「…え?も、もう一回言ってください」
「ですから、宿泊希望とのことですが、お断りさせていただきます。申し訳ないですけど」
旅館でもホテルでもない、ポケモンセンターでのことだ。
いままで幾度と無くポケセンは利用してきたが、断られたことなど一度もなかった。
シングルルーム希望、空いてないならどのタイプの部屋でも構わない、といういつも通りの申し出が、しかし思いがけなく拒否された。頭が真っ白になる。
そんなを、申し訳ないと言いながら全然申し訳なさそうな顔をしていないジョーイが追い討ちをかける。
「今のあなたは施設利用許可者だと認められないんです」
「どういう意味ですか?」
「あなたは現在、一般トレーナー扱いですから、シーズン外の今は利用できません。当宿泊施設は、旅のトレーナーが利用するもの。一般のトレーナーはチャンピオンリーグ等特別期間のみ利用可能となっております」
「なん…だと…?」
どうして、今まで利用できていたというのに、いきなり一般トレーナー扱いになってしまっているのか。
ジョーイは、がナギサに滞在して一週間が経過したためだ、と言う。
なんでも、ポケモン協会の規則では、一般と旅のトレーナーを『同じ街に一週間滞在しているか否か』によって区別しているそうだ。すなわち、一週間以上滞在しているは、一般のトレーナー扱いになる、らしい。
――理解はできる。けれど、納得はできない。
誰彼なくトレーナーを宿泊させれば、本来利用するべき旅のトレーナーが利用できなくなってしまう。
格安のポケモンセンターをホテル代わりに利用するという、本来の意義と外れた使い方をするトレーナーだって出るだろう。
しかし、そうはいっても、『今夜泊まる場所がない』という現状は打破できないと困る。切実に困る。もし今からアパートを借りるとしても、入居できるのはいつになるやら。
「じゃあ、他の街のポケモンセンターだったら今日でも使えるのですか?」
「えぇ。けれどここから近いノモセやトバリは、観光シーズンですから、今から向かって空室があるかないか…。ホテルだと、グランドレイクだったらもしかして…」
「グランドレイク……。あ、あとは、自分でどうにかします。ありがとうございました」
顔色の変わったを、「ライラーイ?」と鳴きながらカウンターの下から見上げるライチュウに、は彼の頭を一撫でして、受付を離れた。
「――はぁ…。グランドレイクなんて、無理に決まってるしさぁ…」
「ライ?」
の呟きを聞きつけて、ライチュウが顔を上げた。
そのくりんとした耳を揉みながら、は情けない独り言の理由を言う。
「お高いんだよねぇ。素泊まりだけでも、マスターのごはんが20回は食べられるかな…」
「!?」
「というわけで、どうしようかな……あ?」
自動ドアの開閉音がした、と思うやいなや入口側が突然騒がしくなった。思わず手を止めて、その原因を探そうとする。
「なんだよなんだよ、なんだってんだよー!今日の受付が10時半までなんて聞いてないぞー!!」
けれど、それより前に、黄色髪の少年がのすぐ脇をが弾丸のような勢いで通り抜けていった。
聞こえた言葉からすると、十中八九旅のトレーナーのようだ。そして、ものすごくせっかちらしい。シンオウ全土のポケセンが今日一日短縮営業(?)なのは、先週から通知してあったのだから、どこかで見ていただろうに。
…といっても、のように泊まる場所が無いようなあんぽんたんでは無いだろうな、と思うと、更にへこむ。こっちがなんだってんだよ、って、
「――って、ジュンくん!?」
聞き覚えのあった口上に、思わず振り返る。
黄色髪の少年は、先ほどまで自分がいた、あのカウンターに向かって駆けていた。
間違いない、あの跳ねた髪、口癖。――そしてあの出会い頭のインパクトは、一年近く会っていなくても口癖を聞くだけで思い出せるのだった。
これは宿泊場所ゲットのフラグかもしれない。彼の背を追って歩く。
「そんな…ツインルームしか残ってないなんて、ばっきん10まんえんだ!」
そうそう、彼には出会い頭に罰金を要求されたんだった。今より0が一つ多かったけれど。懐かしさに思わず口角が上がる。
本気で払わせるつもりではなく、何時何分何秒地球が何回回った時ですかーチックなものだと後で判明したが、初めて聞いた時はいきなり多額負債者になったかと衝撃が走った。
「ですが、このお部屋しか空いていないんですよ。どなた様と相部屋か、それともお一人でのご利用を希望されましたら、差額をいただくことになります」
「知らないトレーナーと相部屋…」
どうやら雲行きがおかしい。…むふ、こりゃあ、おいかぜ状態じゃないか?
彼の背後に立ち。頭半分低い彼の、肩を指で叩く。
「わっ!いきなりなんだってんだ…、え、あ、」
「あら、さきほどの…」
口をぱくぱくと開く少年をひとまず置いて、ジョーイの方を向いて、耳を両手で押さえるジェスチャーを送る。
…さすが医療従事者だ。わけが分からないなりに迷わず耳を押さえるジョーイに親指を見せ付け、も同様に耳を押さえる。
「さん!?」
「「「!!!???」」」
時間が時間だったためにわずかながらにいた人が、一斉に振り返った。
…ジ、ジュンくんの気持ちは分からないこともないけど、こんなことで注目浴びたってなぁ。――とりあえず有象無象の視線は無視することにして、手を離して彼に向き合った。
「久しぶり、ジュンくん。…相変わらずみたいね」
「どうしてさんがここにいるんだ…ですか!?それにその包帯、怪我とか…」
「あれ、敬語?前は違ったよね。それに呼び捨てだった」
「う゛っ…、えっ、と、それは、オレがまだ未熟だったからで…さん年上だし、トレーナーとしても先輩だし、オレより強いし…」
「私は前のが好きだけどなぁ」
「でっ、でも!」
うーんかわいい後輩かわいい。
彼は、旅する中で中身も成長しているようだ。しかしまだ上手く切り返せないあたり、まだ子どもの部分も残っているようだ。――かわいいなぁ。からかいたいなぁ。
…でも、これ以上苛めたら嫌われそうだから、このくらいにしとこうか。
話を戻すために、右腕を上げて示す。
「骨折しました。野生ポケモンとのバトルで」
「なんやって…んですか!?」
「まぁ、色々あったわけですよ。それで、今はナギサに住もうかなとか思ってるとこ。ジュンくんは?ジム?それとも四天王挑戦?」
「オレはまだバッチ7つで、これからナギサジムに挑戦するところです」
――!ナギサ。
「ジュンくん、どんな対策してる?パーティ見てもいい?」
「ほんとですか!?お願いします!!」
そう言うと、ジュンは急いでボールを掴み取り、両手で手持ちを掲げた。
別に、忙しいわけでも、気分屋なわけでもないんだけどな。自分基準で考えてるんだろうか。――思わず苦笑いを浮かべながら、はその一つ一つを手に取り、見つめた。
「――…ふぅん。全体的に素早さが高いのが揃ってるのがジュンくんらしいね。面白いし、なかなかバランスもいい。でも相性で五分以上なのはロズレイドだけ。それから得意の素早さも“でんじは”一つで変わるから注意しないとね。最強って噂されるだけあって、まひなおしを使う暇なんてないよ」
「でも、今まで一緒に旅してきたこいつらで、どうしても勝ちたくって…」
「分かる、分かるよその気持ち!――じゃあ、少しだけ先輩トレーナーからアドバイス」
そう言うと、ジュンはあわててポケッチを連打してメモ用紙のアプリを起動させた。
何も言われなくてもメモしようとするなんて、本当に勝ちたいんだな、と内心で感嘆する。…性格を思うとうっかりボタンを押してメモ消去、なんてのもありそうだが、まぁそうなる前に連絡先も交換しておこうかな。
「まず、ジムリーダーが出す一番手はサンダースね。ジュンくんの手持ちでも、素早さでは普通に勝てない。そこを逆手にとってカウンターかミラーコートを返せばいける。初手はアイアンテールかチャージビームだから。それから二番手はラいた!!」
当然ながらラいたなどというポケモンはいない。が言いたかったのはライチュウで、蛇足だがライコウでもライボルトでもない。
――あ、ジムリーダーが伝説(ライコウ)出したらさすがに引く。誰だって引く。ニートで伝説厨かよとか巨大某掲示板で叩かれても仕方ないと思う。
「出すわけないだろ」
「いたっ!――なんで二回も叩くんですか『デンジさん』!」
確信を持って振り向けば、果たしてナギサのジムリーダーがそこにいた。噂をすればなんとやらってやつか。帰ったんじゃなかったのか。
なんだろう、忘れ物…の線はないだろうから、何か言い忘れたか、それとも彼の買い物袋の中に私のものが入っていて届けてくれたとかかな。
「理由?胸に手を当てて考えてみたらどうだ」
「その顔でセクハラはやめてください」
「被害妄想乙」
「うわ墓穴掘った」
でもどっちのことだ、わざわざ戻ってきた理由を考えればいいのか、それとも叩かれる理由を考えればいいのか。
浮かぶものがありすぎてどっちもな気もするしそうでないような気もする。
「あ、あの、もしかして…ジムリーダーのデンジさんですか?」
突然割り込んできた男(多分ジュンくんからはこう見えるだろう)と
「あぁ、ナギサのジムリーダーをしてる。デンジだ。キミは?」
「オレはフタバタウンのジュンです。明日の10時にジム戦の予約入れてますお願いします!」
言い切ると同時に頭を地面と平行にまで倒したジュンに、は思わず目元口元を押さえる。
この年齢の少年少女がもつ、ひたむきさ、まっすぐさは、数年前に過ぎた自分にはとても眩しく映るのだ。
「…?」
「…汚れてしまった自分に自己嫌悪してるだけなので触れないでください」
うー…なんでデンジさんとジュンくんが一堂に会するかな。どっちを優先するわけにもいけないし、同じだけ話しかけるようなコミュ力は持ち得ていない。
話題はポケモンという定番があるが、共通のポケモンどころかジュンくん電気タイプ持ってないからけっきょく○○がつよくてかっこいいんですよねなどと振るわけにもいかない。
――むしろ自分がいなくなって二人きりにしたほうが上手いこと仲良くなりそうな気がする。そういえばこの二人髪の色太陽組だよ。わたしだけ夜組だよ。見た目からしてぼっちじゃん。
そういえば、彼がいるのに、いつもくっついていたあの子の姿が見えない。ツインが嫌だと言うのだから、今は一緒ではないようだが。――決めた、ジュンくんに振る。
「ジュンくん、コウキくんは?」
「オレたち、フタバから別々に旅してるんです」
「えっ」
思いもよらない言葉に、思わず声を上げてしまう。
「あんなにずっと一緒にいたのに。じゃあ、コウキくんは?」
「それは…」
「…コウキ?コウキって、フタバ出身のか?」
「「えっ、」」
図らずも、ジュンと声が揃った。
そして同時にデンジを見上げる。…口を開いたのはジュンが先だった。
「デンジさん、コウキを知ってるんですか!?」
「あぁ、挑戦者だった」
「だった…ということは」
すでに、ビーコンバッチは手に入れたのか。…そうか、あの子が。
「一昨日ジムに来て、昨日オレと、な。オレが勝ったらリーグに挑戦するつもりだったが…、当面はジムの改造で忙しくなりそうだ」
「それ違う…ってえぇ!?デンジさん、リーグに挑戦するつもりだったんですか!?」
「キミが勝てない『チャンピオン』がどの程度か確かめたくなったからな。だが、あの挑戦者…コウキくんが勝つから、わざわざオレが確かめるまでもなくなった」
一連の言葉に、が固まり、ジュンは色めき立った。
「デンジさんはコウキが勝つと思ってるんですか!?」
「勝つさ」
「〜〜ッ、さすがオレの親友にしてライバル、コウキ!でもその前にこのオレに負けるんだからな!待ってろよ!!」
間髪入れずに断ずるデンジに、ジュンが有らぬ方角を向いて叫ぶ。…おそらくコウキのいるだろうチャンピオンロードを向いているつもりなのだろう。…しかしそっちは北東だ。チャンピオンロードに届けるには、北北西を向かなければならないだろうに。
――ジュンの叫びを一身に受けたジョーイさんは、変わらぬ笑顔で口を開いた。
「あと10分で、消灯いたします」
「――あの、さん、なんかこの人キラキラしてるような(小声)」
「そりゃ、輝き痺れさせるスター(笑)ですから(小声)」
「しのびねえな」
「かまわんよ」
「…あの、さんとデンジさんって、その、付き合ってるんですか?」
「「……なんで?」」
「え、なんでって、勘…」
「…なんで分かったかな」
「冷静になってみれば、ジムリーダーが、ポケモンセンターの規則を知らないなんてことがあるだろうか、と疑問になる。そして、か…彼女だとはいえ、どこに向かうかも分からない相手に、自分のポケモンを荷物番代わりに預けるだろうか。
……あの変な反応の理由は、そういうことか。
ポケモンセンターの中であるにも関わらず、は心持ち歩みを速めた。無意識のうちにスピードは速まり、そして自動ドアを通り抜ける頃には駆け足に近いものになる。ライチュウもまた小走りでを追った。
「デンジさん!」
「おー、おかえり」
果たして、デンジはドア横の壁にもたれかかっていた。
電光石火でも使ったかのような勢いで飛び出したを見ても、悠々と構えている。この状況を予測していたかのような体だ。…少しいら、とした。
「…知ってたなら、教えてくれてもいいのに」
「ジョーイから直接言われれば、二度手間にならないだろ?」
「う…」
大正解だ。もし彼から聞いたとしたら、おそらくセンターに再確認するだろう。彼を疑ってのことではなく、そういう性分だからだ。
しかし図星を突かれた裏で、規則を知らなかった自分が悪いことは分かっていながらも、もっと早くに聞いていたならば、日の高いうちにノモセやトバリに行くことだってできてただろうに…とさえ思う。
これからどうすれば…。兄とダイゴさんはもう違うところに行ってしまっているだろうし、この街には突然泊まらせてと頼めるような知人もいない。今から他の街に行こうと思えるようなバイタリティもない。
「…本当に、キミは人に頼ることを覚えないな」
「はい?」
「知り合いがいない?今自分が話しているのは、いったい誰なんだか」
「デンジさ…あ。」
気まずくなって視線を逸らすと、頬をむんずと掴まれ、強制的に顔を上げさせられた。
「頭に浮かびもしないってはのはな」
「しゅ…しゅみまひぇ」
「ひどい顔だなぁ」
な に こ の 人。
えらくいい顔で微笑むデンジに、愕然とする。
「それで、右と左、どっちにする?」
「…どれで?」
『それで』、って、どこに掛かる接続詞だろう。
頬から手が離れていったかと思えば、唐突に突き出されたデンジの両拳を、まじまじと見やる。
この中には何か入っているのだろうか。アメとかだったら少女マンガ過ぎて笑ってしまうかもしれない。
「すぐに選ばないと後悔するかもな。5、4、3、2、」
「み、右で!」
「い…ふぅん」
突然始まったカウントダウンに、考える暇もなく直感で右を選ぶ。
選んだ直後、そういや最近『右』に運無かったじゃん、と早速後悔する。右腕骨折で右足大腿部…ふとももばっくり切られたばかりだった。効きすぎな塗り薬のおかげで忘れていたが。
「手、出して」
「?」
言われるままに、左手を出す。
「貸し一」
そう言って、デンジは、の手のひらの上に何かを落とした。
…何だろう。感触的に、金属みたいだけど。
は、人差し指と親指でその金属片を掴み上げ、宙に翳した。
ちりんと小さく鈴の音が鳴る。
ポケモンセンターのライトを反射して、その正体が現れた。
「……かぎ?…え?…は?」
「オレのアパートの鍵だ。貸してやるよ」
「アパート…?アパートって、あの、集合住宅のアパートメントのことですよね?貸す…って、え、」
「知ってのように、オレずっとジムで生活してる。前はアパート暮らしだったが、今は、ジムリーダーが所在地が無いってのは体裁が悪いから借りてるだけだ。――バス・トイレ別設計、1K洋室に家具つき、更にはナギサジムまで徒歩5分という高物件、食い付かないほうがおかしいか」
固まったを無視して、デンジは淡々と言い募る。
「まぁ、最近帰ってない分、そこまで綺麗ではない。――で、食いつくのか?食いつかないのか?」
「か、考える時間は、」
「無いよな。今日寝るところの話だろ」
今日という日も、あと2時間もしない内に日付が変わって明日になる。考えるような時間はない。
「…家賃はおいくらで?」
「それは追々相談ということで。じゃあ、すぐそこだから。――ライチュウ、荷物持ってやってくれ」
「ライラーイ」
「わぁライチュウのことすっかり忘れてた」
そうやって、私は流されるようにデンジさんのアパートに住むことになったのだった。
23話目にしてやっとタイトルに掠りはじめ、まぁ、いろいろあってタイトルに偽りなしな関係になるのだけど、そこら辺は割愛でいいだろうか。いいよね?うん、いい。だって恥ずかしいし。
「ねぇ母さん、それでオレらが納得すると思うの?」
「納得しようがしまいが、それを子どもに話すような神経はお母さんには無いかなー」
「ギラティナのあたりがっつり削れば良かったのにね」
「ヒント:流されたって言えば分かると思うよ」
「ギラティナに関してはオダマキ博士に紹介状を書いてもらって知り合ったナナカマド博士によって名前が判明したという遠回り気味なサブストーリーがあるけど誰得だから割愛。ルカリオの騎士っぷりが伝われば母さん的にいいかな」
それも誰得だろう。
「では、これから先はいろいろあったあとの話、略して事後ストーリーになると思います」
「その略し方は問題あると思います」