ブーツは部屋の外に無造作に並んでいた。ポケモンたちは、ジム内の回復機で眠っているらしい。
いろいろ聞きたいことはあったけれど、まずはジムの様子を見せてもらうのが先だ。
扉を開けて、まずはカラクリ床。
一つ目の床には前と変わらず変な石造が待っていた。ジム共通のアレだ。石造の下のプレートにはの名前も彫られている。近づいてみてもうんとも寸とも言わないが、心なしか恨めしげな顔をしているような気がする。
思わず歩みを遅らせたに構わず進んでいく彼に、置いていかれないよう、は小走りで追いかけた。
昨日は移動する床に乗り、時々回転したり操縦したりしてジムリーダーの待つステージに辿り着いた。
頭は使うが、よく観察すれば初見でも攻略できる難易度だったと思う。仕掛けだけを比べたらキッサキのジムが一番大変だった。頭は使うし身体は使うし。
……、と。気づけばデンジに何ともいえない顔で見下ろされていた。無意識に心の声を漏らしてしまっていたらしい。…その、ごめんなさい。
奥に進むにつれ、動く床が減ってきた。――この床が動かないとあの階段に続く床に行けないのに?
それにピカピカ光っていたはずの床上のライトが消えている、電気が通っていないのかもしれない。けれどデンジは無言のままで、何も説明してくれない。
動くはずだった床と向こう側の床の間を覗いてみると、2メートルほど下で配管やチューブがむき出しになっている。そのすぐ傍に板のようなものが重ねて置いてある。色的にも、あれが塞いでいたものだろうか。
時折火花が散ったり、大きな歯車ががっちゃんがっちゃんと漫画のような音を立てて回っている。万一落ちて挟まれでもしたら怪我どころじゃ済まないだろう。思わず身を乗り出して見下ろしていると、横に立つデンジが動く気配がした。慌てて顔を上げる。――すでに向こう岸に立っていた。さすがというか、もの凄い運動神経だ。
そして、こちらに向かって手招いている。え、うそ。4メートル以上ありますけど?跳べとおっしゃるのですか?…そうですか。ついてこいという言葉にはこういう意味もあったのか。
故郷で私を待ってくれてるお母さん、不束な娘でごめんなさい。ちゃんとポケモンはバランス良く育てるべきでした。ギブミー鳥ポケ。これは、ちょっと、やばい。
3、4、5歩。反対側の床ぎりぎりまで下がって、息を吸う。吐く。もう、どうにでもなれだ。
あ、落ちる。
床まであと僅かというところで勢いを無くした身体。右手を伸ばす、指先でも引っかかればよじ登れる。だけど覚悟した。落ち、 その時、伸ばした右腕がとても強い力で掴まれた。そのまま引っ張られる。思わず目を閉じた。
どん、と何かにぶつかる。「イッ…!」…鼻が痛い。だけど痛みの第二陣は来なかった。
おそるおそる目を開ける。それなのに視界は真っ黒だった。
「大丈夫か?」
声に引かれるように、は顔を上げた。
そして、その瞬間引き攣らせる。なんということでしょう、という女性の無感動な感動メッセージが脳内を流れる。デンジが私を見下ろしていた。近い。近いってもんじゃない。パーソナルスペースの欠片もない。
掴まれたまま、行き場を無くした私の右手。支えるためにか腰に添えられた彼の手。…身長差のせいで背中といったほうが近いけれども。
なんだこれ。コッテコテの少女漫画じゃ、
「鼻、赤いけど」
キラキラした金色の髪が、彼の動きに合わせてサラリと揺れる。夏空みたいに澄んだ青の瞳の中に、は自分の姿を見つけた。
……ジムリーダーすごい。
かがやき しびれさせる スターなんて誰がつけたんだと小一時間問い詰めたいセンスだけど今なら納得だ。
こんなイケメン、惚れない方が間違ってる。
動ける床と止まった床の間をデンジに手を引かれながら跳び、やっとの思いで辿り着いたバトルフィールド。
昨日ここで怪獣が暴れましてねと言われても、災難でしたね、なんて真面目に返せるほど、
「……うわぁ」
ジムの内部は、それは酷い有様だった。
フィールドは地割れ、隆起し、壁に亀裂が走っている。照明も半数近くが割れている。
ただぽっかりと天井に穴が開き、その間から太陽が顔を出している。射光が、ジム内の様子を鮮明に見せ付けてくれた。
「これを見ても、思い出せないか?」
「………」
どう考えても人間技じゃあない。
自分のポケモン達の姿を思い浮かべてみるけれど、さすがにこれだけの威力を出せるメンバーはいない。
「むしろ余計に疑わしく…いやなんでもないです」
途端に現れた凶悪顔に、思わず口篭る。
だけどこのまま黙っていても何にもならない。とりあえず、記憶が無いことだけでも分かってもらわなければいけない。説明はそれからだ。
「信じてもらえないかもしれませんが、私、昨日のバトル、ほとんど覚えてなくて、」
「そうかもな」
「それでもこんなこと出来るとは、……え?今なんて言いました?」
「ジムに来たときから何か様子がおかしかったから、気にはなってた。ジム開放日でも無かったしな。けれど、痺れるバトルが出来るなら、と通したんだ」
ま、オレも熱くなったしお互い様だなと続けるデンジには脱力した。
どうやら、バトルフィールドを壊されて当分ジムが開けなくなったことに怒っているわけではないらしい。
修理費や迷惑料の請求をされるものだと思ったのに。どうも雲行きがおかしい。
「結局、私がやったんですよね?」
「うん?対戦映像が残ってる、信じられないなら見ればいい」
「それはまぁ…後でお願いします。さっきの床が動かなかったのも、私が?」
「あぁ。動かすための電気配線が焼損したから。これでも大分直したんだけど。――そうだ。修理費は協会の経費で落ちるから、そっちの心配はいらないぜ」
それなら何故わざわざ私をここに連れてきたんだろう。床と床を跳び越える時なんて、散々足を引っ張ったのに。
不思議に思って聞けば、渾身の改造を一日で台無しにされたことを分からせるほうが彼にとって重大だったと返される。
なんだそれ。ここまで大掛かりな電気仕掛けのジムなんて、少なくともシンオウ地方には他に無い。ジムトレーナーがいるならわざわざ仕掛けを用意して知性を試さなくてもいいからだ。
ふるいにかけるなんて口実で、趣味でここまで改造したんじゃ。うっかり膝をつきそうになるが、根性で耐える。
「……え?直した、んですか?デンジさんが?」
私に直せるものといったら、せいぜい自転車のチェーンくらいだ。
おぉ、と尊敬の眼差しで見上げると、デンジがぱちぱちと目を瞬いた。それから自慢げに笑う。
「このジムの仕掛けは全部オレが作ったんだぜ?オレ以外には直せない」
「でも昨日の今日、ですよ?」
「改造に昼も夜も無いさ」
もしかして徹夜ですかーッ!?
しかしそう言われてみれば、彼の目の下が少し青紫っぽい。肌の色が白いからかな、なんて気にしてなかったけれど。さっきまで時々見せていた凶悪顔も、寝不足による迫力だったりするのだろうか。もう、この人がすごい人なのかすごい変人なのか良く分からない。
「……腹減ったな。そういえば昨日から何も食べてなかったな。キミもだろ」
「まぁ、ちょっとは」
「良い場所を知ってる。話は食いながらでもいいだろ?」
……やっぱ変な人だ。
でも、こっちもお腹が存在を主張し始めてる。今すぐ聞きたいことは山ほどあるが、ここは言葉に甘えよう。それに、奢らせてもらえば昨日のお詫びになる。
考えてみれば、色々重なって昨日の朝から何も食べてない。それにこの人が良い場所、と言うところがどういうところなのか、ちょっと気になる。
「――…って、なんで裏から出れるんですか!?入り口まで徒歩30秒!」
「そりゃ、挑戦者が来るたびに自分で仕掛けを攻略するわけないだろ。ジムトレーナーにも、それぞれ専用の出入り口がある」
「それはそうですね……って、じゃあさっきもこっち通れば良かったじゃないですか!一度ならず命の危機でしたよ!?」
「自分のやったことがよく分かってよかっただろ?」
き、鬼畜……。
2011.08.22.改