ナギサ の いかずち が あらわれた ! 1




昔から、諦めが悪い、負けん気が強いと散々からかわれた。
『負け』た経験は、…本当、自慢にもならないけど、星の数に勝るとも劣らずだ。

一応弁明すると、私がとことん弱かったわけじゃない。
物心つくかつかないか、という年頃で、ポケモンバトルをはじめていたからだ。兄の影響だった。

研究所のポケモン、近所の友達、兄の友人と、相手のレベルは様々だった。
それなのにポケモンが回復した途端負けた相手にまた特攻していったのだから勝てるものも勝てやしない。黒星製造機だとか陰で言われるくらいだった。経験したバトルの数は同世代の子と比べ物にならない、と自負している。

だけどそのうち一回だって「降参」は言わなかった。言ってしまったら一緒に戦ってくれたポケモンたちに失礼、と思っていたのかもしれない。自分でもそこのところはいまいち良く分かっていない。
そのうち相手が呆れて背を向けていった。それを追いかけて再戦。そして、の無限ループ。

旅に出てからは、一度だって負けなかった。あのときまでは。
諦めの悪さをすっかり忘れていたころ、私はそんな自分を思い出す暇もなく、諦めるしかない絶望というものを初めて知ることとなった。



チャンピオン・シロナとの対戦は、あっけなく終わった。
『惨敗』のことばでも、まだやさしい。ひとつの技さえまともに当てられずに、私はシロナさんに負けたのだった。












それが、一週間前。

ふと感じた眩しさに、は目を覚ました。
見慣れない電灯、天井。寝ぼけた頭でそれらを眺める。窓が一つ、ドアが一つ。薄いクリーム色の壁、机、椅子、他には何も置かれてない。

―――……… 。    ! ここ、どこ!?

見慣れない天井。それが何を示しているかにやっと気づいて、は跳ね起きた。

周りを見渡す。やっぱり知らない部屋だ。
今自分が座っているのは、なんの変哲のない普通のベッド。
掛けられていたのだろうシーツは跳ね起きた時に豪快に蹴飛ばしたらしく、今はベッドから少し離れたところに落ちている。

どこかは分からないけれど、さすがにこのままではみっともない。少し考えて、はベッドの縁を掴み、身を乗り出してシーツを取った。簡単に畳んで、ベッドの上に置く。
この部屋が靴を履くところなのか、それとも脱いで生活するところなのかも分からない。見る限り、愛用のブーツは室内のどこにもなかった。お世辞にも美品とはいえない使い込み様であったけれど、無いとなると少々困る。


「……えぇと、何やらかしたっけなぁ……」


ブーツを履いてないこと以外は、いつもの格好のままだ。
枕元にバックが置いてあった。中身をひっくり返してみたが、何一つ無くなっていない。…いや、モンスターボールが、ごっそり無くなっている。

まずは昨夜の行いを思い出そうと、がしがしと頭を掻く。
暴れて補導されたとか、深夜徘徊して保護されたとか。警察にお世話になってしまうことをしただろうか……ええと、昨日は……  いつまでたっても覚醒してくれない脳を急かす。


「…痛っ」


ぼけーと焦点の合わないまま掻き続けていると、突然ずきりと痛んだ。

思わず手を離し、今度はびっくりしながらもそっと指を這わせてみる。
頭の後ろの方が、少し腫れているようだ。そんなに大きくはないけれど、ぽこりとしている。小さなたんこぶが出来ているらしい。

痛みのおかげでやっと起動を始めた脳裏に、昨日最後に見た光景が浮かんで消えた。そして芋蔓式にさまざまな光景が浮かんでは消えていく。
黒いコートとそれを覆う金色の長い髪が見えたところで、は思い切りベッドに倒れこんだ。

あぁ、これが自分の枕であったなら今すぐに顔を埋めてゴロゴロするのに。


「…あー……もう」


うぅと唸る。
今考えなきゃいけないのは、勿論ここがどこかということだ。
けれどいつまで経ってもあの背中が忘れられない。あの人は私のことなんて全く覚えてないだろうに。


「―――起きたのか?」
「うあぁ!?」


突然投げかけられた言葉に、は変な声を出しながら再び跳ね起きた。
その背筋力に自分でも驚きながら声の主はと探すと、まるで珍動物を見たかのような顔をした男がドアの前に立っていた。金髪青眼、片手にゴーグルのようなものを持っている。

その顔は、この地方ならば知らぬ者はいないといっても過言でないほど有名なもの。
最強で色々な意味で最凶と名高いジムリーダー・ナギサシティのデンジだった。


遠慮の無い視線に、はやっと全てを思い出した。

昨日の昼すぎのことだ。
あの日から旅の目的を見失い、だからといって故郷のまちに戻るわけにもいかず、あてもなく彷徨っていたは、いつの間にかナギサジムの前にいた。
そうして、一度は勝ったはずの相手に、簡単に負けたのだった。

…たぶん、負けたのだった。
一匹目のポケモンに技を指示したあたりから、何故か記憶がおぼろげにしか思い出せない。しかし終始デンジが優勢だったような気がするから、きっとそういうことなのだろう。


「あぁ…そっか。そうだった。」
「一人で納得するなよ」


うんうん、と一人頷いていると、デンジがため息をつきながら室内へと歩みを進めた。こんな状況なのに、裸足だ、と目敏くチェックする自分がたまらなくおかしい。
デンジが机にゴーグルを置き、椅子を斜めに引く。そうして、に向き合うように座った。椅子の背に片ひじをついて、半目でを眺めている。それから、はぁとため息をついた。――思わずはベッドの上で正座になる。

……ジムリーダーがこんな悪人面でいいのだろうか。闇金の取立人やってます、と紹介された方がよっぽど納得できる。今のデンジは、そんな面構えだ。


「おはよ」
「…おはよう、ございます」


まぁ、もう昼近いけど。と続けるデンジにすいません…とは更に小さくなって返す。


「それで、ここは…?」
「オレの…家?」
「いや、私に聞かれても…」


疑問系で答える彼に、やっぱ変な人だなぁとは心の中で呟いた。初めてこの男とジムバトルする際にも一騒動あったが、『らしくない』のは相変わらずらしい。
相手も変な子だなぁと思っていることには、もちろん全く気づいていない。

……家?なるほど、つまり


「監きn」
「ジムの施設の一つだよ。オレは寝泊りに使ってる。あとはそこの机で作業したりとか。冷蔵庫、風呂、ここには大体そろってるし、一々帰るのも面倒だし、ここにいる方が長い。だから今のオレにとってはここが家みたいなものだ」


とりあえずこの空気を和ませようとしたの渾身の冗談は華麗にスルーされた。というか被せられた。


「なるほど。それで、どうして私はここにいるのでしょう…か?」
「は、…覚えてないのか?」


あれだけやっておいて?と驚いたように目を開くデンジに、これは粗相どころじゃない。とは一瞬で青ざめた。

ジムリーダーというものはある意味警察よりも力を持っている。個人の実力や専門知識、比べればジムリーダーの方が優れている面も多い。警察で一晩お世話に、で済まされる程度じゃない暴れっぷりだったとしたら。
例えばナギサタワーを奪って街を壊して回るだとか。

そういえばあのナギサタワー、はじめて見たときから空を飛べそうな気がしていた。
あのタワーを操縦してナギサの海を飛び、街を破壊したり逆に破壊から護ったりするシチュエーション、誰だって妄想したことがあるはずだ。個人的ランキングでは、学校に侵入したテロリストからみんなをまもるシチュエーションと上位を争っている。

でもそれは夢だ。

夢見ただけなのに。夢見ることすら罪だったのか。それとも実は気づいてないだけで、私、空想を実現化できる能力の持ち主だったとか。…それなら今頃チャンピオンになってる。 これまで警察のお世話になったことが一度も無いのが自慢だったりするのに。夜中いきなり警備員にバトルをふっかけられたことはあるけど。
謝罪と賠償とそれからトレーナー資格剥奪…私の未来にはあと何が待ち受けているのか。どっちにしろ真っ暗だ。

財布さいふ…ふいに心配になって、はごそごそとポケットをかき回した。
あぁ、ちゃんとあった。財布は。だけど湯水のように使える財源や埋蔵金が、この中にあるわけない。


「人の丹精込めて改造したジムを壊しやがって。しかも完成してわずか一日で、だ」
「ジム?ジムって、ナギサジムを…ですか?いやいや、そんな簡単に壊れるもんじゃないでしょう?」


デンジの言葉に、ははじめて笑みを浮かべた。
なんだ、この人は無表情で冗談を言うタイプなのか。自分がここにいる理由は未だにいまいち分からないが、未来はまだ明るいままらしい。

だってありえない。
ナギサタワーで街破壊、よりはうんと有り得る話だが、ジムは一度のバトルで壊れるような柔なつくりにはなってない。一日にどれだけの挑戦者が来るとお思いか。一度で壊れたらジムが機能しない。
ないない、と顔の前で手を振って見せると、デンジはまたため息をついて、立ち上がった。

その真顔っぷりに、は貼り付けた笑顔を引きつらせた。


「…冗談、ですよね?」
「ついてこい。そこまで否定するなら、見せてやるよ」

2010.06.19. up.
2011.08.22.改

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