Lucid Dream




「あー、暇だ」


ベンチに腰掛けて、道向こうの広告ポスターを眺める。ただ暇を持て余しているように見えるが、流れる人の隙間からわずかに見える文字列を脳内で組み合わせることによって、空間認識能力を鍛えているのである。というのは嘘である。あぁ暇だ。誰もこんな女の生活なんて興味ないのだから一週間くらいすっとばしてくれればいいだろうに。割愛という言葉を忘れてはいないだろうか。

ちなみにこの世界に来て、今日で4日目である。特に変わりのない生活であるが、もうそろそろだろうかとも思う。


サートシくんらしきご一行が来たなら連絡をほしいと、黒い方のサブウェイマスターやクラウドに言付したものの、いつサートシくんがくるか分からない以上、携帯もライブキャスターも持っていないがサブウェイから離れるわけにはいかない。
かといって、バトルサブウェイは運休状態。構内には人が溢れかえっているが、人間観察が趣味なわけでもない。暇だ。

道行く人は、そんな暇人を気にかけることもなく、足早に右に左に去っていく。
Heyそこの彼女、ここにおわすはかのサブウェイマスターの黒い方に勝利せし御方であらせるぞ、茶でもしばかなーい?…って何語だこれ。

無表情を装いながら脳内でナンパ劇を繰り広げている究極暇人に、何を思ったか一人の男が足を止めた。すれ違いざまのOLが突然立ち止まった男に迷惑そうに窺い、そして顔を確認して小さく黄色い声を上げてからすれ違っていく。
道向こうのポスターを凝視していたは、一連のそれに気が付かなかったものの。


「そんなに暇なら、サブウェイスタンプラリーに参加したらどうだい?」


ひっきりなしの放送と溢れんばかりの人混みの中でいてさえ通る声に、も思わず関心を寄せて、顔を上げた。
探すまでもなく、その声の主らしき男は、目の前にいた。

首が痛くなるほどの高身長、人形のように整ったパーツ、夏だというのにロングコートを羽織っていて、人の良さそうな温和な笑みを――…

温和な、笑み?


「だ、誰!?」
「え?ぼくはサブウェイマスターのクダリです。お客さま、もしよければサブウェイスタンプラリーに参加されてはいか」
「しゃらぁっっっぷ!!」


思わずベンチを叩きながら立ち上がり…、「クダリ…え、白、」ややあって痛む両手で頭を抱える。
誰だよこの人、サブウェイマスターの、クダリ?敬語?え?クダリさんが、敬語?です?DEATH?認めない…!こんな現実、認めないんだからっ敬語が使える白ボスだなんてそんなまさかっ!!」
「お客さま、落ち着いて、ね!」


どこからか声に出していたらしい。
慌ててその無駄に高い身長を屈めて手をわたわたさせる姿に、あ、今のクダリさんっぽいな。と、少し冷静になる。


「…サブウェイマスターの、クダリさん?」
「はい。サブウェイマスターの、クダリです」
「…………」
「…………」
「……あ、やばい」


落ちる。












この世界にいる限りは、受け入れなくてはならない。
敬語を使えるクダリさんに。
双子の弟ではなく、ただの弟のクダリさんに。
ノボリさんを「兄さん」と呼び慕う、クダリさんに。

「(正直こんなことで死ぬほどかえりたくなるとは思わなかった)」

まさかクダリさん(まじ天使、とつく方の)に会いたいとこんなに願う日がくるとは思わなかった本当に。
うぇえん目の前の人達が爽やか過ぎて溶けそうだよぅ。いっそ溶けてしまいたいよぅ。


「ええと、臨時駅員、ということになるのかな?さんは」
「ええ。諸資格をお持ちではありませんので、主にライモン環状線の見回りをしていただいております。腕の方はわたくしが保障いたします」
「兄さんが認めるなら、凄腕のトレーナーなんだろうね。でも、女性を夜遅くに働かせるってのは…」
「それは、わたくしも思ったのですが…」
「あ、それは私がお願いしたんです。夜限定でって」
「…兄さんがいいなら、ぼくは何も言わないけど」


クダリさんがノボリさんに対して盲目すぎて何かが爆発しそうだよ。

あの後キャパオーバーで気絶した私を、クダリさんは救護室とやらに連れて行った。
そしてたまたまそこで仮眠を取っていたノボリさんと鉢合わせになり、目を覚ました現在は三者面談(?)が行われている。

目の前で繰り広げられる兄弟愛に、どうにかなりそうだった(二度目であるため色々略)というかノボリさんは家に帰れよ。社畜か。

クダリさんは仕事中だったはずだけど、ここで少しサボ…休憩するらしい。
いいね、息抜きは大事だよ。チョロネコの手も借りたいような時だとか聞いた気がするんだけどね。兄と少しでも一緒にいたいからとかだったらアッー!なんて邪推してみたりするが、いくら見目が良くたってナマモノが目の前で繰り広げられるのはちょっと勘弁してもらいたい。邪推でありますように。


さんは、ノボリ兄さんとバトルしたってことは、サブウェイスタンプラリーに参加したってことだよね?」
「はぁ、そうですね」
「兄さんを選んだのは、シングル専門だから?ぼくが出張でいなかったから、とかだったら…」
「クダリ。安心なさい。この方の手持ちは、シャンデラ一匹だけなのですよ」
「え…。それって、安心していいの?兄さん」
「ヘルガーやサザンドラが出てきたらマッハで逃げるそうでございますよ」
「冗談だよね。トレーナーとの戦いは『ダメだ!勝負の最中に相手に背中は見せられない!』ものだよ」


どっかで聞いたよそのセリフ。
そんなふうにことあるごとに息の合いようを見せつけてると、終いには二人でしか会話できない(笑)とか言われるようになるんじゃないだろうか。


「とにかく、ライモン中央駅は女性が一人でぼんやりしていていいところじゃないよ。治安だって、ぼくらが言うのもなんだけど、よくはないんだ」
「ライモンは遊園地、ミュージカル、スタジアムと、アミューズメント施設が満載でございます。時間を潰すのにはあつらえ向きの街でございますよ」
「一人遊園地(笑)」
「「……あの、」」
「…しませんよ」


えも言われぬ顔でこちらを見る二人に憐憫の色を見つけて、は頭を振った。

くそう自分のポケモンがいるならトライアルハウスでちぎっては投げちぎっては投げするのに。同じニオイを嗅ぎ取るのが得意な廃人はバトル相手には事欠かないんだよ。
…あ、いや、そもそもライブキャスターが無いからサブウェイ以外に行けないのだった。
どうしてこの世界のわたしはライブキャスターを買ってないんだ。いっそ勝手に買ってしまおうか。あって困るものでもないだろうに。(ポケモンに手を出すのは気が引けるのに財布に手を出すのは別に厭わないであった。これぞ廃人。お前人間じゃねぇ。)


「話ぶったぎりますけど、ライブキャスターってどこに売ってるんですか?」
「ショップはライモンにもありますが」
「もしかして、持ってないの?駅員用の備品でいいなら貸してあげようか?」
「それはいい!急に人員が足りな…もし例の方がお見えになった時、いつでも連絡できます」


全く誤魔化せてない。でも、貸してもらえると言うのだから、気付かないふりをしておこう。

月々使用料+電話代+通信費で、盛って一万円くらいか?それなら何度かバトルをすれば容易に払える。サブウェイマスターに勝てるポケモンが、そこらのトレーナーに負けるはずもないだろう。もちろん、相手は念入りに選ぶが。…そこ、ゲスいとか言うな。

ちなみに、一万円というのは、あの世界における次世代ケータイに匹敵する程度の機能が搭載されているけれど、こっちでは親元離れたばかりの10歳児でも持ってるくらいの必需品なのだから、そんなにしないのではないかと適当に見積もった結果だ。

あーどっかに1on1もしくはレンタルポケモンでバトルできるような場所ないだろうか。行こう。今すぐ行こう。そうと決まればライモンの地図を手に入れなければ。ライモンにはスタンプラリーが出来る程度の駅が点在するというのだから、あちらとも勝手が違う。…こら、他人がいるんだから妙な空気を醸し出すな。あと1分くらい我慢できないのか。


「クダリ」
「うん。用意しておくよ。だから、兄さんはもう少し休みなよ。ぼくが起こしてあげるから」
「すみませんクダリ、あとは頼みます」
「ノボリ兄さん、おやすみ」
「…………」


かえりてー。









「なんともビジネスチックなデザインですね。気に入りました」
「女の人には受けの悪そうなデザインだと思うけれど、気に入ったならよかった。きみが臨時駅員として働いている間は、好きに使ってくれていいよ」


事務机の上で存在を示すライブキャスター、それも、グレー一色、というシンプルなライブキャスターを腕に装着する。
ほー、こんな薄くて小さい画面で、4人同時のテレビ電話もできるとは。すっごいなぁ。別に連絡する相手もいないんだけどね。

適当に触ると、登録済みのメンバーが列挙される…こともなく、白紙だ。直近の上司といえば雇用主のノボリさんで、立場上上に位置するのは全ての駅員だ、機会があるたびに登録していけばいいだろう。パスワードを求められないのは個人情報保護の視点から気がかりではあるが、腕に巻くものなのだからそうそう落とすこともないだろう。


「そこには登録していないけれど、ぼくらはきみのアドレスを把握しているから、もし鳴ったらぼくかノボリ兄さんだと思って。ちなみにぼくのは白、兄さんのは黒で、オンオフ兼用。駅員は仕事中はそれをつけることになってるけど、オフ用は勿論自由。電車柄のを持ってる駅員も少なくないから、仲良くなったら見せてもらうといいよ」
「なにその乙メン情報。デコっちゃうんですか」
「電車好きが多いからね。じゃあ、ぼくはもう帰るから。見回りがんばってね」
「お疲れさまです」


少しだけ頭を下げて見送るに、おやすみ、と声を掛け、クダリさんが出て行く。それを見送ってから、は、部屋を見渡した。


現在25時。日中働いた人間の退勤時間にしては、遅すぎる時間である。
それにも関わらず、あのクダリさんには疲れの色が見えなかった。超人か、それとも、よっぽど時間の使い方が上手なのか、サボり的な意味で。


「おー、ライブキャスターもろたんか」
「うわ、出た」
「出たてなんや、ゴキブリかオレは」


振り向き様にジョウト訛りの金髪のおに…おじさんに腕をとられ、なんともいえない雰囲気に陥る。


「…お前の腕についとると、えらくゴッツくみえるもんやな」
「…一番小さい方の穴でも、緩かったんですよ。レンタルだってのに、穴開けてもらいました」


男女平等化の風に習い比は偏るといえども女子も採用されているこのサブウェイといえども、バトルサブウェイの駅員には女性がいないらしく、支給されるライブキャスターは一番狭い側の穴にバックルに留めても少し大きかった。角度によっては落ちそうである。
そんな有様を見て穴を開けることを提案したのはクダリで、はそれをありがたく受けたが、今後この穴にバックルを留める人は現れるのだろうか。


「まぁええわ。今日の巡回は一人で行ってもらうから、よーきばり」
「はぁ!?」
「ライブキャスターあるなら、違和感あってもすぐに報告できるやろ。終電は終わっとるんや。動いとるのはほとんどが整備庫行きのトレインで誰も乗っとらんし、トレインの運行時刻覚えたら危ないことあらへんやん」
「え、そこは腕の華奢さに度肝抜かれて『こいつ…オレが守ったならあかへん!!』ってなるとこじゃないんですか?」
「なんやその気っ持ち悪い妄想。それに華奢な女は度肝とか言わんやろ」
「まぁそうですけど…」


えー一人で巡回とか少し、いやかなり嫌なんですけど。
だって地下鉄の亡霊とか出そうじゃん。サブウェイマスター戦目前に心の目絶対零度フリーザーに3タテされたトレーナーとかさ。生霊だっているかもしれないし。まひるみトゲキッスに何もできずに無双されたとか。


「今日はサブウェイマスターが二人ともおらへんから、これ以上巡回に人員割けへんねん。諦め」
「あー…」


あのノボリさんでさえ、最近知り合っただけの人間に「チョロネコの手も借りたい状況でして」などと愚痴を言ってしまうような状態だ。優秀だというクダリさんが日付を越えて勤務してしまうような状況だ。見回りは一人(+一匹)でも済むのだから、わざわざ新人教育係として割けないのは分かっている。

さらにメタ的な発言をするなら、あと数日、サブウェイスタンプラリーが終わるようなタイミングにならない限り、かのロケット団は尻尾を見せないはずだ。ロケット団の影、サブウェイスタンプラリーというイベントがわざわざ起きて、それがサトシくん一行が訪れる前に終わるわけが無い。サトシくんの影にロケット団あり。逆にいえば、サトシくんがこないのに、ロケット団が現れるわけがないのだ。無印からDPtまでの記憶を思えば。だから、遭遇する可能性はまずない。
だといって、電車事故の有無は別問題。


「…時刻表ください」
「おおきにー」






現在、路線上、わたし、ヤャンデラ、そして先頭を行くフタチマル。


「おっさんでツンデレとか…困る……」


しかしどこに需要があるというのか。
ライブキャスターで確認すると、現在時刻は25時52分。あと3分程で、ここをフキヨセ行きの特急寝台列車が通過する。 念のために2分後にタイマーをセットしながら、線路の上を歩く。


「ヤャン?www」
「んー。なんでロケット団が『ここ』を狙うことになるかなって。何度も言うけどアニポケ見てないんだよ」


これだけでも未来予知になる情報だが、シャンデラにもフタチマルにもそれを人間に伝えることはできないのだから、隠すことは無い。
ちなみに彼ら(サブウェイマスターやクラウドら駅員)に言うということは全く考えていない。それは私の役目ではない。サトシくんの役割だ。まぁ目の下が黒いノボリさんを見てしまうと、すこしは逡巡するが。


「一番ありそうなのがポケモンの密輸だよね。10年来の展開的に、名目上はピカチュウとそのメンバーの強奪が主、ということになるだろうけど、廃人の育成ポケモンも根こそぎ強奪。廃人ポケの価値は少なくとも、エリートトレーナーのそれ以上の価値はあるわけよ。なんせこっちにおける努力値配分の苦労といったらもう!というわけで、狙うのはポケセンかな。バトルサブウェイは運行を休止しているけど、廃人どもはここにいるだろうし、その間は否が応にもポケセンを使うから。ちなみにわたしだったら死ぬかもしれない、盗まれたら」
「ヤャンwwwwww」


この、DPtで卒業したため、今のロケット団がサトシのストーカーをしていないことを知らない。


「アニメだから廃人がいないってのはない。大きなお姉さんの圧力があったりして、サブマス回が出来たにしても、バトルサブウェイはどうやっても廃人量産施設なのですよ。ちなみにあの接待バトルがノボリさんの本気だなんて思ってないよね?」
「ヤャン!!??www」
「こっちのわたしがどういうつもりでサブウェイスタンプラリーに参加したかは知らないけどね。あの程度の実力でサブウェイマスターだなんて、認められないでしょ。強いて言うなら商業活動だよあれは。――そのうち、地下鉄から出たところでマルチバトルしたりするだろうね。押しの強い子(サクラ)に強引に頼まれたふりとかしてさ」
「ヤャンwww…」
「まぁ、新しい息吹を常に吹き込ませないと、こういう施設には…」


セットしたタイマーが鳴る。
フタチマルの誘導を受けて、線路の片側に寄る。


「わたしみたいに諦めの悪い弱者ばかりが集まっちゃうからねー」


2012.12.02. up.

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