってことになることだろう。
ゴールドの持つプリントを半分ほど持とうとすると、取りすぎ、と、取り上げられ、そのまた半分…四分の一位を渡される。おお。
わたしじゃなかったら一発で落ちてるわ、と上から目線で評価する。そうですよ。正直言うとちょっときゅんとしましたよ。これがゴールドじゃなかったらなぁ。
「ヒイラギ?…聞いたことあるような無いような」
「あんたってさ、男友達いないの?……いないわけないよね」
コイツはクラスの中心にいつもいるのだ、男友達がいないわけない。
そこでアカネのことが一度も話題にあがらないわけない。
本気で思い出せないなら、こいつにとって、その話題が心底どうでもよかったことなのだ。
「美人っしょ」
「あー…まあ、そうじゃねえの?」
「うわ、反応うすっ!てかなんで知らないの?中等部の時から、結構クラスに来てたんだけど。放課後とか」
「放課後は部活あるからな」
トレーナー部。
あんまり噂の類には興味持てないわたしでも、それなりに知ってる。たぶん、全校生徒で知らない人はいない。それがトレーナー部。
ゴールドは超難関な入部テストに一発合格した。それに、シルバーくんも部員。
実力者ばかりなのに綺麗どころが揃っているから、そっちでも人気がある。
わたしもゴールドのセンスは認めてる。座学では負ける気ないけど、バトルでは10回に1回勝てるかどうかだって怪しいもんだ。
「それで、どうよ?」
「何が?」
「惚れた?」
「は!?」
誰に、って、アカネ以外に誰かいんの?
「お前なんぞにうちの娘はやらんからな!」