「あ、ちょっと待って」
トレーを持ち上げると、がふと気づいたように声を上げた。
「しっだん、プリーズ」
し…?
ああ、座れってか。ちょいちょいと椅子を指差すにやっと理解する。『Shit down, please.』くらいまともに言ってくれ。
腰を下ろすと、掠めるようにがトレーを掴み、返しに行った…ところでちょうどゴミを回収しにきていた先ほどの店員に出会い、何故かお互いに頭を下げている。
結局トレーを店員に預けて戻り、親切な人だった!と目を輝かせて伝える。
ちょっと高い旅館でも連れていったら、感動して死ぬんじゃないだろうか。割と本気で思う。今度連れていってみるか。
「お待たせっ!それでね、マフラーを巻いてあげたくて」
「マフラー?」
「気になってたんだ。ゴールドの巻き方、隙間から風入ってくるでしょ?」
思い当たる節はある。
手に持っていたマフラーを見下ろす。かなり長めのそれは、今までぐるぐると適当に巻く以外してなかったが。
「まずね、首の周りに巻くの。それで、その短い方を輪っかにして、折り返して、えっと、」
「……、任せたぜ」
「あいや任された。ちょっと我慢してねー…」
しばらく奮闘してみたが、やるのと正面から見るのとでは違うことに気づいたにも関わらずそのまま突き進む要領の得ない説明に降参をアピールすると、は立ち上がってテーブルの周りを回り、オレの背中から手を伸ばしてマフラーの端を掴み、器用に結び始めた。
「…出来た。どうよ?」
「そうだな、とりあえず店出ようぜ」
ふぅ、と流れてもない汗を拭ってしたり顔するの手を引く。
お昼時の店内の空気をカオスな方向にもっていった張本人は、え、なんで、あったかくない?と引っ張られながら慌てる。違うから黙れ、な?
「ありがとーございましたー」
またお越しくださいませー、と心にも無い言葉を背後に受けながら、店の外に出る。
「、ゴールド!」
「なんだよ。…悪くねぇな、これ。あったけえ。後で巻き方教えてくれよ」
「あ、どうも。それはもちろん。って…怒ってる、よね。わたしまた何か、」
やらかしたよね。しゅんとうな垂れる。
垂れ下がった犬耳が見えるあたり、オレも病気かもしれない。
「怒ってねえよ。バカップルって思われただけだろ。他の客の手を止めちまったから出ただけだ。オレにも原因あるし、そもそもなんも思っちゃいねえしよ」
「バカップル…?は!?うわ、申し訳ない」
「だからなんとも思ってねえって」
「…だって、ゴールドはあたしのこと、…うわー!ごめん、どうしよ、お店戻ってそんなんじゃないですって言ってくる!」
だから止めろって。
手を離せば今すぐにでも引き返しそうなの腕を少し強引に引き寄せ、店から離れる方向に歩く。
アホの癖に変に自虐が入ってて、めんどくさいやつ。けど見捨てる気にはならないから不思議なもんだよな。あれか。馬鹿な子ほどカワイイってやつか。
「どうせ二度と会わねえだろ。あんたも気にすんな」
「でも…、おねぇが言ってたよ。バカップルはね、別れたとき嫁の貰い手がないよって。だからバカップルにはなっちゃいけないって」
血のつながりを疑い得ないアホ姉妹。
別れたカップルが全員行き遅れたら世の中どうなるか想像してみれば、それが本当かどうか分かるもんだろ。
けどよ…ま、
「あんたを好き好んで嫁に貰いたがるような物好きな男はまずいねえだろな。ご愁傷サマ、一人寂しい人生歩んでくれ」
「ひどっ!あたしだってねぇ、声掛けてくれる男の人の一人や二人っ、」
「負け惜しみ乙」
負け惜しみじゃない!とぎゃんぎゃん騒ぐには色気の欠片もない。
ったく、オレは保護者じゃねえんだよ。
こういう話題になったら、普通隣にいる男とのことを想像してみたりするもんだろ。
それには咄嗟に嘘をつけるやつじゃない。
お互いそういう話が有り得ない年齢でもない。
その言葉に焦らなかったっていったら、嘘になる。
今の今までが他の男のところにいくなんて考えもしなかった。アホはオレの方だったのか。けど今更改まって、なんて…無理だな。恥ずかしさで死ねる。
「しゃーねえから、オレが貰ってやるよ」
「何を?」
「あんたを」
「あたしは物じゃっ、………………それって、プロポーズ?」
…今の間はなんだ。
プロポーズ以外に聞こえたら、どう聞こえたか五十文字以内で説明してみろ。
ちなみに九割以下は採点不可。試験の常識だよな?って、この態度がいけねえのか。けど染み付いたもんはそう簡単に変えられねえ。
「だったら、どうすんだ」
あう、とかなんとか言葉にならない言葉をもごもごと口にするに、じれったくなる。
馬鹿正直に赤くなった頬と耳を見りゃあ、返事は聞いたも同然。けどの場合、言葉は無くとも通じ合える、が通用しない。あとで不安になって、一人で抱え込む。…ちゃんと言わせてやるか。
「あのよ、一回しか言わねえからな」
振り向いて、手を握る。少し屈んで、瞳を覗き込む。
……オレにここまでさせといて、逃げるなんて認めねえよ。
「オレは、あんた以外考えられねえ。結婚してくれ」
「……えっと、ですね」
道のど真ん中で繰り広げたそれに、ちらちらと通行人の視線を感じる。
なに、ドラマの撮影?なんて声も小さく聞こえるけれど、テイク2が出来るならここまで緊張しねえ。
「ちょっと考、」
「返事は?」
「えぇ!?……ふ、」
「不束者ですが、よろしくお願いします……」