ナギサ の いかずち が あらわれた ! 6




「これからどうしましょうかねー…」
「んー…」


他にお客さんの姿はない。 デンジにならって、カウンターに伏せ、腕の間に顔を埋める。あ、駄目人間っぽくてこれ良い。 工事は一日がかりで行われるという。 あぁ、こんなことになるなら、始めからトバリ経由で行けば良かったな。ギャロップを宥めるのに一日掛かるなんてわかってたのに。メリッサさんへの再戦予約を泣く泣く取り消したのは昨日のことである。
今からヨスガに向かっても、帰るのは宵の内になる。それでは夜ご飯が作れない。それ以前にそんな気力はどこかに行ってしまった。明日にしよう、うん。


「二人ともみっともないぞ。おかわりは?」


もっともな言葉に、は上半身を起こした。背筋を伸ばす。デンジは伏せたままだ。
その様子を横目で少し眺めてから、はマスターにカップを差し出した。


「お願いします。…あ、ものすごく今更ですけど、私、っていいます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。くん、だね。キミはナギサの人じゃないだろう、どうしてこの街へ?」
「武者修行中なんですが、今は訳あってデンジさんにお世話になってます。生まれはジョウトですが、育ちはホウエンの田舎町です」
「そうか、キミはやっぱりトレーナーなんだな。良い目をしている、これからもっと強くなるぞ」
「そう…ですか?」


マスターの言葉に、思わず頬が火照る。『大人』からこんな風に言われたことなんて初めてなのだから、仕方がない。 そんなの様子に、マスターは見えている口で笑ってみせた。 照れ隠しに受け取ったばかりのカップに口をつけ目を逸らしてみせると、やっとマスターはデンジへと視線を動かす。デンジは相変わらず伏せっている。
だが、マスターの次の言葉には、さすがの彼も顔を上げた。そしては顔を輝かせた。


「あぁ、まるで昔のお前を見ているようだ。くん、デンジは今はこんなだが、昔は」
「マスター!…昔のことはいいだろ。誰も興味ない」
「そうか?くんはそうでも無さそうだぞ?」


デンジが無言で睨んで…いや、見つめてきた。目は口ほどに物を言うとばかりに、静かに訴えてくる。
デンジさんの子どもの頃…興味ないわけがない。出来ることなら全力で頷いてみせ、マスターに是非とも語っていただきたい。時間は十二分にある。 けれど横からの視線に耐えられそうになかったは、曖昧に笑ってかわした。

諦めたわけじゃない。これから先、マスターと仲良くしていけたらいくらでも機会はある。
笑顔を保ちながら、は隠れて拳を握った。耐えて耐えて、チャンスを虎視眈々と待つのは得意だ。主にポケモンバトルにおいてだけど。ショタデンジさん超気になる。

そうこうしていると、マスターが壁時計を見て言った。


「さて、悪いがこれから夕方まで用事があってね、店を閉めなきゃならないんだ」
「そうなんですか!ごめんなさい、すぐお暇しますね」


あぁ、だから他のお客さんの姿が無かったのか。きっと常連さんには事前に伝えてあったのだろう。
席を立とうとすると、マスターが「そうじゃない」と首を振った。


「時間をつぶさなきゃならないんだろ?俺はいないが、自由に使ってくれ。冷蔵庫にサンドイッチが入ってる、昼にでも食べてくれよ」
「サンキュー、マスター」
「いや、でも…」


が逡巡していると、マスターはカウンターの中から出てきた。 そうして、の頭を擦れ違い様に軽く撫でたかと思うと、いつもの格好の上にジャケットを羽織り、デンジの席に本革のキーホルダーのついた銀色の鍵を置いた。スペアキーだろうか。

何でもない所作なのに、この二人がやるとドラマのワンシーンみたいだ。
は彼に撫でられた髪を整えながら、二人の姿を眺める。


「デンジ、俺が戻る前に出ていくなら閉めてくれ。次来たときに返してくれればいい」
「はいはい、じゃあな」
「お気をつけて」
「悪いな、ゆっくりしていってくれ」


マスターが扉を開いたことでわずかに届いていた街の喧騒が、マスターがいなくなることで、ふたたび消える。
ふたりぼっち。沈黙が苦手なタイプではないが、このまま二人で黙りこくっているのも勿体無い気がする。


「…これからどうする?ゆっくりしていってくれ、って言ってたけど」
「さすがに、このまま居座るなんて出来ませんよ…」


だけど、と手元のカップに目線を落とす。このコーヒー、一気飲みするには惜しすぎる。
それに、急いで出ても、今更どこかに行きたいわけでもないし。 ナギサにはまだまだ見たことの無い名所がたくさんあるが、ただでさえ観光シーズンでカップルの多いこの時期に一人で観光地を巡るほど切ないものはない。 目の前の彼を誘ってみればもしかしたら付き合ってくれるかもしれないが、どこへ行っても彼を知らない人はいない。 この喫茶店に来るだけでも、道行くお姉さんに肩身の狭くなるような視線で見られてきたのだ。
ホウエンで生活してた時はそんな視線……兄と比べられる視線……で見られることは日常茶飯事だったが、シンオウに来てからはほとんど無かったため、耐性が薄れてしまったらしい。 それを自覚しながら望んで出歩くようなドMではない。
……そんなことを思っていたから、つい気を抜いてしまった。


「マスター、キミのこと気に入ってるみたいだから、そんな気を使わなくても」
「キミじゃなくて、ですよ…」
「は?」


え?
デンジの反応に、は我に返った。

――…今、何言った?……   『キミじゃなくてですよ』
そうだ、私の名前は『キミ』じゃないんだって、思ってたけど言えなかった。
言ったら、私のこと意識して欲しい、って強請ってるみたいに思われるかな、なんて思ったら言えなかった。

でも、今更言い止めようとは思えなかった。15秒後確実に後悔するだろうけど、ここで止めてもどっちみち後悔する。口にしてしまった以上、それならまだ、言ってしまったほうがすっきりする。


「…さっき、言ったじゃないですか。私、っていいます、って。あれ、マスターに対してだけじゃなくて、デンジさんに向かっても言ったつもりなんですけど、聞いてませんでした?」
「聞いたもなにも、知ってるよ。自分が認めたトレーナーの名前を忘れるわけがないだろ?」
「じゃあ、一回くらい、名前で呼んでくれてもいいんじゃないですか?」
「?呼んだこと、」
「ないです。いっつもキミ、キミって。私はキミって名前じゃないんです。それなら私はデンジさんのこと、これから、輝き痺れさせるスターとかナギサの雷って呼びます。良いですよね、」
「は、」
「あなたが私をキミって呼ぶのは、私にとってはそういうことなんです。つまらないことで悩んでるとお思いでしょうが、私だって自分のこと馬鹿だって思いつつも考えちゃうんです。私のことどう思ってるんだとか、名前覚える価値もないのかって、言ってる傍から自己嫌悪生んでますけど、」
「、」
「ちょっとじぼーじき入ってます分かってますよ。どっちにしろ後悔するんです。だったら玉砕したほうが良いんです。それでナギサのいかずちさん、」


どのタイミングで負けず嫌いの性分にスイッチが入ったのか、言い出したらノンストップだった。デンジさんの言葉なんて切りまくりだ。滑舌良くないからカッコ悪い。だけど止まれないから仕方ない。 どこかに『だからシロナさんに負けちゃうんだよ』と冷静に突っ込む自分もいる。きっとシロナさんに負けた私も、デンジさんに負けたあの日の私も、この『スイッチの入った』私だ。きっと頭でも打たなきゃ止まらない、


「わたし、」



はずなのに、止まらざるを、得なかった。


くん、いや、ちゃんの方がいいか?――いざ呼べって言われるとなんか変な感じだな」
「…よ、」
「よ?」
「呼び捨てでお願いします……」










「はい、水」


カウンターに回ったデンジが、ガラスコップに水をいれて差し出した。 それをは受け取って、一気に飲み干す。空になったコップを取り上げて、水を入れて、デンジが再度差し出す。受け取る。
二杯目を半分ほど空にして、はやっと元に戻った。けれど頬の赤みは抜けていない。


「…どうも、見苦しいところをお見せしました……」
「正直、びっくりした。家族には『ああ』なのか?それともバトルのときとか、」
「それはちょっと違うと思います。子どもの頃は確かに負けず嫌いでしたし、バトルの時は好戦的になるそうですけど…。……けどシロナさんのときと、6日前、デンジさんと戦ったときは、頭が真っ白になって」
「うん、」
「たぶん勝てないって思うことで、余裕がなくなって…、それで、ああなっちゃうんです」
「?でも、さっきは勝つも負けるも無かっただろ?それともオレが名前で呼べば勝ちだったのか?」
「……あー…」


違う。名前は呼んでほしかった、正直、すごく呼んでほしかった。けどさっきのは、勢いで告白しようとしていたんです。 …――なんて言える訳ない。『私のことどう思ってる』なんてうっかり零した本音にだって、彼は気づいていないのだから。


「…わかんない、です。でも、名前で呼んでほしかったのは本当です、ごめんなさい」
「どうして謝るんだよ?ちゃんと呼んでなかったオレも悪いだろ。……、なぁ、」
「?どうしました?」
、ポケモン持ってきてるよな。バトルしよう。オレ達はトレーナーだ、言葉よりもバトルのほうが気持ちが伝わるもんだろ」
「けど、バトルステージは今、」
「バトルできる場所はジムだけじゃないだろ。良い場所がある、案内するよ」
「は、はい!――あ、でもちょっと待ってください!」


今すぐにでも移動したそうなデンジを制し、二人分のコーヒーカップとガラスコップを、カウンター台の上において、回り込む。コーヒーの汚れは放っておくと落ちにくいのだ。食器をシンクに移す。洗剤やスポンジの姿を探すが、客の目を気にしてか、シンク周辺には見つからない。いくらか親しくなった仲とはいえ勝手に漁りたくはない、指で擦り、何度か水ですすいで、表面の汚れだけでも落としておく。
さてお皿はどこに置けば……、水切り棚は、シンクのすぐ下にあった。身をかがめる。

そのとき、見つけた。

水きり棚の横に、バスケットが置かれている。バスケットの上には薄緑色のメモ用紙が乗っている。「見つかってしまったようだね。ちゃんと片付けまでしたくんにおじさんからプレゼントだ。もう一つはデンジにでも」バスケットの中には、『カフェオレ』とシールの張ってある水筒が2つ。いつの間に用意したのだろうか。まったく気がつかなかった。 冷蔵庫の中には、ラップの掛かったサンドイッチ。バスケットの隙間に、サンドイッチを入れてみる。……なんと素敵なピクニック弁当。見た目だけじゃなく味も5つ星。隣に立つデンジの服を引っ張って、指差す。


「せっかくだし、いただいていきましょう」













「じゃあ、私はスーパーに行きますね。デンジさんは先にジムに戻っててください。夕方には伺います」
「オレもついてくよ。荷物運びくらいならできる」
「大丈夫ですよ。二人分ですし、私にも相棒がいますから。それに、ジムがどうなったか気になりません?」
「あー…」
「決まりですね。ではまた後で。ドアは開けておいてくださいね」


バスケット片手に去っていくデンジをしばらく見送ってから、は今までいた場所を振り返った。

223番水道。水道と銘打ってあるが、広がっているのは白い砂浜と青々とした海だ。 ここからずっと北に波乗りしていくと、ポケモンリーグにたどり着く。2週間前に挑み、1週間近く前に逃げ帰った道だ。

ここで、デンジとバトルした。
時間にしたら、数時間だっただろう。3体3、ダブルバトル、入れ替え戦、勝ち抜き戦、フルバトル。今まで色々な場所で、ルールで戦ってきたが、一番楽しかったかもしれない。 実力が近いからとか、デンジのバトルセンスが斬新でそれでいて優れたものだからとか、いくらでも理由はあるけれど、それ以上に、そんな彼が何を考えているかを読むのが、好きだからだ。

でも、デンジさん、
バトルじゃ、やっぱり全部は伝わらないですよ。私の気持ちなんて、結局最後まで気づかなかったじゃないですか。

2010.08.16. up.
2011.08.23. 改

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