「本日は バトルサブウェイをご利用頂き、誠に有難うございます。本日、10時30分よりシングルバトル、14時より、ダブルバトルの公開サブウェイマスター戦を行います。つきましては、喫茶・メトロ前 特設ひろばにおきまして、マルチスクリーンによるリアルタイム放映を行います。普段は謎につつまれた、スーパートレイン49戦目のサブウェイマスターのバトルを、ご覧いただける機会となっております。ふるってお集まりくださいませ」
ライブキャスターに電源を入れる。
今の時刻、9時30分を少し回ったところ。特設ひろばにはまだ誰もいない。
バッグから、トレーナーカードを取り出す。
カードの表には、というわたしの名前を、アルファベットに変えた印字がある。
ここでは大抵、と呼ばれる。苗字を聞かれることはまず無い。
それは、この世界において、苗字のある人は極一部しかいないからだ。だからという名前、並びは、私が異世界の人間、それも日本人であるという証明でもある。
バッグの、たいせつなもの入れを開き、バトルレコードを探す。
果たしてバトルレコードは一番下にあった。
電源を入れる。緑一色になった画面の、“TOUCH HERE!”の表示を指で押す。過たず白い画面に変わる。
画面に、バトルビデオ・バトルサブウェイ・ランダムマッチ が表れる。
“バトルビデオ”を押す。
画面に、自分の記録・だれかの記録・記録を消す が表れる。
“自分の記録”を押す。
の記録
バトルサブウェイ
シングル
21 ダストダス・ギギギアル・イワパレス
戦目 VS
ゲンガー・ガブリアス・シビルドン
ビデオナンバー:00-00000-00000
「…はぁ。結局、4年だよ」
このビデオを撮った日から、そしてこの世界に渡った日から4年が経った。
今となっては、どちらが自分のいるべき世界であるかも分からなくなっている。
それでも、いつかは選ばないといけない時がくる。
レールを選ばないのはただの逃げでしかないとある鉄道員は言っていた。
けれど選んだら最後。進みはしても、戻れはしない。一度選んでしまえば、選び直すことはできない。
でも、私にはどちらの世界も捨てられない。
「……様?」
「!…あれ、黒ボス、どうしたんですか?こんなところに」
座りながら振り返ると、そこには黒いサブウェイマスターが立っていた。
手にはクリップボード。もしかしたら会場の確認に来たのかもしれない。
「それはわたくしの言葉でございます。本日のスーパーシングルトレインの運行予定は10時半でございますよ」
「あ。お邪魔でしたら、どこかに行ってましょうか」
「お気遣いなく。あなた様おひとり程度でしたら構いません」
だったらいいや。座りなおす。
バトルレコードの電源を落として、バッグの奥につっこむ。
「デンジ様とは、お知り合いだそうですね」
「直接会ったのは、一度きりです。ただ、私が一方的に知っていただけで」
「あの方も、ゲームキャラクターの一人なのですか?」
椅子の数を数えながら、何でもないようにノボリさんが言う。
「そういう風には、もう考えていません」
たしかに彼は、ポケットモンスターダイヤモンド・パール、そしてプラチナにおける8人目のジムリーダーだった。
改造するのが好きで、よく街を停電させる。手ごたえのない挑戦者ばかりに退屈して、主人公に勝ったらポケモンリーグに挑むつもりだった。ブラック&ホワイトでは、イッシュリーグにも挑んだらしい。そういうキャラクター設定がある。
だけど、それだけじゃなかった。こうしてバトルサブウェイに彼が現れる、なんて無かった。
シキミさんのセリフに彼が登場するなら、バトルサブウェイにいたとも、どこかで言及されているはず。でも無かった。――だったらもう、“生きてる人間”として受け入れるしかないじゃん。
「大体、ノボリさんにやつ当たりをかまされた時から、そういう目では見られなくなってますよ」
「あ、あれはやつ当たりではございません!アドバイスです」
「うっそだ。いらついてた癖に」
「それは違います。スーパーの実力があるにも関わらずノーマルに挑むあなた様に失…」
言葉の途中で、ノボリさんは口を噤んだ。
だけど読むのは得意だ。…違う、得意になった。この4年間で。
馬鹿なことばっかやってたけど、ちょっとは成長したんだなぁ、自分。
「失望しましたか」
「……」
こんな時くらい嘘つけばいいのに。
相変わらず真面目で、変なところで優しい人だなぁ。
「今でも失望していますか?」
「いいえ。今のあなた様のバトルスタイルは、スーパーブラボーでございます!他のお客様が見向きもしなかったポケモンを、わたくし共では考えもつかない戦法でもって勝利へと突き進む。本気のポケモンでお相手できないのは残念ですが、それでもあなた様と戦えることをわたくしはいつも楽しみにしております」
「ならいいです」
それから、恥ずかしい人だ。
こっちの人は、どうしてこうも良いことも悪いことも口に出来るんだろう。羨ましい。
「デンジさんは強いですよ。今日のバトル、応援はしませんが、ちゃんと見てますね」
「応援してはいただけないのですか?」
なにを甘えたことを。
「わたし、敵に塩を送るような人間じゃないんですよ」
「?それは、どういう意味です」
日本史由来のことわざじゃ、さすがに伝わらないか。
椅子から立ち上がって、ノボリさんへと歩み寄る。
それからモニターの位置を調整していた彼の、ネクタイを思い切り引っ張った。
ぐんと近づいた彼の両目を、下から睨み付ける。
「――わたしだって、あなたを倒すのが目標です」
イーと歯を剥いてから、手を離す。
……あー首いったい。何食べたらこんなにでかくなんの。
だけど全力でネクタイを引っ張ったから、あっちも首が痛いかもしれない。謝らないけどさ。
珍しくぽかんと口を開いたノボリさんは、やがて絞まりに絞まったネクタイを直すと、なんとも獰猛な顔で微笑んだ。
「…諦めてないのですね?」
「あいにくと、諦めの悪さにはサブウェイマスターからのお墨付きをいただいておりまして」