朝、起きたらまずポケモン達のコンディションを確認し、体調に合わせたフーズを用意する。
ポケモン達が食べている間に自身の準備をし、全部が終わったらやっと自分の朝食を用意する。
それが、旅に出てから欠かさず毎日こなしてきた日課なのだけれど。
「…なんかだるいし……」
寝不足なんて、他人事だと思っていた。
天井を見上げながら、はつぶやいた。
カーテンの隙間から外の様子が垣間見えるが、遠くに灯台の明かりが見えるだけで、まだ日の出は遠いようだ。
再び目を閉じてみるが、一向に眠気はやってこない。
昨晩よほど早く寝たかといえば、そんなことは全く無く。
昨日はそれなりに体力を使ったはずなのに、何故か寝つきが悪かった。
やっとまどろんできたと思えば、黒くて大きななにかに追いかけられる夢を見て、飛び起きる。それの繰り返しだった。
……あれは、なんだったんだろう。
捕まったら終わりだと、何度も何度もひたすら逃げていたから、良く見ていない。振り返ったとして見えたとは限らないけれど。ただ、一瞬、目のようなものが赤く光ったような気がする。
部屋は暗い。けれど目はすっかり冴えてしまった。
二度寝は諦めて、枕元に置いたはずのポケッチを手探りでさがすことにした。うろうろと指先が硬いものに触れる。引き寄せた。
デジタル時計のアプリをは初期画面に設定している。顔の前に持ち上げ画面に触れると、バックライトが点灯した。起きたばかりの目には少し痛い。
『3:42 AM』
「…あー……」
早い。早すぎる。
さすがのポケモンセンターだって受付を開始していない。
光が煩わしくて、ポケッチの画面を手のひらで覆いながら布団の中に突っ込んだ。それでも布団から光が透けているけれど、その内消えてくれるだろう。
カラダが重い。頭が重い。ただの寝不足でこんなに憂鬱な気持ちになれるのだから、世の中の働くオトナ達は随分心が強いんだろうななんて思う。
そうこうしていると目が暗闇に慣れ始めたのか、天井の模様さえ見えてきた。小さな穴が無数に開いている。
眠れないときは羊を数えるといいと誰かが言っていたっけ。暇な時は畳の目だったか。点がいち、に、さん。…あぁ、顔に見える。
鬱々と天井を見上げながら考えていると、ベッドサイドチェストに置いたモンスターボールが揺れ出した。の心のブレに反応して起きたのか、ゆらゆらと揺れて存在をアピールしている。
不思議なこともあるものだ。誰に似たのかよく食べよく眠る健康優良児しかいないのに。
こんな時間に起きるポケモンは……
「あぁ、キミだったか。大丈夫だよ、起こしてごめん」
動くのを捕まえて覗きこむ。はどうポケモン・ルカリオさんだった。
一キロ先の誰かの気持ちさえ分かるというから、この距離では寝ていてもうるさかったかもしれない。落ち着かせようと軽くボールを小突いてから、元の場所に戻す
。
さて他のポケモンは、とチェストからモンスターボールを一つ一つ取って確認してみるが、誰も起きた様子はない。
それどころかいきなり動かされたというのに熟睡している。一番の相棒でさえも。
………。思わずボールをシェイクする。それでも彼は起きない。ほんと、一体誰に似たのやらと溜息をつく。
「んー…起きたもんは仕方ないし、日の出でも見に行くか」
確か日の出は4時20分頃だったはずだ。今から軽く準備して行けば、十分間に合うだろう。
ナギサの海の日の出なんて見たこともなかったし、見れるものなら見たい。普段なら、目覚ましをかけたってこんな時間に起きることはまず無いのだから。
そうと決まればすぐに行動。モンスターボールをホルダーに装着して、帽子を被る。夏とはいえ早朝の海上だ、上着も持っていこう。
部屋に鍵をかけて、小さな明かりだけがついているセンターを横断する。
自動販売機は動いているようだ。ポケモンたちにとミックスオレとサイコソーダを三本ずつ買っていく。
あ、自分の分を買い忘れるところだった。ミックスオレを更に一本。当たりが出てもう一本出てきた。今日はツイてるかも。
さあ、海岸に急ごう。
「6時半…」
にとっては早くも遅くもない時間。けれどデンジが起きている確率は0に近いだろう。
オーバはなんとなく朝に強そうな気がする。彼だったら起きているだろうか。
インターホンに手を伸ばしたところで、ポケッチの文字が目に入った。
すっかり空が明るくなったからと何も考えずにナギサジムへと来てしまったが、さすがに出直すべきかもしれない。
さてどうするか。
……一回だけ鳴らして、反応が無ければ出直そう。一回ぐらいで起きる人じゃないし。
ピンポーン――… 間の抜けた音が響く。カウント開始。5、4、3、2、1、0。反応なし。
「ですよね。さ、帰るか」
早々に見切りをつけて、ジムに背を向ける。
オーバだったらもしかして、と思ったが、もしかして昨日遅くまで遊んでいたのかもしれない。
しかしこちらは目覚めが早すぎたせいか、腹が空きすぎて吐き気までしている。
ミックスオレ2本じゃ気休めにしかならなかった。軽くつまめるものでも買ってこよ、
「今日は随分早いんだな」
そう思った矢先、後ろから声を掛けられた。もちろん、聞き覚えがある声だ。でもなぁ。まさかなぁ。
振り返って声の主を確認する。……いやいやまさか。目を擦って、もう一度見る。
「……それは失礼すぎるだろ」
自動ドアに凭れるように立っている、
「うわぁ、本当にデンジさん!?え、ちょっ、どうしたんですか!?」
「どうしたって、インターホン鳴らしたのはそっちだろ。ま、おはよう」
「あ、おはようございます。そうですけど…でも、こんな時間に起きてたの、初めてじゃないですか」
「…あぁ、ちょっとな」
「?」
押し黙ったデンジについて、ジムの中に入る。
そっと顔色を伺ってみるが、それ以上は語ってくれなさそうだった。これ以上聞いても無駄だろう。
通路はガランと静まり返っている。どの扉も開く気配がない。
「あれ、オーバさんは?」
「帰った」
「え?」
「用事でもあったんだろ。昨日が帰ったあと、アイツも帰ったよ」
「え、そうなんですか?」
また明日と言った時にはそんな素振りは無かったのに、急用が出来たのだろうか。
ちゃんと別れの挨拶が出来なかったのが少し残念だ。
が通う間でオーバがいたのは昨晩だけなのに、ジムがどこか寂しげに見える。
「――あれ?デンジさん、なんか顔色悪くないですか?」
「そうか?そういうこそ、なんか顔赤くないか?」
「そうですか?…あぁ、日焼けかも」
「日焼け?」
「早く起きたんで、せっかくだし海上で日の出を拝もうかと。でもそのあとうっかりそこで寝ちゃって」
お天道様の光は偉大だ。一時あんなに目が冴えていたのに、日光を浴びただけでぐっすり眠れた。
それにしてもまさか波乗り中ずっと寝るとは思いもしなかった。波乗りが出来るメンバーが大型ポケモンでよかった、としんみり思う。海上居眠りで溺死なんて、家族がなんと言うやら。
「って、私のことは良いんですよ。デンジさん、また徹夜したんですか?駄目ですよ、生活リズムが崩れると朝ごはんが美味しく食べられないんですよ」
「そこなのか…仮眠はとった、言うほど寝てないわけじゃないさ。は食べたくて仕方が無いって顔してるな」
「えぇ、それはもう。今なら生肉いけそうです。でもそんな駄目デンジさんのために、朝からスタミナ食がっつり行きますよー」
「本音は?」
「正直、8割自分のためです」
当たり前じゃないですか!
朝食が早かったおかげで、まったりタイムも合わせて長くなった。朝食で使った食器は洗い済み。
天井や残りの改修場所は業者を必要とするものだから、彼らが現れるまではデンジも暇らしい。しかし、残すところがあとわずかという事は、この生活も終わりが近いのだろうか。
ふたつの湯のみから湯気が立ち上る。
猫舌ではないし、勿体つけて飲むようなレベルのお茶でもないが、急いては飲みたくない空気だ。せっかくデンジと二人きりで話せる時間なんだから、ちょっとでも伸ばしたい。もちろん、少し遠回りしたとしてもヨスガシティまで日帰りで往復できる時間には出発するつもりだ。
「朝から『肉と魚の山』は初めて見たな…」
「マスターの料理の方が多かったじゃないですか」
「あれ昼だろ。でもは朝から食べるよな、女の子って朝?食べないし☆って感じだと思ってた」
「あー…旅する女の子☆は例外にしといてください。山越えした日にはもれなくのたれ死んじゃいます。ちょっと目を離した隙に食料を野生ポケモンに食べられたりなんか、しょっちゅうですもん。…ってことは、デンジさん、」
「なに?」
「そーゆう女の子がタイプなんですか?」
湯のみを傾けると、澄んだ黄色の緑茶に小さな波が立った。
唐突な質問だったとは思う。でも、気になってしまった。語尾に☆をつける余裕はなかったが、まったく不自然というわけでもない。
でも、あぁ。この奇妙な関係に自分から波風を立たせてしまうなんて、考えてみれば馬鹿だ。大馬鹿だ。
はてデンジさんはと顔を上げれば、質問の意味が分からなかったのか、眉を寄せている。
…そんな難しく考えられるなんて思わなかった。合コンのノリでいいのに。――…合コン、生まれてこの方行ったこともないけど。
自分から聞いてはみたけれど、そんな女の子にはなれそうにないと直感で思う。少なくとも、夢に諦めがつく日までは。
――彼の理想に近づけるなら、と改めて天秤にかけてみても、やっぱりなれそうになかった。
そんな、語尾に星がつきそうな明るい女の子は、世界中にそれこそ星の数ほどいそうなものだ。
その中にはうんと綺麗で、可愛くて、(そりゃちょっとは自信はあるけれど)私より料理が上手い女の子も、いるだろう。…なんだか、悲しくなってきた。もちろん顔には出さない。
あぁ、甘いものが食べたい。ごちゃごちゃ考えてしまうのは、きっと糖分が足りないからだ。
「デンジさんデンジさん。ここんとこ、皺寄ってますよ?」
ひとさし指で眉間を押してみせると、やっとデンジさんが焦点を結んだ。
「…考えたこと、ないんですか?合コンって、そういう話題ばっかなんじゃ」
「は?そんなの行ったことないよ」
「え、うそ、意外…」
…いや、意外じゃない、な。
一週間見てきただけでも、デンジがオーバ以外の友人といるところを見たことがない。それ以前にまずジムから出ないのだが。しかし、多少性格に難有りだとしても、女の人がほっときそうにもないビジュアルなのだ。いままではそうでも、これからは分からない。
……あ、駄目だ。これ以上考えると欲が出てしまう。これ以上踏み込んじゃいけない。今はこの関係が幸せなのだ。
「…でもなかったです。まぁ続きはいつか聞かせてもらうとして、もうそろそろ、お暇しますね」
「今日はどっちだっけ?」
「トバリ経由で、ヨスガシティです。途中、ちょっと気になることがあって。夕方には、戻ってこれると思います」
「ふぅん…。、」
「はい?」
ふと無表情になったデンジが、少しかすれた声で名前を呼ぶ。
それだけで、は口内がすっかり乾いてしまったような気がした。
なんですか、と続けるはずの言葉を飲み込む。
「帰ってきたら、話がある」
「…、は、」
「湯のみはオレが片付けておくから。気をつけて行ってこいよ」
どういう風にとれば正解なのだろう。口が、開いたまま塞がらない。
するとデンジがムスッと顔をしかめ、低く呟いた。
「返事は?」
「は、はい!気をつけて、行ってまいります!!」
2011.08.25. 改