ナギサ の いかずち が あらわれた ! 22




顔が熱い。頭ががんがんいってる。苦しい、と思ったら、どうやら息をするのを忘れていたらしかった。
ええと、息ってどうやってするんだっけ。今までどうやってた?

…いやいや出来ないわけないじゃない。冷静に、冷静になれ
こういう時はまずは深呼吸……すーはーすーはー。すはすはすは(ry よし、一分あたりの標準呼吸回数クリア。

少し回り始めた頭で、だっさいなぁ、私、と自嘲する。
告白したのもされたのもこれが初めてで、どうすれば良いのかまったく分からないのだ。 彼氏いない暦=年齢を舐めないでいただきたい。

両思い、すなわち、 恋人 なの?
それとも、こういうのはちゃんと言葉にした方がいいのかな。


「…デンジさん」


意を決して、彼の名前を呼ぶ。
頭上の手に軽く指を絡め、そっと外した。今度はすんなりと離れた。

重さのなくなった頭を上げ、何度か瞬きする。
落ち着いた光のランプの、傘越しのぼんやりとした明かりに照らされて、彼はきらきらと輝いていた。

……ほんと、この人の『色』って、羨ましい。


「私と、付き合ってもらえますか?」
「あぁ。…今更だろうけど――ええと、なんだっけ…毎日違う具の味噌汁を」


そそそそれプロボーズですから!!


「なんか違うな…。でもまぁ、うまく言えないけど、これからもよろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


相変わらずどこか抜けたデンジに内心どきまぎしながら、ぺこりと頭を下げる。

味噌汁云々は冗談だとしても、金色の髪と青い目をしたデンジさんは白和えが好きで、焼きたてパンより炊きたてご飯派だ。数ヶ月前は知らなかったことを、今はたくさん知っている。

マスターの作る料理は美味しい。ママの作る料理だって美味しい。
でも、デンジさんは私の作る料理が好きだって言ってくれたもの。

出来れば、私が作った料理で笑みを浮かべるデンジさんを、これからも見られますように。
心の中で祈りながら、は彼の顔をそっと窺った。

……って、あれ?デンジさん、顔、若干赤い……?
故意?…分かって言った、とか…?


「……あー、ええと…、私が言うのもなんですけど、食べましょう?私、安心したらお腹空いちゃいました」
「…あぁ、うん」


……うん、ってえー…可愛いなぁ……。

気の抜けたようなデンジの言動と嚥下のために上下する咽喉仏には今更ながらごくりと唾を飲み込んだが、妙齢の女なら十中八九咽喉を鳴らすことだろう。 と思い至って、少なくとも私は何度生まれ変わったって鳴らすだろうなぁ、と心の中で呟く。

これからしばらく、心配の日々が続きそうだ。



そんなことばかり考えていたからだろうか。

しばらく取り留めのない話をしながらサラダをつついていると突然、バイブ音と、それに伴って振動が響き、は思わず色気のかけらのない声を出して驚いた。
振動源を辿って左手でポケットを探ると、中で携帯が震えている。 そういえば病院からずっとマナーモードのまま入れていたっけ、と思いながら取り出すと、見知った名前がそこに表示されていた。

………。

今は食事中。後から掛け直すべきだろう。 目の前に半分ほど残ったお皿を見て思う。
でも、緊急だったら? 迷っている間も手の中でヴーヴーと小刻みに震える。 割と長い。やっぱり重要な内容を伝えるものなのだろうか。


「出れば?俺は気にしないし」


デンジがスプーンを脇に置きながら言う。
それにほっと息をついて、携帯を持ち直しながらは軽く頭を下げた。


「ごめんなさい、ありがとうございます。――もしもし?オー、」
「前言撤回」


けれど耳に当てた途端、手中のそれは一瞬にして消え失せた。
顔を上げるとデンジが私の携帯を掴んでいて、使用頻度1、2を争う例のボタンに指を添わせている。 あ、と思った瞬間、ピ、と短い音とともに通話が切られた。


「ちょっ、あぁ!これじゃイタズラ電話っ、」
「緊急なわけないだろ」
「……そ、それにオーバさんには伝えなきゃいけないことがあるんですよ!」


あまりに堂々としたデンジの態度に、思わず納得しかける。
けれど彼に最後に会ったのはナギサジムで、最後に電話をかけたのはチャンピオンに挑戦する日が決まった時だ。
神隠し騒動(笑)のことをデンジ経由で知らされているとしたら、自身が無事を伝えなければならないのだ。
この態度を見る限り、デンジは欲しい情報を得るために一方的に連絡してはいても、その後どうなったかを彼に伝えていなさそうだから。 それに、今の状況を掻い摘んで話せば、きっと彼は喜んでくれるだろう。
もちろん最後のひとつは心に押し込めて、は口を尖らせた。


「だのになんてことするんですか…あ、掛け直してきた」


デンジさんの右手、の中の携帯が震える。


「…着拒、」
「だから駄目ですって!…すぐ済ませますから」


あのアホ空気読めよ、と呟いているデンジから奪い返して、通話ボタンを押す。
食事中に電話、の非常識さは分かっている。 メールで済ませられたらいいのだけど、生憎オーバのメールアドレスを私は知らない。


「オーバさん?です」
『よ、無事だったみたいだな。今電話大丈夫か?』
「少しなら。マスターの料理に幸せを感じるくらいには無事ですよ。それと、さっきはごめんなさい」
『分かってるって。デンジだろ?』


視線を上げれば、話題の中心人物はむすりとした顔でフラッペを咀嚼している。


「さすが、ビンゴです。それと…あの、オーバさん、サクラ咲かせました」
『おぉ?おー、そりゃ良かったな!それでよ、悪いけど、デンジと代わってくれないか?あいつずっと電源切ったままなんだ』
「?もちろん、今代わりますね。――デンジさん、お願いします。切っちゃだめです」


面倒、という文字を前面に出したデンジの手に携帯を握らせて、今度はフォークでサラダをつつく。
上に降りかかっているあられが小さなアクセントのしゃきしゃきサラダが、たまらなく美味しい。カフェも含めてどれもこれも感動の域だ。 追加の料理を持ってきたマスターに電話中のデンジに代わり会釈して、オリジナルらしいドレッシングの作り方を尋ねる。

兄は父のセンスを100パーセント受け継いでいるが、私は母のセンスをより強く受け継いだらしい。 父から着実に受け継いだものといったら、負けず嫌いな性分くらいだ。 兄…ユウキは父にそっくりで料理が出来ない。逆には特技の一つ。 昔から料理上手な母に習ってきたために人並み程度のものは作れたが、旅をするにつれてフラストレーションがたまっていったのか、料理に関してバトルと同等か、それ以上の比重をかけるようになってしまった。
それにつれて、自分のバトルセンスでは兄のように頂点を極めることは出来ないだろうとの思いは、日に日に確信に変わっていった。 あの日シロナに負けた時が、決定的だった。デンジとの再戦で気持ちが爆発してしまったのは、旅の目的を見失ってしまった、そしてそれに納得してしまった自分への憤りだろう。

でも今は全部受け入れた。
それどころか料理がきっかけでこうして彼の傍にいられるようになったのだから、感謝しきりだ。

それにチャンピオンになれずとも、かつて出会った各地のジムリーダーや、強いトレーナーたちと、望めばまたバトル出来る。 しかも傍には彼がいる。

そんな毎日は、今の私にとってはこれ以上ない幸せだと思うのだ。
だからもう、      



「はい?」
「返す。まだ繋がってるから」


携帯を受け取る。通話が長かった分、少し熱い。

心の中で下した結論は、当然電話中だった彼には届いていない。 携帯画面をじ、と見下ろすに何、と首を傾げるデンジ。いいえと笑みを浮かべて、携帯に口を寄せる。


「もしもし、オーバさん?」
「お。、デンジを頼むぜ。無愛想だが、悪いやつじゃないんだ。…って、もう十分知ってるよな」
「今はまだ、きっとオーバさんが一番知ってますよ。でも、愛想つかされるまでは傍にいさせてもらうつもりです」
「ははっ、…ありがとな。それと、シロナから伝言だ。『さん、あなたがもう一度挑戦しに来てくれるのを、いつでも待ってます』ってよ」


……シロナさん、私のこと覚えていてくれたんだ。
有象無象のトレーナーA・Bでなく、名前を。


「あ、……びっくりする程似てないですね」
「おい!!」


思わずじん、ときたのを抑えるために、わざと茶化して、すぐに携帯を耳から離す。 過たずオーバの声が轟いた。耳をつけていたら耳鳴りどころじゃ済まなかっただろう。

でもわたし、もう、上は望めそうにないんです。


「ふふ、……また、いつか。オーバさん、デンジさんが爆発しそうなんでそろそろ失礼します」
「おー。じゃあな。また夕飯食いに行かせてもらうからよ」
「お待ちしています。じゃあ、また」


携帯をポケットに落とす。
顔を上げて、宝石のようなフラッペの皿と向き直った。


「飯」
「めし?」
「作れるのか?」


あぁ、さっきのオーバさんの声、洩れていたのか。
デンジから出た突然の言葉に納得して、エリンギを飲み込んでから口を開く。


「当分は無理ですね。どうにか千切るくらいだったら」


それでまともに出来るのはレタスオンリーのサラダか、レトルトパックくらいだろう。
つまり無理ってことだ。それは料理といえない。


「あ!でもお味噌汁は、お豆腐をスプーンで掬えばどうにか」
「オレがやる。明日からオレが作るぜ」


妙に堂々としたデンジに、は某日の冷蔵庫具合を思い出して冷や汗をかく。
どうにか外食で済ましてくれないだろうか。

だって……魚肉ソーセージも料理じゃない。


「しょ、食材は?」
「そうか、何も無かったな。これ食べ終わったら、買いに行くか」


すっかりその気のデンジに、は内心で涙を拭う。
……せめてニラと青葱の違いが分かる人でありますように。

2010.08.16. up.
2011.09.28. 改.

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