ナギサ の いかずち が あらわれた ! 9




眼の前に聳え立つ、一本の柱。 台座に彫られた文字は、『3−





その道が『かくれいずみへのみち』と呼ばれていることを、は知らない。 ただ、214番道路の東に、以前通った時には無かったはずの道がやはりあり、その道がどこかに続いていることはすぐに分かった。 単に気がつかなかっただけなのか、それとも最近誰かが道を作ったのか。…考えてみても、答えは出ない。

鬱蒼と生い茂る木々の間の小道を進んでみると岩壁が見えた。近づいて、よく見ると、岩肌がごつごつとしている。
ロッククライムを覚えさせたポケモンに乗って、岩壁を登る。
登り終えると、眼前に泉が広がっていた。シンオウ地方、4つ目の湖だ。 改めて地図を取り出す。何度確認してみても、地図には載っていない。決して小さくはない湖なのに、どうして載っていないのか。

湖の周りを巡って、反対側。足元の岩壁を覗き込んでみると、さらに下のほうの岩と岩との隙間に、穴のようなものが見えた。今度は、岩壁を滑り降りる。
確かに、隙間があった。人ひとりくらい余裕で入れそうだ。洞窟の入り口なのだろうか。 そこで少し奥に入ってみると、霧が漂っている。広い。自然にできたとは思えない、四角い洞だ。部屋といってもいいほどだ。

ポケッチを常時点灯モードにし、辺りを照らしながら歩みを進める。洞の中心あたりに、ステージのような起伏があった。その上には石碑のようなものも見える。 起伏をのぼり石碑に目を凝らすと、何かが彫ってあるのが分かった。


「…さ、
『……3ほんの はしらを ぬけて……
 まどろむ ……の もとへ……
 ……が 30を こえるまえに……』    ……?」


風化したのか、所々の文字は読めない。せいぜい分かるのは、三本のはしら…柱?と、30というキーワード。
もっとよく見ようと、ポケッチを石碑に近づけたとき、はふと顔をあげ、周囲を見渡した。 文字に注視している間に、気づけば1メートル先さえ見えない濃霧が洞窟内に立ち込めている。


「……さすがにこんなとこで『きりばらい』が必要になるなんて、思いもしないよなぁ」


専門家ではないが、雪国の洞窟の中でこんな濃い霧が発生することが普通でないことは分かる。
――なんだか嫌な予感がする。 でも、少しだけ。もう少しだけ進んでみよう。ここで引き返したら、もう二度とこの不思議な空間には入ることが出来ないような気がする。不思議体験は、買ってでもしろと誰かが言ってたような気も、…うん、する。

そう自分を納得させて進むが、なにも無鉄砲な特攻というわけではない。
並大抵の野生ポケモンには負けない自信がある。『きりばらい』が無くてもそれを上回るスキルと経験がにはある。


「というわけで。ルカリオくん、出番です」


モンスターボールを取り出して、ボタンを押す。 ポンッ、と軽快な音を立てて現れたルカリオは、を一度見据えたあと、地面に膝をつき片腕を沿わせた。波導を流して、地形や生物の存在を把握しているのだ。


「……?」
「なに?どした?」


しばらく無言で手をついていたルカリオがピク、と小さく反応した。それを見て、が問いかける。


「……」


しかし、ルカリオは分からないとばかりに首を降る。

ルカリオの波導の届く範囲は半径一キロメートルだ。 この洞窟がいくら広くても、その探索範囲を超えるほど大きいはずはない。そしてその範囲内だったら全てを掌握できるはずのルカリオが分からない、とは?

しばらく波導を流し続け、ルカリオは立ち上がってに頷いた。完了の合図だ。 「ありがとね」と頷き返すと、今度はルカリオからテレパシーで波導で読み取った映像が送られてきた。 同じような洞がひとつ、ふたつ、野生ポケモンの群れ、それからオリベスクが、……は首を振った。
頭の中に次々浮かんでいた映像が途切れる。ルカリオは親切心から映像を送ってくれたのだろうけれど、分かった上での攻略は面白くない。信頼できる旅の友がいればそれで十分だ。

しかし、この石碑に彫られた文字の意味は少し分かった。 3本の柱とは、今一瞬映ったオリベスクのことだろう。この洞窟のどこかには3本の柱があり、それがこの洞窟の謎に関係しているのだ。 謎を解く鍵は、これだ。そのためにもまず柱を探す必要がある。


「ありがとう、だいたいの状況は分かった。けどルカリオ、油断せずにいこう。ここは、なんだか普通の洞窟と違うみたいだ」


頭を撫でると、ルカリオの耳がピクピクと動いた。

この洞窟に棲みつくポケモンといったら、ゴースト系やエスパー系だろう。あと考えられるのは、ズバット族。 超音波や念力の力を持ってすれば霧の中でも自由に動けられるだろうけれど、ルカリオだったらすぐに察知できるはずだ。彼には距離も視力も関係ない。 ただ、ルカリオ以外のポケモンたちにはそのような特殊能力はない。 この霧が晴れるまでは、ルカリオに頼る他なさそうだ。





洞窟の奥へと進んでいく。少しは霧も晴れただろうか。 ここまで大分入った気がするが、取り立てて様子が変わった感じは無い。洞の四方には細まった場所があり、そこを潜るとまた同じような洞が広がっている。
ルカリオから逐一波導で読み取った周囲の地形図が送られてくるために、いまのところ岩にぶつかったり段差に躓いたりすることはない。 けれどこれはいくつ目の洞だっただろうか。似たような岩ばかりで、とっくに分からなくなった。


「うーん…この霧、なんなんだろうなぁ。――ルカリオ、『はどうだん』!」


エネルギー波が濃霧を切り裂く。 過たず爆発音が起こり、続いてガシャンと大きな音が響いた。は音のした方向に走った。ルカリオも周囲を警戒しながら並走する。――地面に転がっていたのはドーミラーだった。


「ドーミラーか。うーん…もっと、いやーな視線だった気がするんだけどなぁ」


『はどうだん』一撃で瀕死になっているということは、このポケモンが仮に特防の下がりやすい性格かつ個体値が0だったとしても、ルカリオと同レベルかそれ以下であるということだ。 気のせいだったのだろうか。一瞬感じた威圧感は、このドーミラーが出せるものでは無いと思うのだけれど。――今はもう何も感じないし、周囲は静かだ。けれど、鳥肌は戻らない。


「ルカリオ、他にはいない?ええと、今までだとゴースト、ドーミラー、それとゴルバットか。それ以外でいないかな」
「……」
「だね。ありがと」


首を振るルカリオ。さっきまで浮いていたルカリオの房には反応が見られない。 仮にルカリオの目には見えない相手だろうが、波導受信機である房はオーラを漏れなく感じ取る。それなのにまるで反応が無いということは、周囲には本当に何もいないらしい。 ……考えてみても仕方が無い。次の洞に進もう。


「うわ、この部屋も霧だらけ……あれ?」


霧の向こうにうっすらと何かが見えた。 歩み寄る。靄を掻き分けて進むと、「…はし、ら?」確かに柱が建っていた。岩だか石で作られた、巨大な柱だ。 そういえば、ルカリオから送られてきた映像に同じものがあった。ではこれが『3ほんのはしら』の一本目か。


「あ、なんだろ。何か彫られてる」


柱の台座に手をついてみると、なにかが彫られているのが分かった。 指を離して、その場所に顔を近づける。


「1の、13?」


彫られていたのは、『1−13』という文字だ。 1は仮に一本目の1だとしても、13というのは何のことだろう。
……。お手上げだ。考えてみるにも、ヒントが足りなさ過ぎる。


「ま、とりあえず次の部屋に行ってみるかな。――あーそういえば、今って何時くらいだろ……」


あまり道草を食っていては昼前にヨスガシティにつけなくなる。 は手首を傾けて、ポケッチを確認した。


「うぇ!?」


デジタル時計の画面がおかしい。 AMPM、時間、分、秒、全てが一瞬毎にバラバラの文字を刻み、点滅している。
他のアプリを順番に起動してみるが、特に変わったところはない。けれどアナログ時計のアプリは、同様に画面が狂っている。 どうやら時計機能のアプリだけがバグってしまったようだ。今まで、散々水につかったり衝撃を受けても壊れなかったのに。よりにもよってこんな外部の様子が一切分からないところで…。


「うっわ。えーと、アナログ時計ってどこでもらったっけ。ノモセ?カンナギ?事情話したらもう一回もらえるかな。……あー、うんうん、次行こうねぇ」


軽くショックを受けながらポケッチの画面やスイッチを適当に押してみていると、腰につけたモンスターボールが主張するようにしきりに揺れた。 好奇心旺盛な誰かさん達にモンスターボールの中から急かされている。 この霧の中で下手に開放すれば迷子になるだろうからと特殊能力のもつルカリオだけを連れ歩いているが、霧が晴れたら順番に連れ歩こうか。

この部屋には他に気になるところはない。 次の部屋に行こう。今通った道を含めて、進む方向は変わらず4つ。なんとなく、右の隙間に進むことにする。潜ると…――


「一本目の柱から一部屋目。異常なし、柱も無し」


野生ポケモンは相変わらず。 襲い掛かってくる相手には、漏れなくルカリオの『はどうだん』が炸裂する。
通過して、次の部屋へ。


「二部屋目。異常なし、柱も無し」


うーん…選択ルートを間違えたか、それとも柱に行き着くには条件があるのか。


「三、四通って五部屋目。異常なし、柱も無し」


――不思議なことに、野性ポケモンのレベルが明らかに高くなっている。 しかしまだルカリオの相手ではない。適度に緊張しながら進む。


「これで六部屋目……、あった!」


白い霧の向こうに、うっすらと見える柱の姿。
走り寄って、台座の彫刻を探す。


「『2−19』……。さっきは『1−13』だった。最初の数字が見つけた柱の数だとすると……」


2つ目の数字は?その差は六、六部屋目で、二つ目の柱。


「単純に考えたら、通過した部屋の数だよね」


『……3ほんの はしらを ぬけて……
 まどろむ ……の もとへ……
 ……が 30を こえるまえに……』

初めの部屋にあった石碑の意味は、まだ分からない。


「でもこれで二本。三本目の柱にたどり着いたら、何か分かるかな」


時計アプリは未だ直らず。けれどそんな驚くほど時間が経っていることはないだろう。 体内時計に問い合わせてみても昼はほど遠い。 非常食は持ってきているが、ビスケットや乾パンは正直美味しくない。こんな暗くてじめじめしたところで食べるのも勘弁だ。
大都会ヨスガシティか、それが無理でもせめてトバリシティの食堂で楽しく美味しく食べたい。


「そのためにも、早く三本目の柱を見つけないとねー、と」


二本目の柱のあった部屋から通り過ぎること、四部屋目。周囲は静かだ。 入り口から随分と歩いたからか、大分薄れた霧の中を歩いていると、ふとデンジとの最後の会話が思い出された。


「『帰ってきたら、話がある』、『気をつけて』……」


冷静になって考えてみると、死亡フラグを立てるにも程があるのではないか。 意図したわけでは無いだろうが、何かあったらとりあえず責めてみよう。

しかし、私の帰る場所は、ナギサで合っているのだろうか。
ナギサはとても良いところだ。ナギサを拠点にして一週間弱、以前旅したときには気づかなかったことも沢山あったし、顔見知りも増えた。もしどこかに移り住むなら、と聞かれたら、迷わずナギサを選ぶだろう。 けれど帰る場所は、ナギサでいいのだろうか。デンジの元に帰って良いのだろうか。 生まれ故郷のジョウト、そして育ったホウエン、旅の地にシンオウを選び、その中で多くの人と出会ったが、帰ってくることを前提で話されたのは、母以外で初めてだ。


「でもデンジさんはそんなこと、全く考えずに言ったんだろうなぁ」


今は、単なる忠告として捉えておこう。戻ったらちゃんと考えよう。うん、きっと深い意味なんてないだろう、うん。
無意識にも早足になりながら次の部屋を通り過ぎる。

――そうして二本目の柱の部屋から数えて、八つ目の部屋。霧はすっかり晴れている。 今更この洞窟が普通の洞窟だとは考えていない。いくらなんでも広すぎる。不思議の国ならぬ、不思議の洞窟だ。洞窟を抜けると、そこには何が広がっているのやら。 眼の前に聳え立つ、一本の柱。柱に彫られた文字は、

『3−27』


「…三本目の、柱だ。19から八加えて、27。この部屋は、二十七つ目。ビンゴだ」


最初の部屋の石碑の『30』が三本の柱に遭遇する前に通過する部屋数のことだったら、『30をこえるまえに』の条件はクリアしている。 この部屋も、これまでと同じように進む方向は4つである。しかしここまで来たなら、どの道を選んでも変わらないだろう。 右、左、正面の道。どれを選んでも、『まどろむ ……の もとへ』たどり着くはずだ。だったら。

まっすぐ前に進む。


「さて鬼が出るか蛇が出るか。――…っと、あれ。あれ?」


段差を降りて、登って、


「石碑…だけ?」


最初の部屋と似たような石碑があるだけだった。 とりあえず、読んでみることにする。

『ここは……
 いのち かがやく もの
 いのち うしなった もの
 ふたつの せかいが まじる ばしょ』


「ふたつのせかいがまじるばしょ?なんだそれ、三途の川みたいなもんかな」


結局オカルトエンドか、と落胆しながら石碑に背を向けたとき、台座の下で待つルカリオが鋭く鳴いた。 「ぇ、」咄嗟に左へ跳ぶ。が、何かに弾き飛ばされて、段差を転がり落ちた。 すぐに顔を上げ周囲を窺うが、石碑以外に何もない。何もいなかった。


「いッ、た!――ルカリオ!何が視えた!?」


テレパシーによって、ルカリオのイメージがの脳内に展開される。 だが視えた敵らしきものは黒い影とその中の二つの赤い光だけ。それが、石碑から飛び出してきたようにみえる。
イメージを消して、台座の上を見据える。しかし石碑に変化はない。 けれど現にの右足大腿部は服ごと斬られ、真っ赤な血が服を汚し始めている。咄嗟に手で押さえると、手も赤く染まった。だが今にも気を失ってしまいそうな程ではない。ルカリオの声が無かったらもっと酷いものだっただろうが。

傷口をガーゼで覆い、その上からハンカチで縛る。今はこのくらいしか出来そうにない。

ボールを更に一つ開放する。現れたのは『ドータクン』。
相手のタイプが分かっていない今、弱点が少なく、まもりの高いドータクンでまずは様子を見る。


「『きりさく』?でも一瞬で姿を消すなんて……、ルカリオ!」


地面に膝と手をついたルカリオの、房が浮き上がる。

波導が届く限り、洞窟内を探る。 地面の下か、それともカラダの色を自在に変えて姿を溶け込ませているのか。分からないが、生き物である限り波導を出しているはず。逃がしやしない。 だが波導を探っている間、ルカリオは無防備である。


「ドータクン、『トリックルーム』」


これで一定時間だが、この部屋に限りドータクンのスピードは大抵のポケモンを上回る。野生ポケモンでもレベル50を越える洞窟だ、100パーセント上回る。 ルカリオにとっては負荷となる技だが、そもそも波導を探っている間は彼は攻撃できない。 一度姿を現せば、先手はこちら(ドータクン)が打てる。


「『めいそう』。――ルカリオ、」


周囲を警戒しながらドータクンの特防と特攻を上げ、ルカリオに声を掛ける。 しかしルカリオは立ち上がらない。と目が合うと小さく首を振って、再び波導を探り出した。

ルカリオが、捉えられない? 傷を負わすことが出来るということは、たとえ塵であったとしてもこの世に確かに存在しているのだ。 それなのに捉えられないということは、


「『いのちうしなったもの』っていうの?…ふざけんな!」


そんなの認めない。 ゴーストタイプだって生きていて、だからダメージを与えられる。死んでるのに直接ダメージを与えられるなんてありえない。 絶対見破ってやる…ッ!


「ルカリオ、石碑の周囲を重点的に調べて。一度はそこから出たんだから、何かしら波導が残ってるかもしれない。ドータクン、『トリックルーム』が切れないように、」


急に背中が泡立った。考える暇も無く、身を捩る。
しかし今度は間に合わなかった。 背後から物凄いエネルギー波を受け、岩壁にぶつかる。 衝撃で肺の中の空気が吐き出される。苦しい、痛い、


「ッ、『とうせんぼう』!!」


地面に跪きながら、擦れた声で叫ぶ。 ルカリオが跳んできた。のすぐ傍で背を向け、護るように立つ。…『とうせんぼう』は成功したらしい。波導を使うまでもなく今、そこに、いるのだろう。威圧感と、殺気が背中に突き刺さる。


「はぁ、はぁ、は……」


岩に縋りながら、立ち上がる。 右足から血が流れる。今の衝撃で傷口が開いたみたいだ。現状は見えないが、ドータクンはこれ以上動けないだろう、もう一匹出してルカリオの補助に、――右手が腰まで届かない。 骨が折れたようだ。 息も切れ切れに岩に背を預けるようにして立って、やっと顔を上げる。








「……、かみ、さま?」

2010.08.16. up.
2011.08.25.改

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