は、スプリングの固いベッドの上にだらしなく座っていた。
ややあって目じりを擦り、枕元に置いたライブキャスターを取り上げる。
午前9時21分。ベッドに入ったのが3時だったことを思えば、まぁこんなものだろうと納得する。
「あふわ…」
一人きりの部屋に欠伸が漏れた。
窓から、容赦なく朝の陽ざしが照りつけていた。
その先にある太陽を親の仇であるかのように睨みつけてから、は再びシーツを手繰り寄せた。
頭まですっぽりと被り、窓を背にして体を丸める。
「……おやすみ」
待ちわびたはずのこの日は、こうして幕を開けたのだった。
とうとう耐えがたい域まで高まってしまった空腹感に、は嫌々とシーツから顔を出した。
太陽は天高いところまで上がっていた。のっそりと身を起こし、座り込んでいると、貨物列車の通過で窓が揺れた。
「あ゙ー……起きるか」
起きながらライブキャスターをつかむ。裸足で洗面化粧台に向かいながら、着信履歴をチェックした。時刻は午前11時42分。新しいものはなかった。今日は迷子係も被り物の中の人もやらなくてよさそうである。幸先がいい。
ライブキャスターを化粧台の上に置く。冷水で顔を洗い、あらぬ方向にはねた髪を水で撫でつけてから、部屋に戻る。
「ヤャンwww」
「おはよ」
いつの間にかボールから出ていたヤャンデラに声を掛け、パジャマ替わりのTシャツと短パンを脱ぐ。ヤャンデラはオスだが、に気にするそぶりはない。(ヤャンデラはガン見している。)
脱いだ衣服を簡単に畳んでベッドの上に置き、収納家具から着るものを選ぶ。こちらのはモノトーンを好むらしく、あまり華やかな色は持っていない。ホワイトのシャツに細めのパンツを合わせ、ジャケットを羽織れば、いかにも通勤中のOLである。それでも不摂生がたたって出来たクマを隠すため厚めに塗ったコンシーラーに合わせて全体的に少し濃い目に化粧をすれば、“らしく”なった。
「悪目立ちしないよね?」
「ヤャンwww」
さすがはシャイニングビューティ・カミツレの街。あまり地味すぎると、ここライモンではかえって目立つ。
収まりきらない髪を一つに束ねていると、空腹感が変化して、いよいよ気持ち悪くなってきた。冷蔵庫の中には『おいしい水』以外に何も入っていないことは、思い出すまででもなかった。何か見繕おう。どこにだって駅があり、駅にはデリが充実するこの街は、その点便利である。バーガーか、サンドイッチか…、腹を満たせるのならなんだっていい。それからポケモンセンターにでも行って、入り用のものを買おう。一日の予定を決めたは、カバンを手にかけ、立ち上がった。
一つ目の用事を終わらせ、ポケモンセンター駅へ行くためにライモン中央駅の地下に降りたは、違和感を覚えた。何故か、緑の制服が目立つ。駅員の数がいつもより多いのだ。
――あぁ、始まったのだ。
ぞく、と心臓が鳴った。その胸には、喜びと恐ろしさがあった。カバンの中に社員証があることを確認して、行き先を変える。制服は持っていないが、きっと必要がない。業務時間内の路線への立ち入りは、警備員には認められていないからだ。
どく、ん。どく、ん。どく、
中央管理室に向かう道すがら、すれ違う人の中に黒いコートが見えた気がした。足を止め、振り返ると、確かに改札の向こうに彼がいた。
に気付いたか、それとも探していたのか、彼もまたこちらを振り返っていた。が引き返し、改札越しに向き合うと、ノボリは硬い顔で小さく頷いた。
「ヤャンデラさまはお持ちですね?」
「はい。万全です」
モンスターボールを撫でる。いつでもスタートする準備は出来ている。
所変わって、管理室。は忙しなく動く駅員の中をすり抜けて、クダリへと近づいた。
ATOシステムをじっと見下ろしていたクダリは、階段を下りる私服姿のに気付き、くしゃりと顔を歪めた。
彼の兄と同じように、顔色が悪く、表情も硬い。
「勤務時間外にごめんね、さん」
「幽霊列車のことでしたら、わたしも無関係じゃないですから」
「その、幽霊列車だよ。とうとう日中にも現れたんだ。――緊急停止が今日だけで2回。噂もずいぶん広まって、警戒レベルも引き上げられている。けれど目立った被害は報告されていない」
そこで一つ息をついて、クダリは続ける。
「敵ながら敬服するよ。ATO送受信器を乗せた質量のある何かをわざわざ走らせるだなんて。ATOシステムは、トランスポンダが発する地点情報を線路上のATO地上子が受け取ってはじめて、位置情報が確立するんだ。しかも電車と同じ速度で動くような動力。結構な技能と出費だ。愉快犯の可能性も捨てきれないけれど、そこまでして幽霊列車を走らせる意味はなんだと思う?」
「(誰かシンゲン呼んでー…)中身はどうであれ見かけは電車なんですから、何かを運ばせるんじゃないですか。素人の意見ですけど」
「運ばせる…。トレインで運べるものといったら…、駄目だ、ぼく一人で決めつけてしまうのは。兄さんと相談しよう」
彼の中でひと段落がついたらしい。
は尋ねた。幽霊電車対策として雇われただが、しかし、ここ(管理室)にいてができることはほとんどない。
「わたしはどこに行けばいいですか?」
「さんはスーパーシングル線の巡回メンバーに入っているね。まずは13時20分発のソウリュウ行き特急列車に乗車するんだ。それまでは駅員用の制服を着て待機。制服は備品庫にある」
クダリはATOシステムの足元に置かれたダンボールから鉄道無線機を取り出し、へ差し出した。
受け取ったゴツイ見た目通りの割に軽いそれは、ここ最近で見慣れたもの。アマチュア無線の免許を持ってないだが、駅員らに教えてもらったので、操作は一人でも出来る。いつもの周波数と違うが、その意味は考えるまでも無い。―― 一先ずバッグの外ポケットに差し込む。
「それから、相手が何を持っているか分からないからね、この子たちを貸すよ。最終進化までいってないけれど、ぼくらが育てたポケモンだから、きっとキミの役に立ってくれる」
そう言ってクダリがコートのポケットから取り出したのは、2つのモンスターボール。
そこには、馴染みの薄い二匹のポケモンがそれぞれ入っていた。ドテッコツにガントル…BWにおけるぼっち涙目ポケモンである。
は受け取ったモンスターボールをベルトのバックルに着け、撫でた。ここに3つつけるのは少し久しぶりだ。
「行ってきます」
「どうか、気を付けて」