Lucid Dream




「今日も来たみたいだね、あの子!」
「えぇ。報告は受けています。このペースだと、おそらく30分ほどで21両目にいらっしゃるでしょう」
「“どっち”だった?」

「“あちら”でしたよ」










彼女が初めてバトルサブウェイを訪れたのは、もう何年も前になります。
その頃の彼女は、平凡の域を越えないトレーナーの一人でした。廃人ばかりのサブウェイ利用者と比べるならば、その実力は、失礼ながら平均の下の下と評されるものでした。 記録ではジャノビーやシママを連れていましたから、おそらくライモンジムに挑戦するついでにいらっしゃったのでしょう。
しかし確固たるバトルスタイルを築けていないトレーナーには、ノーマルトレインですら連勝は難しいもの。事実、この時彼女は一周目で降りています。直接戦ってはおりませんので記憶にありませんが、乗車記録にはそう残っています。


二度目は、それから半年後でしたでしょうか。
その時連れていたのは、ジャローダにワルビアル、そしてヒヒダルマでした。一度目の挑戦を覚えていないわたくしは、そのジャローダがかつてのジャノビーであることを全く知らずにいましたが、彼女は何度目かの挑戦の後、見事にわたくしを倒しました。それから数日して、今度はダブルでもスーパートレインに乗車する資格を得ました。
その後何度かスーパーに乗車していますが、しかし突然、姿を見せなくなりました。おそらくノーマルとスーパーの差に絶望し、諦めてしまったのでしょう。バトルサブウェイではよくあることでしたので、わたくしもクダリも、特に気に留めませんでした。


それから再び月日が経ち、彼女の存在をすっかり忘れてしまった頃、三度目を迎えました。
まず驚いたことは、連れているメンバーにイッシュのポケモンが一匹も含まれていないことでした。二度目までは確かにイッシュのポケモンを連れていたというのに、その姿はどこにもありませんでした。
かわってパーティにいるのは、ガブリアスやゴウカザル、ドータクンという、主にシンオウ地方に生息するポケモンばかり。しかも明らかに調整された育てられ方をしています。
難なくノーマルシングル、そしてノーマルダブルを攻略した彼女の戦い振りは、以前とはまるで違ったものでありました。

その頃には、わたくしもクダリも、彼女には一定の関心を持っていました。
バトルサブウェイにおいては他地方のポケモンは珍しくないとはいえ、彼女の連れるポケモンはどれも高種族値のものばかり。一廃人として、興味が湧かないはずがありませんでした。

駅員の中には、話し掛ける者もいたといいます。上に立つ者として叱りはしましたが、しかしいきなり変わってしまった彼女の人となりが気になるのも事実。
それとなく尋ねますと、彼女が返事することはまず無いという、衝撃の事実が待っていました。あったとしても、はい、かいいえ、ぐらいの短いもの。無口か、極度の人見知りなのでしょうか。
たしかにここに訪れるお客様の中には、日常生活が怪しまれるほどバトルに狂った方もいらっしゃいます。そして、わたくしもクダリや気の知れた部下以外には気安い会話というものが出来ない性格ではありますが、しかし日常会話はできます。彼女はどうやって生きているのでしょうか。余計な世話だと思いながらも、少し心配になりました。

彼女は毎日のようにスーパートレインに乗車します。それも決まった時間に乗車するのではなく、一日に一度だけ挑戦することもあれば、数えきれないほど挑戦することもありました。働いているようにも見えなかったので、学生なのでしょうか。たしかにライモンシティには大学があります。しかしいくらなんでも、これほど乗車なさるのはおかしいのではないでしょうか。日によっては、そのくらい乗車なさいます。そして、その度に途中下車します。


「今日はどうだった?」
「33戦目で、途中下車です。惜しかったですね、2連続で急所に当たらなければ、勝っていたのですが」
「そっかぁ。でも昨日よりも伸びてる。昨日は一昨日より伸びてた。明日が楽しみ!」
「えぇ、楽しみです」


しかし、彼女が49両目に乗車なさることは、最後までありませんでした。




そんな彼女がノーマルシングルのホームに姿を見せたと受付係の駅員から報告を受け、少し落胆しました。
しかし20連勝することは確実。いつでも行けるようにと準備をしていると、隣でクダリが呟きました。


「諦めちゃったのかな」
「どうでしょうか。バトルすれば分かります」
「ノボリ、負けるだろうね」
「えぇ、負けるでしょうね」


ノーマル用のポケモンでは、彼女のポケモンに勝てるわけがないのです。
それは彼女も分かっているでしょうに、何故、今になってノーマルに挑んだのか。


「…最近、強い挑戦者来ないね」
「…そうですね」
「ぼく、あの子は強くなって、スーパーでぼくと戦ってくれるって思ってた」
「それはわたくしだって…。しかし、こればかりは、努力ではどうにもならないものですから」
「うん…」


そして、お客様を非難するという、サブウェイマスターとして決してしてはならないことを、失望と苛立ちのままにしてしまったわたくしに対し。
今まで無口だと思われていた彼女が、口を開いて発した言葉に。

色々な意味で、雷が落ちました。











駅員のほとんどは、彼女を二重人格者だと思っています。人見知りの激しい人格と、そうでない気安い人格があるのだと。
しかしそれは違う。正しくは、もう一人の人格が異世界から渡ってきているのです。そして、更に驚くことに、渡っていない彼女は、ただの“データ”でしかないのです。

この世界はゲームの一つに過ぎないのだと、彼女は言いました。
タチの悪い冗談かと思いもしましたが、あれほど問い詰めて吐かせたものですから、真実のことばでしょう。
しかし、わたくしは生きております。仮にこの世界がゲームの中だとしても、わたくしがゲームの一キャラクターに過ぎないのだとしても、こうして生きているのですから瑣末な問題です。

先程、もう一つの人格が異世界から渡ってきていると申しました。
その区別は、ボールカプセルの有無によって分かります。異世界の彼女はボールカプセルを愛好しており、この世界に来るとまずボールカプセルを装着します。 ですからボールカプセルの有無で“どちら”の彼女かが分かりますので、わたくしはまず初めにモンスターボールを確認することにしております。クダリはまた別の方法で見分けているようですが、あいにくとわたくしはクダリのような野生的な勘は持ち合わせておりませんので。

ボールカプセルが一般的でなかったときは、口を開かない限り、見た目では分かりませんでした。
開けば開いたで、そこから飛び出すのはとても女性とは思えない廃人用語のオンパレード。事実、これまで彼女に女性らしさを見出せたことは一度もありません。


「えー、、甘いもの好きだよ?最近はモンブランがブームなんだって。根っこは普通の女の子だよ」
「その堂々とサボリを報告する神経は見上げたものですね、クダリ」
「違うよ!前の代休の日に一緒にお茶して聞いた!」
「…は?どういうことです」
「ノボリは知らないだろうけど、ライモンに新しいケーキ屋さんが出来た。二人で行くと安くなるキャンペーンしてたから、二人で行った」
「…その二人というのは」
「えへへ、カップル割引だってー。も満更でないって顔してた」
「良いでしょう、今すぐ首を出しなさい。ちょん切って差し上げます」
「ひどい!!」


わたくしの言葉がどこかの琴線に触れたのか、それともご自身で吹っ切れたのか、三度目以降の彼女は良く言えばトリッキー、正しく言えばネタに走ったパーティで、わたくし共を翻弄するようになりました。
それがまた、奇抜なようで計算づく。計算しているようで大胆不敵。なんとも不思議なバトルスタイルを身につけてきました。しかも、その傾向はバトルをする度に強まっています。いい加減にしていただきたい。

四度目のバトルは廃人の中では劣化ポケモンと評されるメンバーで構成されたパーティで、バトルサブウェイではあまり見ない分、何をしてくるかが読めないバトルでした。しかし、まだ一般的ではありました。
一気にネタに走ったのは、五度目のバトルです。ラプラス・グライガー・ダグトリオによる、こだわりアイテム持ちの一撃必殺技縛り。それで20連勝するものですから、言葉もありません。
彼女とのバトルで一番苦しみましたのは九度目、ピィ、ピチュー、ブビィによるベイビィポケモン縛りでした。結果として、勝者はわたくしでしたが、どうして正々堂々バトルをしているにも関わらず、悪いことをしているような気分にならなくてはならないのですか!攻撃を指示するたびに「あー…」という目で見るのもお止めくださいまし!!

…こほん。
それでも、今の彼女のバトルを、わたくしは好ましく思っております。彼女に負けたトレーナーからは「ふざけているのか」との非難の声が毎度上がっていると聞きますが、以前の種族値に胡坐をかいた、いえ、種族値頼りのバトルよりも、今の、よく考えられた、それでいて類を見ない彼女だけのバトルを、楽しみにする自分がいるのです。
えぇ、認めます。わたくしは彼女を逃したくないと思っております。あんなに面白いバトルができるトレーナーを、逃がしてやるものですか!

しかし、どうしたものでしょうか。
彼女は根無し草。しかも異世界の住人という、複雑な事情を抱えており、いつ、ここから姿を消すかも危ういのです。
どうやってこの世界に縛り付けましょうか。わたくしの最近の懸案事項は、これに尽きます。
いくらネタに走りがちとはいえ、その実力はわたくしも認めております。いっそ駅員に仕立てあげ、こちらの世界に定住させましょうか。 しかし結構な確率で崩れはしますが、彼女はほとんどの相手に敬語で対応していることから、礼儀を重んずる性格なのでしょう。上司と部下という立場になることで、また、駅員という立場になることで、バトルスタイルを変えてしまったら元も子もないのです。


「その方法、知ってる。結婚すればいい。そしたら対等だし、子どもができたらはこっちの世界を選ぶしかない。しかも、いつでもどこでもバトルできる!」


誰がこの愚弟を天使と言い出したのでしょうか。一体何を見ているのでしょうか。
わたくしはもう二十年以上この子と一緒にいますが、今でも時々恐ろしくなります。この子の言葉は全て計算づくです。仮に天使だとしても、その実は天使の皮を被った悪魔です。

…しかし、結婚というのは、考えもしませんでしたね。
わたくしが、様と結婚?そしてゆくゆくは出産?それはなんとも末恐ろしい子どもが生まれそうで…、いや、しかし悪くないかもしれませんね。少なくとも物足りなさを感じる日は無いでしょう。結婚、ですか。面白い。
まだ見ぬ未来に想いを馳せていますと、しかしクダリが水を差します。


「でも、とのバトルが楽しいのはぼくも一緒。ノボリだけじゃない」


「…それは、宣戦布告ですか?」
「どうとでもとれば?とりあえず、今はぼくの方が一歩前だよ。もう二人で何度もデートしてるしね。むっつりヘタレのノボリが誘えるわけないし」
「むっつ…しかし、抱きつく度に殴られているあなたが言えるセリフですか。それからデート云々に関しては後で説明なさい。わたくしこれっぽっちも聞いておりませんよ!!」
「言ってないもの。ぼくも大人、一々ノボリに報告するわけない。好きな子も、好きなことも、全部自分で考えて動く。ノボリには関係ない」


そう言って、机の上にいたバチュルと戯れます。
これは、兄として弟の成長を喜べばいいのでしょうか。それとも、ライバルとして首を狩りにいけばいいのでしょうか。
…決めました。オノノクスのボールに手を伸ばします。
しかしその時、ノック音が響きました。…ッチ。手を引き、入室を促しますと、年若い駅員が顔を出しました。


「…お話中すみません。黒ボス、挑戦者が18両目を通過しました」
「了解しました。すぐに向かいます」
「ねーねー、その子、何持ってるか知ってる?」
「…クダリ」
「いいじゃん。このくらいはルール違反じゃないよね?ぼく達はいつでもモニターで見られるんだし」
「ぇ、は、はい。挑戦者の使用ポケモンは、ハリーセン・アズマオウ・ネオラントです」


見事なまでの雨パです。
かみなりがよく刺さりそうですが、18連勝しているということは、対策も万全なのでしょう。


「…あまごいからのすいすいでしょうか?」
「うーん…、更に、とびはねる、とか」
「たしかに三割で麻痺状態の追加効果はおいしいのですが、そこに意味はあるのでしょうか」
「無いね。でもうまくいけば行動不能で三タテできるロマンがある」


ロマン、ですか…。
彼女ならあり得る。非常にあり得ます。そして更に斜め上な発想をしてくることも考えられます。


「あの、黒ボス…」
「あぁ失礼、今行きます。クダリ、わたくしが戻るまでにその書類は完成させておくのですよ」
「えっ、無理」

2012.03.28. up.

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