ナギサ の いかずち が あらわれた ! 15




あ…ありのまま 起こった事を話すぜ!

『死を覚悟した洞窟を半日かけて脱出したと思ったら いつのまにか警察と協会と兄知人から捜索されていた』

な… 何を言ってるのか わからねーと思うが 私も何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

ブラコンだとか異次元空間だとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…




「味わったぜ……」
「はい、お疲れさま」


点滴の針が抜かれる。栄養点滴と言っていただろうか。中身は昨日打った血のような色の点滴じゃなく、透明な液体で安心する。

昨日は点滴パックのあまりな色に、点滴ルームでガン見をしてしまった。そして「それはね、食塩水に造血剤を混ぜたものでね、輸血ではなくてね、」と隣に座って同じように点滴を打つおじさんに薀蓄を語られてしまった。 おじさんが一方的に語るのをはぁはぁ頷いていると、おじさんの生活パターンまで知ることとなった。どうやら週に一度通院して点滴を打っているらしい。大変だなと思った。きっとこんなに話しかけてくるのは、ストレスがたまっているからだろう。 おじさんの息継ぎの合間に大変そうですね、と言ってみたら「まぁキミがいるならおじさん喜んで毎日通っちゃうけどね。あとね、あのナースさんなんてちょっとSっ気入ってていいよね。どう思う?」などと 良い笑顔で言うもんだから一瞬で前言撤回した。

その後おじさんはSっ気ナースさんにちょっかいをかけて絞られていた。絞られている間おじさんはちょっと幸せそうだった。イラっとした。


「じゃあ今後について先生からお話しがあるから、ここでちょっと待っててね」
「ふぁい…」


そんなことを思い出していたせいか、うっかり返事に欠伸が混じった。常日頃からどんなポケセンでもお休み三秒、昨夜は身も心も疲れきっていたはずなのに、あまり眠れなかったのだ。 対して看護婦さんは朝から元気だった。あれ、今は看護師っていうのだったか。看護婦さん、という言い方のがどことなくふわふわして好きなのだが。

朝一に検査をして、今は結果待ち。
――デンジさん、まだ寝てるかなぁ。勝手にポケモンセンターに帰っていいかなぁ。


「あ、でも、彼氏さんが来るまで先生を呼ぶの待ったほうがいいかしら」
「はぁ…は?彼氏さん?誰のですか?」
さ・ん・の!それにしてもあの人が彼氏なんて凄いわよねー。たまの停電は困るけど、なんせ今を時めくジムリ」
「はぁ!?ちょ、え、」
「やぁだ赤くなっちゃって。うっふふふ、若いっていいわねー」


一人で満足したのか、じゃああとで先生が伺いますからねーと看護師さんは病室から出て行った。
ぱたん、と扉が閉まる。 看護師さんの艶っぽい笑い声は、廊下の角を曲がるまで続いた。


「……いや、いやいやいや。ないわー…」


一方、元の静けさを取り戻した病室。
はベッドに仰向けに寝転びながら呟いた。天井が白い。穴がいち、にぃ、さん、……


「…ないですわー」
「何が?」
「デンジさんがか…、――うわっ、デンジさん!?」


入り口側から掛けられた耳触りの良い声に、は答えようと口を開き、はたと我に返って跳ねるように身を起こした。


「いたたたたたたっ!」


当然、無理な動きをすれば固定したとはいえ骨折した腕や腿が痛む。 跳ねた勢いのままうつ伏せになって、石膏の上から腕を抱いて痛みが通り過ぎるまで我慢した。 過ぎ去った後はふぅと息を吐いて乱れた呼吸を整え、暴れたせいで少し皺の寄ったパジャマの裾を引っ張って直す。

突然の登場には驚いたが、だいぶ気持ちも落ち着いた。――そうだ、無かったことにしよう。こういう場はキリッとした顔でそれっぽいことを言えば、無かったことになるはずだ。当社比120パーセントでキリッとしてから顔を上げ、は口を開いた。


「おはようございます」
「おはよう。眠れたか?」


つられてデンジも二割増しでキリッとする。いつもの無気力そうな雰囲気が消えて、――…ちょ、この人マジでイケメンだな! うおぉ、と思わず唸りそうになるのを慌てて隠す。こんな顔、間近で見るのは初めてかもしれない。
バトルをする時は距離があり、相手が余裕か焦っているかは判別できても、細かな表情までは見えない。 ダブルバトルでデンジと組めば、いつでもこんな顔が見られるのだろうか。…ちょっと集中できなさそうだ。

これ疲れるな、といつもの顔に戻したデンジに、はあぁ勿体無いと思いながら答えた。こっちのキメ顔はとっくに時間切れだ。慣れないことはするものじゃない。


「あんまり眠れなかったです。ちょっと枕か空気が合わなかったみたいで。けど多分今日で退院なんで大丈夫です」
「退院、決まったのか?」
「いえ、でもこれから先生からお話があるそうです。それで、…あー、デンジさん、折角来ていただいたところ申し訳ないんですけど席外していただけませんか?」


あの看護師さんが来るときに一緒にいて、それでこれ以上変な噂を立てられたら困る。
今のところ把握しただけでもデマは『神隠しにあった子が入院』と『あのデンジが彼氏』だ。 くっついたら『神隠しにあった子の彼氏があのデンジ』だ。 根も葉もない噂でも、娯楽に飢えたこの病院内ではすぐに広まる。そして瞬く間に面白おかしくなることだろう。
前半はあながち間違いでもないのだが、街のジムリーダーの彼女が不思議系(笑)、なんてデンジにとっては名誉毀損、訴訟レベルのデマだ。
けれど一人でいれば、「あージムで怪我したついでに頭打っちゃったのかしら、自業自得の挑戦者の見舞いをしなきゃいけないなんてジムリーダーも大変ね」なんて自己完結してくれるかもしれない。だから早くお帰りいただきたい。


「いただくいただくって、そんなに腹減ってるのか?」
「これでもかって位敬ってるんです。茶化さないでくださいっ」


あーもう、心配してるってのに!
いっそのこと帰れと言ってしまおうか、とは頭を抱える。


「…入っていいかな?」


新たな声につられて顔を向けると、扉の隙間から遠慮がちに白衣を着た初老の医師が覗いている。


「うわっ、ごめんなさい気がつかなくて。じゃあデンジさん、そういうことで」
「いいえ、付き添いの方もご一緒にお願いします。自宅で行っていただくリハビリについて説明しますので」
「いえいえただの知人ですので、」


医師の後ろには誰もいない。あの看護師さんはついてこなかったのか。 ……ちょっと、なんで椅子に腰据えてるんですか。 本格的に聞く体制に入ったデンジに非難めいた視線を向けるが、どこ吹く風とばかりの彼に早々に諦め、もまた聞く体制に入った。


「病院に通わなくてもいいんですか?」
「定期的には来ていただいて、経過を見せてもらいます。けれど自宅でのリハビリが治療の基本となります。骨折治療で大切なのは、実は積極的に身体を動かすことなんですよ。…そうですね、右手をグーパーしてみてください」


言われた通りに、手のひらを開いたり閉じたりしてみる。少し動かしづらいが、出来ないこともない。


「結構です。それだけでもむくみの改善はできるんですよ。ベッドの上でも出来ますから、暇さえあれば動かすようにしてください。それから、くっついてからが本格的な治療になりますが…――そうそう、あなたはトレーナーでしたね」


カルテを捲って眺め、思い出したように聞く医者に、は頷く。


「骨がくっついてリハビリをしても、100パーセント以前のように動くことは保障できません。ボールを投げる程度では支障ないでしょうが、心にはとどめておいてください」
「……はい」
「この病院には専門のスタッフが多くいますから、そう心配はいりませんよ。ではこれから退院の手続きについて担当者から…――」


そこから先は事務的な話で、頷いているうちに全て終わったらしい。説明したのはあの看護師さんではなく別の人で、気づけば次の通院の予定と診療券と退院会計連絡表とを受け取って、別病棟の会計受付のソファーに座っていた。いつの間にかパジャマでなく別の服を着ている。昨日ナズナに届けてもらった服だ。 隣にはデンジが座り、壁に掛けられたテレビに目を向けている。そのまた隣にはのリュックが…


「私のポケモンたちは!?」


病室のサイドキャビネットに7つとも置いたままだった。このままじゃ誰かに盗まれるか忘れ物ボックス行きだ。 全員レベルが高く、この地方では珍しいポケモンもいるが、特に7つ目のボールは誰かの手に渡ると大変なことになる。それに1つだけハイパーボールだから目に付きやすい。また誰かを襲ったら、

が血相を変えて立ち上がる。しかしデンジは彼女の左手を引いて座らせた。「病院内ではお静かに」、と立て看板に書かれていることをそのまま言いながら、リュックを差し出した。


「この中。自分で入れたんだけど、覚えてないみたいだな」
「あ、ありがとうございます…」


受け取って、ファスナーを開ける。一番上に1、2、3、4、5、6、…7。みんな揃っている。
7体目以外はみんな一晩隣接のポケモン病棟で休んだから、元気いっぱいだ。7体目だけは、パソコンの転送システムを通すことで回復させた。 かわいそうだが、万が一にも病院という特殊空間で他人に開放されでもしたら困るからだ。まだ全く懐かれていないし、バッチを8つ持っていても彼(?)は言うことを聞いてくれないかもしれない。


「まぁ、心ここにあらずって感じだったけどな」
「……この手がどれくらい戻ってくれるんだろうなぁって思ったら、いろいろ考えちゃって。普通のバトルだったらボールコントロールなんて必要ないのは分かってるんですけど、…それと、体の傷は治るかな、とか」


ここにいると気が弱くなってダメですね、と力なく笑う。


「いくら強いトレーナーだからって、女の子だもんな。でも、あと少しで帰れる。…そうだ、あまり寝てないんだったな。これだけ会計待ちの人がいるんだから、呼ばれるまで時間があるだろ。少し眠ったほうがいい。肩貸してやるよ」
「…ふふ、出血大サービスですねぇ」


明日大雨ですかねと呟くと、今週はずっと晴れだと予報で言っていたと返される。じゃあ、青天の霹靂か。晴れ渡った空から突然雷が落ちてくるかもしれない。


「では、お言葉に甘えても?」
「あとで返せよ。…おやすみ」


周りの人たちの視線は気づかない振りをして、はデンジの腕に頭を預けて目を閉じる。
おやすみなさいと心の中で呟きながら頬を寄せると、彼の匂いがした。

――目を瞑っていれば、眠れなくても少しは気持ちが落ち着くだろうと思った。けれど何故か急に泣きたくなって、は頭を預けたまま俯き、瞼をぎゅっと閉じた。彼には安心する寝方を探しているように見えるだろうか。俯くと髪が流れ、顔を覆い隠した。どんな顔をしていたって、誰にも見られない。下唇を噛んで、嗚咽を我慢する。


…あぁ、好きだ。どうしようもなく。


だめだなぁ、

わたしは、このひとが好きだ。

2010.08.19. up.
2011.09.01.改

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