「まぁいいや。腹減ったし、そろそろ行こうよダイゴさん」
「そうだね」
ジム・受付カウンター前。
昼間預けておいた荷物を受け取って、ユウキとダイゴは顔を見合わせて頷いた。
ユウキが手に持つ大量の紙袋には『ハクタイ名物 おばけ饅頭』などと明らかに土産ものだと分かる印字が。
そしてダイゴが持つ麻袋はなにか硬くて重いものが大量に入っているのか歪に膨らんでいる。
二人がシンオウまで来たそもそもの原因は自身の失踪だ、だから何も言えやしないが、なんだかなぁと思わないこともない。
自動ドアを潜る。
先ほど幽かに残っていた太陽の名残はすっかり消え、雲ひとつ無い空に星が瞬いていた。
「おじゃましました。まだ早いけどおやすみ、デンジさん、」
「またね」
「二人なら大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
会釈して背を向けた彼らを見送る。
幾分小さくなった二人に、そろそろ私もお暇しようかな、とバッグと衣服の入った紙袋をを持ち直しただが、しかしそれらは華麗に手の中から無くなった。魔法?
「デンジさん?」
「…腹減ったな」
この場には私ともう一人しかいない。
隣に立つ彼を見上げれば、片手にバッグと紙袋をぶら下げた彼は当たり前のように空腹を主張した。
「え、私今作れませんよ?デンジさんが作るんですか?作るにしても今からスーパー行かなきゃ、缶詰以外ないですよ」
「じゃなくて、奢るから少し付き合えってこと」
偶にはいいだろと言う彼に、少し考えて、じゃあお言葉に甘えて、と返す。
腐っても公務員さんだし、偶には奢ってもらってもいいか。
「それじゃ、これは置いていくから」
がぼんやりと考えている間にデンジはジム内の自動ドアの陰にある傘置きの上にの荷物を置き、出入り口の電灯だけ残してスイッチを切った。
そして鍵を閉めて、ジャケットのポケットに突っ込む。
「行こうか」
「どこに行くんですか?」
「まともに話せるところ」
ぴり、とこめかみ辺りが痺れたような気がした。
は髪をいじりながら、そうですか、とすました声で返す。
けれど、顔を装う余裕は無い。
デンジから見えないように自然な所作で顔を手と髪で隠すだけで精一杯だった。
…なんかめちゃくちゃ緊張してきた……。
こうなることを期待していたというのに、いざこうやって道が見えてくると、動悸が、動悸がっ!
「――やってるから、…?、」
「は、えぇ?」
「おい……」
自分の名前が連呼されていることに気づいたは、はっ、と目を瞬かせて声の主を見上げた。
呆れたような顔で見下ろすデンジと目が合う。
テンションあがりすぎて聞いてませんでしたなんて言えるだろうか、いや言えまい(反語)
「…えーと、」
「聞いてなかっただろ」
「あはは…なんでした?」
『だろう』と言ってる割りに随分はっきりと言い切られてしまった。
デンジが確信している以上、もはや言い逃れはできない。
瞬時に頭を駆け巡らせてかき集めたライフカード(誤魔化し方)から、古今東西使い古された手法『笑って誤魔化せ』を選ぶ。
いつの時代も、どんな場所でも使われるのには意味があるに違いない、と確信しての一手。
……あとから冷静に考えれば、もっとマシな誤魔化し方があったような気がしてならない。
「まぁ、いいや。着いたぜ」
「着いたって…」
見上げれば、見覚えのある看板。
今はライトアップされてまた別の雰囲気があるように見えるが、
「ここ、マスターのお店じゃないですか」
どう見ても、二度訪れた喫茶店だ。
ライトが灯っているのだから、営業中なようだが。
「夜はバーもやってる。さっき言ったけどな」
「本当にすみま、」
「入るぞ」
完 全 無 視 …!!
ドMだったらそれはそれで楽しいかもしれないが、にそのような特別な趣向はない。
100パーセント自分が原因とはいえ少々心が傷ついた。
壊れたハートは元通りにはならないの…みたいな?
……ってうわくっさ!古!!
我に返ると、隣には誰もいない。
が脳内でノリツッコミをしているうちに、デンジは本当に一人で入っていってしまったようだった。
慌てて後を追う。
カランと扉の鐘が静かに鳴った。
中は照明が殆ど灯されず、薄暗かった。
けれど木目調のテーブルが暖かみのある雰囲気を出している。
まだ早いのか、お客さんは一人もいない。
ほの暗いカウンターの向こうに、布でグラスを磨く相変わらず渋いマスターがいた。
二人はもう挨拶を済ませたのか、マスターはこちらを見て頬を緩ませたようだった。
サングラスに隠れてほとんど見えないが、笑みを浮かべているような気がするのだ。
「デンジ、今日はどうするんだ?」
「腹が減ってるんだ、適当に作ってくれ。それとこの子の分は」
「分かってるよ、座って待っててくれ」
「悪いな。――、突っ立ってないでこっちに来い」
「あ、はいっ」
また呼ばれてしまった!
足早に進み、がら空きのカウンターでなく、奥のテーブルの椅子に座る。
昼に利用した時もそうだったが、入り口からは見えない奥の席に座るのはこの店が食べる雰囲気じゃないからだろうか。メインはコーヒーやお酒で、『食』はサブ扱いのようだ。
それでもデンジはここを飲食店として利用することが多いようだが。
美味しいから、本当に美味しいからそれも納得する。
それとも人目を気にして、とか、……まぁいいや。
マスターがこちらに向かってくることに気づいて、思考を止める。
たっぷりのサラダとカナッペを乗せた皿を置きながら、マスターがこれまた渋い声で囁いた。
「くん、久しぶりだな。里帰りでもしていたのかい?」
「えっと…そんなところです。お久しぶりです、マスター。お変わりないようで」
相変わらず渋いですねと遠まわしに言いながら、は目を細める。
マスター、夜は夜で映画俳優みたいで格好良いです!
「くんは変わりあったようだね」
の右手を流し見ながら、茶目っ気を含ませてマスターが言う。
「あはは、やらかしました」
「それでも、これなら食べられるだろう?」
言いながら、チーズやサーモン、野菜やローストビーフといった色とりどりの食材が乗ったクラッカー・カナッペを示す。
なんとも美味しそうな…酒の肴だ。飲めないことが悔やまれる。
それから相次いでいくつかの料理が並ぶ。
和洋折衷、家庭料理からレストラン料理まで。とても喫茶店兼バーのマスターが作れるレベルではない。
料理が特技といえ和食がメインのには、こういったキラキラとした料理は好奇心を刺激する。
テーブルの上に並んだ皿をまじまじと見つめてから、デンジを見上げた。
「…ほんとマスターって凄いです」
「オレにはクラッカーの上にモノ乗せたようにしか見えない」
「どうして瑞々しいトマトを乗せながらクラッカーのさくさくっとした触感を残せているのか考えたことは、…あーもう御託はいいです、食べていいですか!?」
「どうぞ」
「いただきます!」
一つに手を伸ばして口に運ぶ。
「……く、口の中が味の宝石箱です!」
「いろいろ混ざってるぞ」
「それくらいの衝撃ってことです!家は父の意向で和食が中心だったので、こういう料理はあまり食べる機会がなくてー…」
去年行った従兄弟の結婚式以来です、と呟きながら二枚目に突入する。
「美味いか?」
「美味しいです」
「そうか。オレはの作った和食の方が好きだけどな」
「は、」
ぽろ、とクラッカーが指から零れてテーブルに落ちた。
えびマヨ(荒めのたたき)が飛び散る。
「…汚い」
「し、失礼っ、てちょ、え、」
「好きだ」
「な、何が!」
「の作った和食が、」
好きだよ、と計三度も!三度も!!
咽喉から手が出るほど欲しかった言葉なのに、対象がモノって…。
そりゃ自分の作ったものだから褒められているのは分かるんだけど、欲しいのはそういう意味の言葉じゃない。
指でクラッカーをつまんで取り皿に置き、おしぼりでテーブルの汚れを拭く。
それから、ぺた、といつぞやのようにテーブルに顔を埋めた。
疲れた。一人で、勝手に。
「……なんなんですかもー…分かってるんでしょ、分かってやってるんでしょ?弄んで楽しいですか鬼畜かと思ったらドSでしたか人がっ…人が、スズの塔から飛び降りるつもりで告白したってのにっ…流して……」
「流したつもりは無かったんだけどな」
くしゃ、と髪をかき混ぜられる。
デンジさんの暖かくて大きな手を感じて、泣きたくなった。
どうせ俯いてて顔見られないんだから……あれ、ちょ、顔上げられないんですけど!!
かき混ぜられていたはずなのに、気づいたら押さえられていた。
伏せてる分には痛くないが、上げようとするとびくともしない。
ドSと言われたからって早速実践ですか!?永遠に沈んでろ的な、
「心配しなくても、のこと、ちゃんと好きだから」
……うぇええええええええ!!???
2011.09.28. 改.