「困った。迷った気がする。これどう見ても茶色だよね?」
「ヤャンwww」
が懐中電灯で照らしながら凝視しているのは、トンネル内に貼られた路線のラインカラーである。
『ソウリュウシティ駅』の駅看板は確かに見たから、途中まではちゃんとスーパーシングル路線上にいたのだろう。けれど、時に電車を乗り継ぎ、時に路線を横断し、気付いたころには駅らしい駅もなく、通りゆくトレインの数も激減していた。
「第一スーパーと名のつくものは食料品店以外にご縁のない私が何事もなく巡回できるわけがなかった」
溜め息をついたその時、無線がざわつき始めた。
思わずはびくりと震える。
『全駅員、現在地を報告願います!』
聞き覚えはあるが名前を知らない、中央管理室勤務の駅員の声がトンネルに響いた。
進展があったのだろうか。しかし現在地と言われても…。
ややあって、今度は聞き覚えのある声が響いた。『さん、今どこ!?』なんという公開処刑…。それより彼(クダリ)の背後でビリビリ言ってるのはなんだろうか。まさかシビルドンじゃないだろうな。『シビルドン、全速前進!!』…この世界のポケモン、なきごえ特徴的すぎィ……。
「あの、どこですかね…?ラインカラーが茶色いのは分かるんですけど」
『カナワ線にいるの!?前の報告ではソウリュウにいるって言ってなかった!?』
「お恥ずかしいことに…」
『まるで反対方向ですが結果オーライでございます!地点ポイントは何ですか!?』
どうやら隣には彼もいるらしい。
はトンネルの壁を懐中電灯で照らし、地点ポイントの印字を探す。――見つけた!
「Aの4です!」
『ブラボー!そのまま先に進んでくださいまし!あと300メートルも進めば、カナワタウンの地上に出るでしょう。そうすれば挟み撃ちもできますね、クダリ!』
『そうだね、ノボリ兄さん!』
「…あの、どういうことですか?」
大体は察したけれど、さすがに情報が少ない。
『さま、よくお聞きくださいまし。幽霊列車が増殖していることはご存知ですね?その中で一台、ポケモンセンターで強奪した大量のモンスターボールを載せた貨物車が、現在カナワタウンに向かっております。我々とサトシ様方がトロッコでそちらに向かっておりますが、追いつけない可能性もございます。そうなった場合、現在カナワ路線上に唯一いらっしゃるさまに迎え撃っていただきたいのです!』
「え、サト…え?」
カナワタウン駅で働く駅員は皆乗客電車にのみ乗務する駅員であるから、バトルに長けていない。私一人で対応するのは分かる。しかし…、
『そして、あくまでわたくし共が追いつけない場合の保険ではございますが、ヤャンデラ様、それからドテッコツとガントルとで、A2地点のレールを一両分外してくださいまし。そうすれば万一の場合にも貨物車が脱線し、逃走を阻止できます』
「でも、それだと…」
『幽霊列車の向かう先がカナワだと判明した時に、カナワ線の運行は停止させております。今更影響に変わりありません。それに、わたくし達のサブウェイが犯罪に使われ、そしてまんまと成功を収めさせる恥に比べれば、大した出費ではございません』
「…………」
が言いたいのは、それだけではない。おそらく中にいるサトシたちのポケモンが、大人しくモンスターボールに収まっていると思えないのだ。ポケモンは人間に比べるまでもなく頑丈だが、それでも脱線する車両の中にいればどうなることか。
そうなったら、ヤャンデラにトレインそのものを浮かせるしか方法はない。この世界における『サイコキネシス』の万能性を目の当たりにしてから、ヤャンデラにはめざパを犠牲にして『サイコキネシス』を覚えさせている。しかし彼の特攻力をもってしても、走っている電車を安全に止められるかどうかは賭けでしかない。
「…ヤャンデラ、いける?」
「ヤャンwww」
しかし、彼は迷いなく頷いた。
「――分かりました。レールを外します。間違ってもあなた達まで脱線しないでくださいね?」
『大丈夫。トロッコでもトレインでも、ぼくら以上に使いこなす人なんていないよ』
『さまこそ、御武運を。ちなみにあと20分ほどでさまの今いらっしゃる場所を通過する予定でございます』
「えぇー…」
無線が沈黙する。
なんという置き土産…。ノボリの目測が誤るはずがない。となれば、まずは300メートル+おそらく数キロを走り、更にレーンも剥がさないといけない。それも30分程度で。普通に無理。――しかし出来なければ全てが水の泡。
悩む時間も考え直す時間も無い。
「…ヤャンデラ、ちょっとサイキネわたしに掛けて。ブースターみたいに。いや、フレアドライブもらえない不遇なブイズのことじゃなくて加速の増幅器としてのブースターだって――」
は自身にサイコキネシスを掛けさせることにした。「うわっ、」
果たしてその効果は絶大で、同タイプポケモンの話題に嫉妬の炎を燃やすヤャンデラがその誤解を解いた途端、ふざけたように体が軽くなった。いつも通りの1歩の力で足を踏み出すと、普段の何倍も前に体が進んでいる。ファンタジーの世界だ。
「ちょっ、サラマンダーよりはや痛っ、なにこれいっひゃ!」
「ヤャンwww」
しかし素早さが格段に向上しても、運動神経や身体能力は変わっていない。オーバーワークで足が攣り、たまらずストップをかけようとしたその瞬間に舌も噛んだ。――なにこれ死ねる。むしろ死ねと?
運休路線だといえども線路の上でのた打ち回るわけにいかず、這う這うの体で線路脇へと移動する。やっとのことでたどり着いたその時、足元から、そしてトンネル全体が小刻みに震え始めた。
瞬間、が今の今まで這い蹲っていたその場所をトレインが通過した。見覚えのない暗色の車両。すかさずヤャンデラに指示を送る。
「ヤャンデラ、鬼火!」
ヤャンデラの火が接触するやいなや、それは大きく破裂した。噴出す白い何かに、思わず目を閉じ腕で覆う。嫌な、しかし何故か懐かしい臭いのする爆風がを揺らした。鼻を押さえつつ、トレインだったものの残骸に走り寄る。
「……幽霊の、正体みたり枯れ尾花、か…。なにこれ、ビニール?」
どこかで嗅いだことがあると思ったら、小学生の時にゴミ捨て場で嗅いだあれだ。ダイオキシン。
トレイン(だったもの)の中にに赤い光がぼんやりと見え、割れた風船のような残骸を足で避ければ、車輪と、ひっきりなしにライトが点滅している謎の装置があった。クダリが言っていたATOなんちゃら、が、これなんだろうか。
地点番号を確認して、無線をつなげる。
「あー、こちらです。カナワ線A2地点で紫色?の、おそらくビニール製のトレインを木端微塵にさせました。どうしましょう、とりあえず端に集めておけばいいですか?」
『こちら中央管理室、クラウドや。あとで清掃班寄越す。それでええ』
「ヤャンデラ、このゴミ退けといて。――クラウドさん現場じゃなかったんですか?」
『サブウェイマスターが二人とも出とるんや。誰がここ守るねん。ところでに御一行はあと10分ほどでそこを通過して、A2地点までにドロボーさんを捕まえる算段や。シメは任せたで』
「了解です」
線路上のビニール片を、『サイコキネシス』を使ってあらかた線路脇に集めたヤャンデラを労い、は改めて我が身を指差す。
今度は自分で制御できる速さに維持しないと。目的の場所に早く、でも確実に行かないと。
任された以上、ロケット団を『トレインに乗せて』逃亡させるわけにはいかない。
体が軽くなったのを感じて、踏み出す。
「…ちなみにこれ、ボーナス出ますかね?」
『おう、期待しとき』