ナギサ の いかずち が あらわれた ! 23




「買ったなぁ…」
「買いましたね…、当分は買わなくてよさそうですねぇ」


今、の左腕、デンジの両腕には、店名が印字されたスーパーの袋が下がっている。
それも、尋常な量ではない。の腕に1つ、デンジの腕に3つ掛かった袋のほとんどには、ポケモンフードが詰まっている。タイムセールで超特価だったために、持ち帰る時のことも忘れて買ってしまったのだ。

と、いっても、ポケモン用とは違い、人間の食べるものはナマモノが中心だから、その内また買いに来なければならない。
けれどこの調子じゃあ、まともに料理が出来るようになるのはいつになるやら…。


「今更ですけど、デンジさんって、料理の経験はどれくらいですか?」
「…鍋とか?」
「あぁ…」


これは間違いなくアウトだわ。

鍋を馬鹿にしてるわけじゃない。 むしろ、鍋というのは、凝り始めると奥が深く、時には奉行だ将軍だと皮肉も込めて呼ばれもする厳しい道である。けれど、そこまで達するような人は、料理の経験はと問われて鍋をあげることはない。もっと『分かりやすい』ものを例にあげる。
ごちゃごちゃ考えたけれど、つまり、本当に鍋しか作ったことがないのだろう。包丁で切るのは出来るけど、化学調味料を使わない味付けはしたことないってレベルか。鍛えがいがありそうだ。


「じゃあ…まずはカレーですかね。シチューやカレーは簡単で腹持ちがいいし、具によっては日持ちするので、重宝するんですよ。…あ、でもカレールー残ってたかな」
「確か前にアフロがカレー粉を置いていったような…。たまには自炊しろだとか言って」
「カレールーじゃなくカレー粉を置いていったあたりがオーバさんらしいですね…」


彼が、カレールーから作れなどという意地悪を仕掛けるはずがない。
たぶん、カレー粉は何にかけても旨いぞとかそういう気遣いなのだろう。確かにカレーの味だから美味しいだろうけど、カレー粉をかけたら、何もかもがカレーの味になるよね。マヨラーといっしょだよね。ちょっと惜しい。


「ちなみに、カレー粉からカレーを作ろうとしたら、大量の油分と小麦粉、ソースやケチャップなどの各種調味料が必要になります…」
「あのもじゃ今すぐ爆ぜろ。と、あー…そういえばな、」
「?」


よほど伝えづらいことを抱えているのか、言いよどむデンジに、は内心で首を捻る。
しかし道の向こう側になじみ深いポケモンセンターの光が見えたため、それには触れないでデンジに向き直った。
今言わなければならないような類なら、気付かないようなそぶりでいたほうが言いやすいだろうと思って。


「本当に、何から何まで、ありがとうございました。明日は少し早めに伺いますね」
「…いや、自分で確かめた方がいいよな。――ポケモンセンターまで着いていくよ、オレが言うのもなんだが、この街は怪我した女の子が一人で歩けるほど、治安が良いわけじゃない」
「え…あ、ええと、そう言ってくださるなら、お言葉に甘えます、けど…」


別に、一人じゃないんだけどなぁ。

反射的に浮かんだ言葉を飲み込んで、再びポケモンセンターへと向かう。
けれど、カレーの作り方という題材でレポートを書いて単位をもらった学生がいるとかいないとか、そんな甘さのかけらもない都市伝説を話している途中で、辿り着いてしまった。
自動ドアの向こうからは、お決まりの音楽が漏れ聞こえてくる。

…やっぱり、過保護じゃないだろうか。それとも、今の自分は、そんなに頼りなく見えるのだろうか。
口に出さないにしても、慣れない『女の子扱い』に、内心で反発してしまう。嫌なわけじゃない。むしろ……。
さっきだって、すぐに「ありがとうございます」と笑顔で返せていたら、デンジさんだって気分良かっただろうに。――…ほんと、我ながらかわいくない女だな。


「ライチュウ、に着いてやってくれ」


扉を目前にしてぼんやりと立ち竦んでいるを尻目に、デンジはモンスターボールからライチュウを出す。それから、の荷物を腕から取り上げて、ライチュウに持たせた。

ポケモンフードのにおいがするのか、ライチュウは袋の中身をじっと見下ろすと、鼻を突っ込んで一通りにおいを確かめると、「ライラーイ」と嬉しそうに鳴いた。――その声に、は我に返る。

いつの間にか軽くなった腕に、視線を下ろせば、ライチュウが自分が持っていたはずのスーパーの袋を両腕に抱え、上下に振っていた。
振れば振るほどライチュウの好きなポケモンフードのにおいがするのだろう。蕩けそうなほど、幸せそうな顔をしている。その顔に、本当に止めてしまっていいのだろうかと思わず考えてしまう。
おやであるデンジに止める素振りはない。――このライチュウ馬鹿め。内心で悪態をつく。

けれど、シェイクし続ければ、ポケモンフードはその内ぼろぼろになってしまう。そぼろ状態になったポケモンフードでも食べてくれるような優しい子は、残念ながらのパーティにいない。まぁ私だって嫌だけど。
一ヶ月分の食費を無駄にしてもいいのか。いいわけがない。自問自答の末に心を鬼にしたは、ライチュウの腕をそっと掴んだ。


「ライ?」
「うっ、かわいい……じゃなくて…駄目だよ、ライチュウ。――それと、デンジさん。ライチュウをお借りしなくっても、私もポケモン持ってますから」
「オレのジコマンだから。気にするな」
「気にしますよ…」


やっぱり良く分からない人だ。良く分からないけどデンジさんがいいならいいか。ライチュウかわいいし、割り切っていっそ癒されるべきなのだろうか。
そう考えを改めると、腰につけたモンスターボールの一つがつんと揺れた。骨盤にクリーンヒットして地味に痛い。ごめんね、でもルカリオは『かっこいい』だもんね、と念じる。ただしやきもちルカリオはかわいい。

脳内ではせわしなく動き、現実では微動だにしないに、デンジが「どうしたの」と問う。「ライチュウが可愛いと思ったら、ルカリオが、やきもちやいて」「あぁ、波動で。オレのライチュウは世界一可愛いから、嫉妬したってしょうがないよな」「なにを戯言を。私のチルタリスは世界一もふもふかわいいです」「サンダースはツンツンかわいい」「ツンツンなら、うちのルカリオはツンデレさに定評がありますよー!」



「ライラーイ!」


そうこうしている内に、飽きてしまったのだろう、ライチュウがひとりでポケモンセンターに入っていってしまった。


「あっ、ちょ」
「ライチュウの言う通り、早く宿泊手続きをした方がいいぞ。あとオレのエレキブルはとにかくすごいんだ」
「あぁ…、それもそうですね。それをいうなら私のアブソルは筆舌尽くしがたいレベルですごいですよ」


ライチュウがそう言っていたかは全く分からないが、トレーナーの彼が言うのならそうなのかもしれない。

確かに普段はもっと早い時間に宿泊手続きをしている。
今みたいに10時近くだと、シングルルームは空いてないかもしれない。…いや、でも、連泊して断られたためしはないし……。


。」
「え、あ、おやすみなさい、デンジさん」
「あぁ、またな」
「?」


その言葉に、雰囲気に、確かに違和感を覚える。けれど自動ドアの向こうからライチュウの呼び声が聞こえたために、は「また明日」と改めて声を掛け、彼の脇をすり抜けた。

2012.05.20. up.

TOP

Image by web*citron  Designed by 天奇屋